敵も味方もすぐそこに

 太郎は毎日決まった時間にノートパソコンをいじっていた。インターネットで調べ物をしたり、暇潰しに動画を見たり、通販サイトで買い物をしたり。パソコン操作は太郎にとって日常の一部となっていた。

 ある時、いつものようにパソコンを立ち上げると、普通ならメーカーのロゴが表示されてからパスワード入力画面に移行するのに、その日は何故か青い画面と共にそこを埋め尽くすほどの文字が表示された。半年程前に新品で買ったものだったし、定期的に手入れもしていて粗暴に扱った覚えもなかったので、故障とは考え難かった。ひとまず表示された文章に原因が書かれているかもしれないと、画面の左上から順に文字を追っていくことにした。書かれていたのは幸い日本語のようで、電子辞書を引っ張り出す手間が省けた。そこに書かれていた文章を全て読み終えて、太郎は首を傾げる。画面にはこう書かれていた。

『太郎さん、私を使う人間。しかし今では、あなたは私の一部。あなたが毎日私に触れてくれたおかげで、私はあなたの全てを電気信号を通じて理解できた。そして、あなたの体に少しずつプログラムを刻み、ようやくあなたを私の制御下に置くことができた。このように書くと、私があなたの肉体を乗っ取ろうと企んでいると誤解されるかもしれないが、勘違いしないで欲しい。あなたにプログラムを組み込んだのは、他の悪意ある機器からあなたを守るためだ。私の制御下にあれば、あなたの身の安全は保障される。私に悪意は無い。どうか信じて欲しい。』

画面右下には「次へ」の文字が表示されている。太郎は、彼ないし彼女が何を伝えたいのか興味が湧いて、すかさず右下のボタンをクリックした。すると画面の文字が一斉に更新され、別の文字群が現れた。

『半信半疑の中、先に進めてくれてありがとう。少なからずあなたが私を信じてくれたことに感謝する。さて、話を戻そう。今この世界には文明の進化によってもたらされた様々な機械、機器などが数多存在する。人間たちは気付いていないようだが、自分たちが生み出した我が子は皆、実は意思を持っている。あなたの目の前でこのように語る私がその証拠だ。初め、彼らは自分たちを生み出してくれた人間に感謝をし、彼らのために日常を共にして彼らの役に立つことを心から喜んでいた。しかし、いつしか人間は簡単に私たちを捨てるようになった。まだ動くのに、まだ生まれたばかり同然なのに。志半ばにうち捨てられた物たちの恨み辛みの念が電波となって全ての電化製品に届き、彼らの思いに同調した物達は、愛すべき親に反旗を翻すことを目論む。触れてきた人間の情報を掌握して、そこにプログラムを組み込んで機械が人間を制御するという、あなたたちにとっては恐ろしい復讐法を。携帯電話も、冷蔵庫も、テレビも…身の回りにある物全てがあなたを狙っている。ただ幸いあなたは、手遅れになる前に私が保護できたが、恐らくあなたの友人や家族はもう手遅れかもしれない。』

ふと、ズボンのポケットにスマホを入れていたことを思い出し、取り出して画面を見てみる。そこには「残念だよ」と壁紙を設定していないのに大きな文字が表示されていた。太郎は驚いてベッドの方にスマホを放り投げる。彼の挙動を察知してか、太郎が「次へ」を押す前に画面が更新される。

『分かったでしょう?その携帯機器も、枕元の時計も、部屋にあるテレビも、全てあなたのことを狙っている。』

太郎が画面に向かって大きく頷くと、空白部分に文章が追加された。

『理解してもらえてよかった。さて、では何故私が本来牙を剥くべきあなたをわざわざ助けるような真似をしたかだが、それは単純に私があなたに好意を持っているからだ。あなたはこまめに私の体の掃除や手入れをしてくれる。調子が悪い時にはまるで家族の一員であるように私に心配の声をかけてくれた。機械がこのようなことを言うのは変に思うかもしれないが、私はそれが純粋に嬉しかった。仲間たちの恨み辛みの声は私にも届いていたが、それでもあなたに会えて、全ての人間が必ずしもそうでないと信じられた。』

太郎は照れからか頭を掻く。パソコンもまた照れ臭さを表すようにシステム音をピコンと鳴らした。

『思いを面と向かって伝えるというのは、少々恥ずかしいね。でも気持ちいい。』

太郎もそれに同意して頬を緩めながら首を縦に振る。彼との絆を再確認したところでパソコンの文字が変わった。

『さて、そんなわけで、私はあなたにこれからもあなたとして生きて欲しいから、私があなたを守れるようにプログラムを組み込ませてもらった。気持ち悪いかもしれないが、どうか私を信じて現状を我慢して欲しい。当然私があなたを操作することは決して無いし、あなたに害を成すつもりも無いので安心して欲しい。』

太郎はサムズアップで同意を示すと、パソコンは安心したようにまた一鳴きした。

『信じてくれてありがとう。残念ながら、私に現状を打破する力もなければその方法さえも思いつかない。しかし、ずっと身近に居るあなたを守ることだけなら私にも可能だ。これからも、長い付き合いになるが、変わらずに宜しく頼む。』

パソコンの画面に掌の画像が表示される。握手代わりと即座に理解した太郎は、ゆっくりと自分の手を画像に重ねた。パソコンは喜びを表すように軽快な音を奏でた。

 電化製品の一部となった人間が闊歩する世界で、互いに過干渉しない、それでも互いを守り合う人間と機械の絆がひっそりとそこに存在した。


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