二人時間

十笈ひび

第1話

 少し早めの桜が咲いていた。小学校の卒業式。

「卒業生起立。仰げば尊し斉唱──」

 六年生が一斉に立ち上がった。両手を後ろにまわし、少し足を広げて歌う態勢になる。

 体育館にピアノの伴奏が流れる。


 ♪──あおげば とうとし わが しの おん〜……


 歌が始まり、ちらほらとすすり泣く声が聞こえだす。ハンカチを取り出して顔を覆う先生もいれば、大きな口を開けて生徒と一緒に歌いだす先生もいる。そして、誰もが涙を誘われる瞬間──


 ♪……いま こそ わか〜れめ いざ さら〜ば──


 いざさらば……なんて。まるで時代劇みたいなフレーズ。その一言で最後には全てがむりやりにも悲しくさせられる気がした。体育館の外では風に吹かれて桜が散っていた。「いざさらば」は嫌いだと思ってしまった。桜を見れば思い出すことのひとつ。そして、もうひとつ思いだすことがあった。 

 それは、あの卒業式の後のこと。


「あのさ! 俺、チーちゃんのこと好きだ!」

 満開の桜の下で、彼は不器用な笑顔を見せながら、意気込んで言った。言葉と表情が、どこかちぐはぐだった。「いざさらば」のフレーズみたいに。いつもの帰り道の途中なのに、なぜかいつもと違う感じがした。その感じはこの日が最初で最後だったけど。

「私は、嫌い。……大嫌い」

 よくわからなかった。言われたことと、自分が言ったことと。だから、そのまますぐに背を向けて、逃げるみたいに駆け出した。


 若すぎたんだ。まだ六年生だった。あんなこと出し抜けに言われても、戸惑うことすらできない。よくわからなくて、思わず振り払ってしまった。それに、私のすぐ先には友達が歩いてた。聞こえたらイヤだと思った。少し腹を立てていた気がする。なんでこんな所で、このタイミングで、そんな言い方なんだろう……マー君。


 樟葉昌良くすはまさよし。幼稚園からの幼なじみで私と同じマンションに住んでいた男の子。幼い頃はいつも一緒だった。遊び相手といえばマー君しか思い当たらないくらい、それぐらい私はいつもマー君とばかり遊んでいた。でも、それは小学校の低学年までの話。いつも一緒に登下校することを他の友達に何度かからかわれ、だんだん学年が上がるごとに私とマー君の仲は疎遠になっていった。


 私はあの卒業式の日に「仰げば尊し」を歌いながら、いろんな思い出を振り返っていた。そして、もうマー君は私のことを嫌いになったかもしれないし、少なくとも、今マー君が仲良くしている友達よりどうでもいい存在になってしまったのだろうと思い込んでいた。だから、まさかマー君があんなことを言うなんて、予想だにしない。


 中学になり、頭の良かったマー君は少し遠方の私立中に通い始め、近所の公立中に通う私とは同じマンションに住んでいながら、登下校の時間帯が違うせいもあり、ほとんど顔を合わさなくなってしまった。

 マー君のこと、嫌いなんかじゃない。嫌いであるはずがない。私が幼くて、バカだっただけで……。マー君のいない空白の中学時代を終えて、私こと大塚千晶おおつかちあきは今年高校生になった。

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