第三章 悪魔になんてならないで!
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私は、木の影から、そおっと三角公園をのぞきこむ。
結局、来てしまった。ちょっと怖いけど、それよりももっと萌ちゃんのことが心配だった。
何ができるわけじゃないけど……私だっていたら、何か、萌ちゃんの助けになるかもしれない。ちょっと、のぞくだけ。気づかれないように、少しだけ確かめたら、すぐに帰ろう。
公園は、しん、としていて誰もいなかった。美由紀さんの言ってた通りいちょうがきれいに色づいて、はらはらと静かに舞っている。
萌ちゃん、まだ来てないのかな。あそこの滑り台の裏なら、こっそり隠れていても気づかれないかも。
あたりに誰もいないことを確かめて、私は、そ、と公園の中へと足を踏み入れた。
と、突然。
びゅう、と強い風が吹いてきて体が傾いた。
「きゃ……」
「美優ちゃん!」
その体を、誰かが支えてくれる。
「え……萌ちゃん?」
振り向くと、びっくりしたような顔の萌ちゃんが後ろにいた。
あれ? 今の今まで、公園の中にはいなかったよね? 萌ちゃん、急にどこから出てきたの?
「来ちゃダメって言ったじゃない!」
「でも……」
「ああもう、美優ちゃんには結界も効かないのね。とにかく危ないから、すぐここを離れて……」
その時、また、ごう、と風が吹いた。そのまま、私のまわりですごい風が渦巻く。
気がつくと、なんだかあたりが薄暗い。まるで、夜が明ける前のような暗さだ。
「や……なに? これ?」
「だめだわ。もう美優ちゃんもつかまっちゃったみたい。仕方がないから、私の後ろにいて。絶対に、離れちゃだめよ」
私は、差し出された萌ちゃんの手を、ぎゅ、と握った。
「うん。宮崎さんは?」
「あそこ」
言って萌ちゃんは、私が行こうとしていた滑り台の方に顔を向ける。
そこにもさっきまでは誰もいなかったのに、いつの間にか人が一人、立っていた。その姿を見て、思わず悲鳴をあげる。
「な、なに、あれ。あれが、宮崎さんなの?」
仁王立ちで立っているその人は、髪を風にめちゃくちゃにあおられながらこっちをにらんでいた。美人だ、と思った宮崎さんの顔とは、似ても似つかない、まるで鬼のような形相に、ぞぞぞ、と鳥肌がたった。
こ、怖いよ、あれ。
「ちょっと説得に失敗しちゃったの。もう少し穏便に話すつもりだったんだけど……思ったより闇が大きくて」
そういう萌ちゃんの顔は、いつもより青白い。
「萌ちゃん、もしかして気分悪いの?」
萌ちゃんは返事の代わりに困ったように笑って、もう一度宮崎さんに視線を戻した。
「あれが、闇に支配されようとしている人の姿よ。今はまだ不完全な状態だけど、完全に心を闇にのっとられたら……悪魔、と呼ばれる存在になってしまうわ」
「え……」
悪魔。そりゃ、天使がいるんだから悪魔だっているのかもしれないけれど……
「悪魔になると……どうなるの?」
「そうなったらもう私の手には負えない。魂を救うこともできなくなって……消滅、させるしかないの」
「消滅……」
それって……宮崎さんを? 消しちゃうの?
あの姿の宮崎さんは怖いけど。でも。
「だ、だめ、だよ。そんなの、絶対にだめ! 萌ちゃんお願い、宮崎さんを助けて!」
萌ちゃんは私の顔を見て、ふんわりと微笑んだ。
「もちろんよ。助けるのが、私の仕事だもの」
萌ちゃんに言われて、もう一度宮崎さんを見る。真っ赤な目はつりあがって、きつく私たちを見ていた。
でも、その目からは、涙があふれていることに気づく。
「宮崎さん、泣いているの……?」
「そう。まだ、心が残っているのよ」
言いながら萌ちゃんは息を整えると、両方の手の平を上下に向かい合わせた。見ていると、その手の中が白く光りだす。まるでそこに、白いボールがあるみたいに。
萌ちゃんは、そう、とその光るボールを宮崎さんへと押し出した。ふわりと萌ちゃんの手から離れたボールは、荒れ狂う風のなんて吹いてないみたいにまっすぐ宮崎さんへと向かう。宮崎さんは、そのボールに気づくと逃れようとするようにもがき始めた。けれど間に合わずに、それは宮崎さんの胸に吸い込まれるように消えていった。
とたんに、宮崎さんが天をあおいですさまじい叫び声をあげる。私は思わずしゃがみこんで耳をおおった。
やだ、怖い。なんてすごい声。あんな声、聞いたことない。
しばらく叫びながらもがいていた宮崎さんが、またこっちを向いた。
あ。
その顔が、さっきよりも少しだけもとの宮崎さんに近づいている。
「萌ちゃん、今のなに?」
「大きくなりすぎた闇の力を……私の力で……浄化、してるの……もう少し、あと数回……」
かすれた声に顔をあげると、萌ちゃんが息をきらしていた。その顔色は、とても青い。
「萌ちゃん?! もしかして、さっきからそうやって力を使っていたの? だから、そんなに顔色が悪かったの?」
「うん……でも、今この力を使わなかったら、宮崎さんを助けられないから……」
よろめいた萌ちゃんを、あわてて立ち上がって支える。ありがと、と小さい声で言って、萌ちゃんは宮崎さんを見すえた。
「宮崎さん、聞いて!」
萌ちゃんが声をあげると、宮崎さんの真っ赤な目がまっすぐに萌ちゃんをとらえる。
「辛いって、言っていいの。苦しいって言っていいんだよ。でも、努力してきた今までの自分を、否定しないで!」
ゆらり、と宮崎さんの体がかしいだ。大きく体はゆれるけれど、倒れずに顔だけがこっちをむいている。まるで、見えない糸に下げられた操り人形みたいだ。
「がんばったでしょ? きれいなモデルでいるために、いろんなものをたくさんがまんして一生懸命がんばったんでしょ? いつかその思いは報われる。だから、あきらめないで!」
「うるさい! あんたなんて何も知らないくせに!」
宮崎さんの手から黒いムチのようなものが、しゅるりと伸びて勢いよく萌ちゃんに向かってきた。
「危ない!」
とっさに、萌ちゃんの体をムチからかばうように抱きしめる。
「きゃっ!」
「美優ちゃん!」
びり、と肩に熱を感じたと思ったら、その勢いではね飛ばされた。そのままごろごろと土の上を転がって、あまりの痛さにうごけなくなる。
「う……」
「美優ちゃん、大丈夫?!」
萌ちゃんが、急いで助け起こしてくれた。
「う、うん……」
とは言ったけど、さすがに涙が出てくる。痛いし怖いし……
「ありがとう。でも、だめよ、前に出ちゃ。危ないわ」
「でも……」
ちら、と萌ちゃんの陰から宮崎さんをのぞく。泣きながら、宮崎さんはうなるような声を出してムチをふるっていた。
その姿は、怖いというより、なんだか痛々しくて、見ている私の胸まで締め付けられるように苦しくなる。
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