魔法世界1 幸せな人生設計
最近、夢は見ているか? 叶えたいではなく、寝ている時に見る方の夢。
レムだか、ノンレムだかは知らないが、脳が活動している状態で体が目覚めると夢を見るらしい。通常は。
俺は違う。
眠りが浅い、深い。脳が活動している、していない。そういったものとは関係なく夢を見る。しかも毎日、生まれた時からずっとだ。
幼い頃はそれが普通だと思っていたし、特に疑問を抱くこともなかったが、成長するうち、他人の話を聞くうちに、自身の見る夢が異常であることに気付いた。
俺が見ている夢は連続している。テレビドラマのように。
「あ! やっと帰ってきた。遅いぞ~! もう!」
「悪い悪い。でも、今日はレベルが一つ上がったんだ! どうだ? 昨日よりも、一段階上の男は」
「全然変わってない!」
俺が見ている夢の中、いや俺の生きているもう一つの世界は、地球とは違うまた別の世界だ。
生活も文化も異なっているし、親だって違う。
どちらの世界が本物かなんて分からないが、二つの世界は確かに存在し、そこで生きている。
「失礼なやつだな。お前が夜、一人でトイレに行けるようになった時は、あんなに祝ってやったのに。村の皆にも、いち早く伝えてやったのは誰だと思ってるんだ?」
「あの年で祝われる方が失礼だから! もう、バカ! 思い出しちゃったじゃない! あれ、すっごく恥ずかしかったんだから!」
生まれたばかりの頃は、『こちら』でも『向こう』でも母の乳を吸っていただけの赤ん坊。
何も覚えちゃいない。当然だな。
その後も文化は違えど、どちらの世界でもそれなりに何不自由なく育ったが、変に思ったのは物心がつき、多少は自身で物事を考えられるようになってきた頃だ。
二世界を同時に生きる自分に、年の差がなかった。
一日を二十四時間だとして、寝ている時間は長くて十時間。『向こう』で生きる俺の方が早く成長するならまだ分かるが、全くと言っていいほど差がなかったのだ。
それどころか。
「それで思い出したが、あれだ。覚えているか? お前が初めて、生――」
「バカ! スケベ! それ以上言うな!」
「あの時のお前、面白かったな。血が! 死んじゃう! ってさ」
「もうもう! いくつ年齢を重ねても、ぜんっぜん! 成長しないんだから! あんた……来週で二十歳でしょ? もっとデリカシーってものを覚えたらどうなの?」
「うるせえ。お前だって、おっぱい成長してないだろうが」
物語のように連続する夢は、自分ではどうすることもできない。そういうもの、として受け入れるしかないのだが、『こちら』の世界に生きる俺の方が、どんどん先の人生を歩んでしまっているのだ。
ひどいときは、一晩の夢の間に一ヶ月過ごすなんてことも。何だか恐ろしい。
年々その差は広がっていき、気がつけば『向こう』の俺は十七歳の学園生。『こちら』の俺は、もうすぐ二十歳を迎える田舎住まいのハンサムな村人。もう、いい大人だ。
「ご飯冷めちゃったじゃない!」
「待っててくれなくても良かったんだが……って、違う違う。その前に、何でお前が俺の家にいるんだよ?」
「お昼から、街に買い物へ行く約束してたでしょう! 忘れてたの!?」
「ん? あ……覚えてる、覚えてる! 俺は何でも覚えてるぞ~。ほら、お前が初めておねしょをさ」
「それはもういいから! あって何!? 忘れてたんでしょう! ご飯食べたらすぐ行くからね!」
「そんなに急き立てるな。食後の運動をした後、ばっちり付き合っ――」
「今日はもう、レベルアップのことは忘れてね!」
「ちっ」
レベルアップ。レベルが上がる。
それは何らかのテレビゲームをしている訳でも、ましてや今日が記念すべきお誕生日という訳でもない。
実際にそういった『向こう』にはない概念があり、それをレベルと呼ぶ。
目の前にいる女からは、完全にレベルアップ中毒ね、なんてぐちぐちと文句を言われてはいるが、俺は上げておきたいのだ。レベルを。
