ご主人様のために(参加の経緯)

「なんでが?」


 冒険者ギルドの依頼掲示板を見ていたご主人様が、あっけにとられたような声を出したのを聞いて、わたくしもその掲示を見てみました。


 一番上に書いてあったのは、西方語でした。

『配達依頼。条件:東方語または異世界語を理解する者。以下の文章を読める方募集。荷物を届けるだけの簡単な依頼ですが、以下の文章を読めることが必要です』


 その下には東方語でこのように書いてありました。

『今月末頃に宿屋街「東の曙」亭に一晩だけ宿泊予定の交易商人「チャン・チャンコー氏」から東方の高級食材「北の都産アヒルの燻製」を受け取り、速やかに貴族街「グルマン準男爵」別荘に配達してください。荷物受け取りの際に東方語の書類への記入が必要です。報酬は……』


 東方語が必要ということを除けば、特におかしな所はない簡単な配送依頼です。毎晩宿屋に確認に行く必要があるので冒険者への依頼になったものと考えられます。この街は西方でも東方との境界に近い所に位置するので、駆け出しの冒険者の中にも東方語を理解できる者がいますから、お小遣い稼ぎにはちょうどいい依頼でしょう。


 しかし、その下にで書いてあるのは、配達依頼とはまったく異なる内容でした。


『第一回「カクヨム」最強キャラクター決定トーナメント 参加者募集!

 最強の個性キャラクターは君だ!! 優勝して「願い」を叶えよう!!

 異世界の闘技場で、複数の世界からの参加者による一対一の戦闘で勝敗を競い、トーナメント形式で最後まで勝ち残った者が優勝です。魔法、スキルなどの使用は自由。相手に負けを認めさせるか戦闘不能(死亡含む)にすることで勝利となります。

 ただし、死亡した場合でも元の世界に送還される時点で生き返ります。敗北、死亡によるペナルティは発生しません。

 優勝者には「あらゆる願いをかなえるカクヨム杯」を贈呈!

 なお、副賞として「どらやき十年分」(22世紀のネコ型ロボットが愛好する老舗店の名品です。食品のため毎日配送または時間停止パックでの一括お渡しになります)または「どらやき十年分相当金額の賞金」(現住世界の通貨にてお支払い)も贈呈いたします。

 「最強」の称号を得て「願いをかなえる」チャンスです!

 ふるってご参加ください!!

 エントリー方法は……』


「この世界には日本からの転生者も結構来てたって話で、魔王軍にも日本語を使うヤツがいたんだから、日本語があること自体は不思議じゃないけど、この内容はチート能力を持つ転生者に向けてのものだろうな。『異世界の闘技場』って書いてあるし」


 掲示を読んでいたご主人様がつぶやいたので、わたくしはお尋ねいたしました。


「そのようですね。興味がおありですか? 敗北のペナルティーなども特にないようですし、参加されてもよろしいのではないかと」


 わたくしの問いを聞いたご主人様は、なぜかわたくしの顔をじっと見てからお答えになりました。


「そうだね……『あらゆる願いをかなえる』というのは魅力的だけど……いや、ダメだな。俺の願いはそういう風にかなえちゃいけないんだ。それに、今の俺じゃあ、まだほかの世界の最強戦士とかには勝てそうもないし」


 そして軽く笑われました。その笑みが半ば自嘲だったように、わたくしには思えました。


 ……これはいけません! 「俺の願いはそういう風にかなえちゃいけない」とおっしゃっておいででしたが、それは建前というものでしょう。むしろ「今の俺じゃあ勝てそうもない」というのが本音だから、自嘲されたのに違いありません。


 そして、わたくしの顔をじっとご覧になったのは、きっと「アイなら優勝できる」とお考えになったからでしょう。わたくしは、ご主人様のチート特典として生まれた身。異世界最強の強者が相手でも、持ち前の反則的チートな能力で対抗できるはずです。


 ですが、お優しいご主人様は、わたくしに「トーナメントに参加しろ」というような命令を下すことをいさぎよしとされなかったのでしょう。


 しかし、わたくしはご主人様の忠実なメイド! ご主人様のために働くことこそ、わたくしの本分なのです!!


 ここは、わたくしの独断でトーナメントに参加して優勝し、「あらゆる願いを叶えるカクヨム杯」をご主人様にお贈りすることこそ、ご主人様のメイドとしてわたくしがなすべきことでしょう。


 わたくしは、依頼用紙に書かれたエントリー方法を読んで心に刻み込みました。


 待っていてくださいませ、ご主人様。このわたくしが必ず「カクヨム杯」をお持ちいたします!

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