一日目 夜
「いい加減に起きてください! もう今日の試合は終わっていますよ!!」
東京ドームによく似た会場で熟睡していたキリシマは、困った表情を見せる大会の運営スタッフに体を揺すられていた。
観客席に紛れ込み、試合を観戦していたキリシマは、いつしか深い眠りについてしまっていたのだ。気付けば、一日目の対戦は既に終了し、気付けば、周りの観客達も姿を消していた。
「やべ。寝ちまってたか……」
辺りを見渡すと、キリシマの他には掃除をするスタッフの姿しかない。どうやら、他の参加者も明日に備えて会場から去っていったようだ。
「会場も締めますので、どうかお引き取り下さい!」
「あ……、ああ。悪いな。えーと、どこまで起きてたっけかな……」
第一試合は禍々しい僧侶と絡繰を埋め込んだ少女との対決だった。キリシマの予想は外れ、僧侶が黒星を塗る事になった。
第二試合は黒と白の妖術戦。空間を断ち切った事のあるキリシマは、見たことも聞いたこともない超常を斬れるかどうかに興味が湧いた。
第三試合は神を名乗る女と聖職者の闘い。観客はあの女こそ優勝候補だと騒いではいた。だが、まさかの初戦敗退に帰国後に暴れていなければいいが……。
そして第四試合である。明日のキリシマの対戦相手が決定する試合——
「そうだ! どっちが勝った!?」
あの試合。
キリシマはその最中で釣られて深い眠りへと誘われたのだ。
「勝ったって何のことですか!?」
「試合だよ! 今日の第四試合!! メガネと鳩が戦ってただろう!」
「あ、ああ。白い鳩さんのKO勝ち? ですよ」
「気絶!? 鳩が仕掛けたのか!? てゆうか鳩が勝ったのかよ!?」
「私もよくわかりませんけど、メガネの人。……なぜか鳩を枕にして横になってましたよ……」
——枕にしてた? 対戦相手を? 殺し合いの試合じゃなかったのか!?
「も、もういいですか!? 私達も仕事がありますんで!!」
「お……、おおう。ありがとよ」
キリシマは会場を後にする。
会場から外に出て、満天の星空を見上げて、大きく息を吸った。
「鳩か……」
次の対戦相手、と言うより、キリシマにとっての初戦は人間が相手ではなかった。異国の地から猛者が集うとは聞いてはいたが、まさかそれが人外だったとは……。
しかし、大会に出るからには唯の鳩ではないだろう。なにより、あの鳩が会場に現れた瞬間、会場の空気が変わった事をキリシマは感じていた。血を見たいと言う狂気を帯びた熱気が冷まされ、同時に観客の目も覚まされたような、慈愛に満ちた空気に様変わりしたような気がした。
キリシマも例外では無かった。
あの時、あの瞬間、あの鳩を一目見た途端、高まっていた戦意が喪失していくのを感じていた。強者を望んだキリシマが、普段隙を見せないキリシマが、気づけば眠気に負けていたのがいい証拠だ。
なぜキリシマの戦意は消え去ってしまったのか。
無意識の内にあの鳩には敵わないと認めてしまったから。
ではなく、えも言えぬ幸福に包まれて降伏してしまったから。
でもない。ならば、相手が鳩だから気が抜けてしまった。
と言うのは少し惜しい。正しくは——
「鳩か……」
キリシマは会場の周りをぐるりと周り、目にとまった街路樹の前に立つ。
腰を落とし、刀に手を掛けると、一瞬それを抜刀し鞘に納めた。
バサバサと音を立て、街路樹が斬られた根元から倒れていく。地面と平行になった木を更に寸断し、小分けにすると刀でシャッシャと丁寧に細くしていく。何かに取りつかれたかのように、一心に木を研磨していく。
「せせり……さえずり……ふりそで……」
街路樹は木くずと化し、出来上がったものは20センチ程の細い棒。
「ぼんじり……もも……皮……」
キリシマの腹の音が催促の音をあげ、キリシマの口からよだれが垂れる。
グラミーで口にしたチョコレートは、すでに消化しきっていた。
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