ギルカース

水原緋色

第1話

「ついに、ついに完成したぞ‼︎ 」

 研究者たちの拍手を止まない。そこは異様な雰囲気に包まれている。


 燃え盛る炎。断末魔さえも歓喜の色を含む。気持ちが悪い。その感情に応えるように一層炎は高く燃え上がる。

 その炎は、関連施設のほぼ全てを跡形もなく燃やし尽くした



 ◇ ◇ ◇



 この世界には、様々なモノ––生物や家具、家電など物体––を形作る現糸げんしと魂や感情などの目に見えないモノを形作る想糸そうしが存在する。その存在を知っているのはごく僅かな人々で想糸を扱える人はもっと少ない。

 その想糸は非生命体を作ることができる。現糸の本質は想糸であるから、とある研究者は言っているが定かではない。

 しかし、生命体を作ることは『禁忌』とされた。その禁忌を破った者は呪われる、そう言われている。



 ◇ ◇ ◇



 死んでしまったあなたへの想いが、歪なアナタを生んでしまった。だから、あたしはアナタを殺さなければならない。

 これはアナタを生んでしまった私の罪。

 アナタたちを生んでしまったワタシたちの罪。


 アナタたちを勝手に生んで勝手に殺して、ごめんなさい–––。


「どうして、こんなボクをつくったの。ねぇ、なんで。なんで、なんデ、ナんで、なンデ? 嫌だよ、こんな姿。いやだ、イやダ、イヤだ!! ねぇ、いッシょに死んでくれる? 」


 目の前には死んでしまったはずのあなた。嬉しかった。戻ってきてくれたのだと。けれどそれはあなたとは違う、噂通りの歪なアナタ。あなたに会いたいがためにアナタを生んでしまった。勝手な想いがアナタを苦しめた。


「お嬢さん、さがってな」

 突然現れたのは、帽子を被りマントを着たお伽の世界に出てきそうな出で立ちの男。

「コレはボクが殺っとくから、目をつぶっておくといいよ」

 アナタに銃口向け、あたしに背を向け淡々と指示を出す。けれどあたしは立ち上がり、男の腕を掴む。

「やめて、です。お願いだから、やめてなのです……」

 かすれる声で、男を睨みつけて。

「お嬢さん、コレが何かわかってて言ってるのかい? だったら聞けない頼みだ。それにボクはコレを殺すのが仕事だしね」

 あたしを見る目は氷のように冷たく、刃のように鋭い。男の腕を掴む手にさらに力を込める。

「だからこそ、生んでしまったからこそ……あたしが殺さなきゃいけないのです」

「コレをお嬢さんが殺したらどうなるか、知ってるのかい? 」

「知ってるのです。それは生んでしまった罪の証で、罰なのです」


「だから、私が受け入れる」


 変わった子だ、と男は笑い私に銃を預ける。右手で受け取ったそれを握りしめ、アナタのなかでドクドクと脈打つ心臓へ銃口を向ける。

「ごめんなさい」

 少しの躊躇いもなく、引き金を引く。2、3回、確実に仕留めるために。アナタの血が飛び散り、身体中にへばりつく。その血はいつしか一箇所と集まり、ギザギザとした口を持ち不気味に笑う顔の模様に変わる。それは呪い。穢を作ってしまった罪の証。血を拭き取り、銃を男へと返す。

「ありがとうございました。殺さないでくれて、殺させてくれて」

 男はもう一度、変わった子だとつぶやくと銃をホルスターに収め真正面から私と目を合わせる。

「ボクの名前は安東一樹あんどういつき。お嬢さん、お名前は? 」

「天津縁。天国の天に津波の津、ご縁があるの縁で、あまつえにし」

「ボクはけがれ殺し組織『はらえ』にいるんだけど。どうかな、お嬢さんも来てみないかい? 」


 突然の申し出であったにもかかわらず、私はすぐに頷いていた。



 あれから私は安東さんに連れられ、大きなお屋敷に訪れた。

 そして『祓』の支部長をしているという女性、赫千文てらしちふみさんに個人的な部下としてスカウトされその屋敷で暮らすことになった。


 引越しを終え、執務室で待つ千文さんのもとへ行こうと立ち上がる。ドアノブに手をかけようとした時、突然開く。

 外開きのドアでよかったと思った。

「貴女ね、誰の許可を得てここにいるの‼︎ 」

ヒステリックに叫ぶ私より2つか3つ下であろう少女。その後ろで慌てる少年。ひょこりと部屋を覗き千文さんを見つめる。

「ごめんね、えんちゃん。この子たちに話すの忘れてて……」

 酷く困った様子であるが、その姿が少し以外である。

「ちょっと、無視しないでくれる⁉︎ 」

「千文さんの許可はちゃんともらってる。あと、年上に対する態度、改めた方がいいと思う」

 少女を避け部屋に入り千文さんに必要な書類を渡す。ほんとにごめんねと謝る姿は母親のようだと思った。

「それで、このお二人は? 」

「女の子は美織みおり、男の子は伊織いおり。双子なの。2人とも私の養子。加えて、2人にも穢を倒すのを手伝ってもらってるの。美織は想糸は扱えないし呪いも受け取らないから、想糸を扱える伊織が武器を作って、美織が倒す。伊織は昔から体が弱いところがあるから、無理はさせられないんだけどね」

