スライム駄話

 ここは始まりの平原。勇者が生まれる可能性のある村を監視する目的で、俺たちスライムはこの偏狭の田舎町に派遣された。基本的にはここを通ろうとする村の若者を狙って戦いを挑み、勇者かどうか見極めるのが日常的な任務であるが、村の情勢などを探るために、人間に擬態して村に潜入調査に向かうという特別な任務も当番制で行なっていた。調査に向かえるのは、スライムの中でも知性に富んで変身能力の上手いもの。俺を含めて7体のスライムが条件を満たして任についているが、そのうちの一体、俺とペアで任務に当たる太郎は、あろうことか人間というものに毒されつつあるように見える。今日のように通常任務で獲物を待っている時間、決まってあいつは何かをぼやいてくるのだ。

「なぁ次郎。」

そらきた。この「なぁ次郎。」の声掛けから入るときは、必ず人間について褒める会話が始まる。

「人間への擬態っていいよな。」

「どこが?」

「人間ってさ、俺たちスライムと違ってちゃんと個としての形を持ってるじゃん?男が居て女が居て、大人が居て子供が居て。」

「魔物にだってそういう種族はいるだろう?オークとかサキュバス、インキュバスとか。」

「でもあいつらは基本、自分たちの力とか美貌しか賞賛しないだろ。相手を褒めることが無い。内面が腐っている。」

外見の話をしていたんじゃないのか。いきなり内面の話に切り替えて、まともに話せたものじゃないが、ひとまず奴の言わんとしていることを聞くとしよう。

「それに比べて人間ってのはとかく他者に興味を示す。相手の良い所を瞬時に見極めて大々的に褒め称えてくれる。素晴らしいじゃないか。」

「それと擬態の素晴らしさとどう関係があるんだ?」

「ふふふ、次郎君。人間に擬態する際に変身する人間の容姿はどうやって決める?」

「俺たち自身の好みによりけりだな。」

通常任務で戦ったことのある人間を元に擬態するというパターンがほとんどだが、こいつの場合は取り分け女に変身することが多かったな。

「そう、そして昨日の任務で、あてくしはこのような姿に変身したのです!」

別にやれとも言っていないのに、太郎は体を人間の女性に変化させていく。灰色の鎧を纏い、短いスカートを穿いた少し奇抜な格好の冒険者、という設定らしい。ちなみに俺はこいつに合わせるために男冒険者に扮して村に潜入した。

「お前と自由行動で別れた後、美味しそうな匂いに誘われて村の民家に迷い込んでな。」

バレる危険性を考えて、人間との接触は極力避けるように上から注意されているというのに、この馬鹿はまたそんなアホなことを…。

「そしたら民家の人間が昼食を取っていて、俺の方を見て笑いながら、『こんな可愛いお嬢さんが来てくれたのに、何も出さないのは失礼だな!』って言ってくれて。」

「飯を食ってきたと?」

「今までで一番美味い飯だったよ。平原の小動物とは天と地だな。」

人情味溢れる田舎町だから良かったものの、これが王都だったら、こいつは今頃不法侵入で衛兵に捕まり、尋問の果てに魔物とバレて殺されていたかもしれない。そして芋づる式に俺たちも…。俺たちの活動場所がここで良かったと改めて思った。

「俺の擬態センスを褒めてくれたってのも嬉しかったんだが、やはり見ず知らずの相手に対する無償の優しさ。これが骨の髄まで染み渡ったなぁ。」

骨も髄もない液体系魔物が何を言うか。

「それから御馳走してくれたお礼に畑仕事を手伝ったり、納品を道具屋に納めに行ったりしたんだが、その先々で色が白いとかべっぴんさんとか…至福のときだったわ。」

魔物が敵対する人間に礼を尽くしてどうする…。褒められたのは単なる社交辞令だと頭が回らないのかこいつは。

「というわけでだ、人間に擬態するってやっぱいいなって。」

「それは擬態云々ではなく、ただ単に褒められて優しくされて嬉しいだけでは?」

「いやいや、それも結局は俺の変身センスありきだから、擬態最高に収束されるって訳。」

駄目だ、毎回のことながらこいつと話をしていると頭が痛くなる。正確には「コアが」か。言動があっちいったりこっちいったりしてややこしい。

「それでさ、今度の当番の時はこの姿で髪型をちょっと変えてみて…」

「はいはい、いいねいいね。」

「だろ?」

後でビッグスライム様に頼んで、当番の組み合わせ、変えてもらお…。


 ある休日、近くにある試練の洞窟から洞窟魔道士が遊びに来た。せっかくなので俺と太郎は、最近彼が覚えたという前世鑑定をしてもらうことに。その結果、太郎の前世は呪いの森の人面樹木に寄生していたキノコだと判明。かくいう俺は、なんと王都のパブで働くバニーガールだったそうだ。覚えたてということもあり、信憑性に欠けていて、その結果を特に気にしては居なかったが、その日から、何故か太郎が俺に対して酷く優しく接するようになった。なんというか、恋愛の真似事のように思い人を見つめるような裏寒い視線をよく感じる。そして、潜入当番の日には決まってバニーガールに変身するように迫ってきた。平原に落ちていたであろう、王都産の卑猥な本を持ってきて寄越しながら…。当番組変更まで後半年。俺の純情が太郎に汚されないことを祈るばかりだ。


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