『こちら』と『向こう』。そのままだと少し分かりづらいので、『こちら』の世界を魔法やレベルアップの概念がある『魔法世界』。『向こう』の世界を、科学技術の発展した『科学世界』と呼ぶことにしよう。
ここ魔法世界では、目の前の貧乳女のようにレベルアップを疎かにする奴が多い。無駄だなんて言う奴もいるくらいだ。
魔法が科学に位置づけられるのなら、レベルアップは科学世界でいう筋肉トレーニングや勉強に近い。
例えば何の勉強でもいいが、多少の早い遅いはあれど、やればやるほどその分野の知識を得ることが出来るもの。筋肉トレーニングだって似たようなものだ。
しかし実際は熱心にやらない奴の方が多いし、毛嫌いしている奴までいる。それは現実、テレビゲームとは違い自身に返ってくるモノのはずなのに。
では、なぜ必死にやらないのかと考えたとき、まずこれだなと思ったのは目的がない、もしくは希薄。そして、興味がないからだ。
仮にどこかの会社に就職し、仕事をしていく上で必要な知識があるならば、大半の人は好き嫌いに関わらず一生懸命得ようとする。
それはそうしなければならない目的、そうすることで得られるものが明確だからだ。
どうでもいいような、当たり前のようなことを長々と語ったが、要は生きる上で率先してレベルを上げようと思わない人ばかり。大して意味がないという認識だということ。
どちらかと言えば、魔法を覚えようとする。便利だからな。
これも科学世界と同じ。便利なもの、興味のあるものほど、皆は積極的に関わろうとする。
「その熱を、もっと他のことに当てられないのかな? 魔法の勉強とかさ」
「俺にとっては、非常に大切なことなんだ。未来の成功のためにな」
「同じだけ魔法を勉強していたら、今頃、王国魔術師くらいにはなっていたんじゃない? あなたの描く未来は、その未来よりも成功しているのかな? ふふ」
くすりと笑い、生意気にも皮肉な言葉で責めてくる絶壁女。
俺にとってはあるのだ。それは多分俺だけの、二世界を同時に生きる俺だけにとっての、価値が。
「おら! 早く行くぞ」
「あ、待ってよ~」
食事を取り、休憩もそこそこに席を立つ。
怒ったの? ごめんごめんと謝りつつも、反省した様子はなく、歩き出した俺の横に並ぶ、ぺったんこ女。
楽しそうな表情。本気で怒っていないことは分かっているのだろう。
生まれた村には同年代の子供が他にいなかったこともあり、自然と二人で一緒にいることが多く、共に遊び、泣き、笑い、成長した。
互いの考えていることくらい、ある程度分かるというものだ。
「馬鹿にしたのは謝るからさ。機嫌直してよ」
「なら、揉ませろ」
「……は? えっとぉ? 一応聞くけど、何を?」
「おっぱい。揉むと大きくなるらしい。試してみないか?」
やはり、分からないかもしれない。
バカ! スケベ! と、いつもなら俺が軽い冗談を言っても、引っ叩かれて終わり。大きな喧嘩をした後だって、それで全て元通りだった。
しかし、今回は。
「それってさ、私に興味があるってこと?」
「あ……? さあ?」
情けない返答。予想していなかった言葉に、否定もできなければ冗談を返すこともできなかった。
「ねえ。今日は、手繋いで行こうか? 昔みたいにさ」
「何でやねん」
「照れちゃって~。まーた、変な言葉遣いになってるよ?」
強引に手を取ってくる笑顔の女。嫌な気分はしない。俺は、こいつに惹かれているからだ。そしてきっと、こいつも……。
先程は読みを外したばかりだが、それくらいは分かる。それだけは分かる。
この先こいつと一緒になり、静かな田舎で順風満帆に過ごしていくのだろう。
平凡で、退屈とも言える未来。だが、それでいい。
あれこれ頭を悩ます世界なんて、一つで十分だ。
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