 ああ、なるほど。

 納得し2人を見つめる。 すぐにある言葉が頭をよぎり、思わず呟く。

「『異形いぎょう』」

言葉に反応したように想糸が揺れる。

「伊織くん。呪いもってない? 」

 手を伸ばして、触れるか触れないかの距離まで近づき問う。

「ここ、に」

 めくられた服の下、右の脇腹にそれはあった。私はそこに手を触れる。チリチリとした痛みを感じ確信する。『悪食の異形』であることを。私と伊織くんの間に割り込もうとする美織ちゃんを視線で制し千文さんに視線を向ける。

「この子の体の異常を取り除きます。やってもいいですよね? 」

 戸惑った表情のまま言葉を紡ぐこともできず、ただ頷く。そして未だ割り込もうとしようとしていた美織ちゃんを千文さんはたしなめる。

「だいぶ、痛いよ。気を失うかもしれないけど心配しないで。この呪いは消える」

 大きく息を吐く。早く喰いたくて疼いているのがわかる。

「グラグロム、おいで。久しぶりの食事だよ」

 気味の悪い笑い声を響かせ、私の手のひらに呪いが移動する。はやくはやく、と急かされているような気がして思わず笑みをこぼす。

「悪食の呪いよ、我が血と縁の名の下に命ずる。我らが罪、異形を喰らえ」

 グラグロムを異形に当てる。

 伊織くんは小さなうめき声をあげ、必死に痛みに耐える。1秒にも満たない時間の後。


 ゴクンッ


 飲み込む音が聞こえ、手を離す。

 一週間の絶対安静を言い渡し、美織ちゃんに視線を向ける。

「あなたたちは、双子であるせいで想糸のバランスが悪い。しかも、想糸を扱えない美織ちゃんの方が想糸保有量が多い。このまま穢を倒し続けるんだったら、美織ちゃんの想糸を伊織くんに使ってもらう練習をしたほうがいい」

 美織ちゃんは私をひと睨みした後まるで拗ねた子供のような足どりで自室にいってしまった。伊織くんは慌てたようにお礼とお詫びの言葉を言い、その後を追った。

 私はふぅ、と一息つく。久しぶりにグラグロムを使い少し疲れてしまった。

 先程から一言も発しない千文さんの様子を伺う。今起きたことが理解の範疇を超えているのか、頭を抱えている。今後ここでお世話になるのなら、話したほうがいいだろうと思い、声をかける。

「ボクも気になるな。一緒に聞いてもいい? 」

 突然、安東さんが出てくるものだから驚いたが、隠すのも変だろう。私は頷き、話し始めた。


『悪食の呪い』であるグログラム。呪いを喰らう呪い。人間の想糸は基本的には喰らわず呪いのみを喰らう。


「それは、制御可能なの? 」

 疑心暗鬼。そんな目。

「今の所言うことを聞いてくれているので、大丈夫です。それと、もう1つ–––」


『強欲の呪い』であるリーティア。呪いを欲しがる呪い。他人の呪いを操り、呪われた人に穢を造らせ、殺させ、さらに呪いを増やす。最終的にはその呪いを自分のものとしてしまうのである。


「その子も大丈夫、なのよね。……私、とんでもない子を雇っちゃったのね」

「いつでも捨ててもらって構いませんよ」

「そんなことしないわ。あなたのその呪いも取り除いた方がいいだろうし、なにより、私はあなたのこと気に入ったもの」

 この呪いは取り除くことはできない。けれど、それを口にすると益々ややこしくなりそうなので、笑みを浮かべお礼を言った。

 他にも3つ呪い––これはふつうの呪い––があることも告げる。千文さんはもう驚くことはなかったが「ますます困ったわね」と呟いた。



 赫千文、アイツ–––天城源信あまぎげんしんの娘。頭の中にインプットされているデータベースから該当する人物を呼び起こす。

 早く居場所を突き止めなければ、いくら私たちが変わり種だからと言っても、精神と体が別々の状態が長く続くのは良くない。

「ねぇ、何であたしのこと言わなかったのです? 」

「情報量が多すぎても千文さんを困惑させて、私たちの立場が悪くなる。きっかけがあれば話すよ」

 違う口調であるが同じ体から発せられる声。はたから見ればおかしな奴である。しかし、私の中にいるもう1人が勝手に出てくるのだから仕方ない。

 私の中でコロコロと無邪気に笑う。それが虚勢だということはわかっている。

 早く、見つけないと。早く、早く……。

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