夏の終わり、灰色の空。
枩宮鶴
――青色――
真っ青で、白い雲が浮かんでて、同じ所ばかり見ていると視界から消えていってしまう、そんな空が好きだった。
家から徒歩3分で行ける河原に飽きもせず毎日通っていた。寝転がって見上げた。少し冷たい、透明な風が吹いていた。
"昔は"、確かに青かった。いつからだろう、空が青くなくなったのは。
灰色で、濁っていて、まるで白黒映画のようだった。空が変色した?それとも、私の目がおかしくなった?もう美しい青空を見上げることはできないのか?
8月28日。あの日が、青く見えた最後の日だった。
あれから何年か経った。私は、高校生になった。まだ、空は灰色のままだった。
「朔夜ぁ、邪魔なんだけどどいてくんない?」
「道塞がないでよ朔夜ぁ、マジ邪魔なんだけどぉ」
何が邪魔だ。ここは私の席のはず。自分勝手すぎるだろ、この人達。
「ちょっと朔夜さんなに無視しちゃってくれてんの、耳鼻科行った方がいいんじゃないのぉ~?」
「うざ、早く死ねよww」
死ねって言われたところで私は死なない。何回も聞いてるし、そんな言葉で脅されたって意味なんてない。
(人に言う前に自分で実行してみればいいじゃん…)
ガンガンと椅子を蹴ってくる関と柚原を横目に見ながら私は席を立った。お弁当、今日は屋上で食べよう。今日も空は、きっと灰色だけど。
「うっわ~朔夜さん逃げるんですかww」
「ぼっち乙です~www」
逃げてねぇよ、心の中で突っ込む。無性に空が見たくなっただけ。もしかしたら青く見えるかもって、心の中で思ってしまっただけ。
キィィと錆付いた扉を押し開けると、屋上には誰も居なかった。屋上を開放してる高校なんて、珍しいよな。誰かが飛び降りたりなんかしたら、どうするんだろ。
隅っこの方にお弁当を置いて腰を下ろす。策にもたれかかりながら、見上げてみた。やっぱり、青くなんてなかった。いつもと同じ、見飽きた白黒映画の風景だった。
「本当は、青いのかなぁ……」
刹那、大きい音を立てて屋上の錆付いた扉が開いた。
「青いよ」
扉の前には、息を切らした1人の少年。ここの制服を着ている。
「ええっと…君は?」
「2年1組、
なんと、同い年。クラスは違うようだけれど、どうして私のことを知ってる…?
「そう…だけど、ええっと…?」
「青いよ」
「…え?」
青いって言った。どうして、知ってる、なんで?
「お前、いじめられてるだろ。なんで抵抗しない?」
「…どうして知ってるの…」
「お前の目に空が青く映らなくなったのは、それが原因なんだよ」
「…!?」
「抵抗しろよ、自分の思うように動けよ、自分の好きなように生きろよ!お前には、自由に生きていい権利がある!」
少年の目は、青く澄んでいた。透き通った、透明な風のように……
そうだった、空が灰色に見え始めたあの日は確か
自分に初めて、嘘を吐いた日だ。
「靏野ちゃん、お母さん居なくてかわいそう」
友達だった子に、そういわれた日だ。その子は憐れんだような目で見た後、私の頭を撫でた。
かわいそうなんかじゃない。私は、全然大丈夫。お母さんが居なくても大丈夫。
そう自分の心に言い聞かせて、笑顔をつくったあの日から、私の目には……
「朔夜、上見て」
言われるがまま、上を向いてみる。__と、そこには、
――真っ青で、白い雲が浮かんでて、同じ所ばかり見ていると視界から消えていってしまう、そんな空が好きだった――
「…っ」
昔見た時から、何度も想像して創造した空が、広がっていた。涙でぼやける青空は、今まで見た中で一番美しかった。
それからどの位空を見ていたんだろうか、気づいたときには葦谷くんは居なくなっていた。
お弁当を急いでかき込んでから私は、2年1組の担任の先生の所を訪ねた。葦谷くんにどうしてもお礼が言いたい。
けれど先生は、
「葦谷柳?1組には居ませんけど…。」
と。
その後、この学校に何年もいる先生に聞きに行った。葦谷柳に会ったんです、と。励まされたんです、元気づけられたんです、彼は今どこにいますか、と。
すると先生は優しそうな笑みを浮かべて言った。
「葦谷くんは、5年前に2年1組の生徒だった人です。彼はいじめを受けていました。教師の前ではいつも笑顔で、好かれていた生徒でしたが…」
屋上から飛び降りて自殺してしまった生徒だと。
信じられない。私は先生に訴えかけるように言った。それでも確かに私は葦谷くんに会ったんです、と。
すると先生は少し驚いたような顔をした後、また優しそうな笑顔を浮かべて言った。
「彼はとても優しい生徒でしたから、朔夜さんのことをどうしても助けたかったのでしょう。」
自然に涙があふれる。
私は絶対に忘れないだろう。今日、葦谷柳が見せてくれた美しい青空のことを。
夏の終わり、灰色の空。 枩宮鶴 @candy_
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