譚
ヨナヨナ
何もない部屋に何もない
鼻につく酸っぱい匂いと微風と共に、濡れた草木の匂いがする。ここの空気は清潔ではない。窓ガラスから漏れる陽光にホコリが照らされてる、窓は閉まっている。
部屋はとても狭く子供一人すら窮屈に感じられる。すぐにここから出たいと思った。それは叶わないと思った。
鮮やかな赤いカズラや可憐なナデシコを思い浮かべた。壁の向こうには原が広がっている。色が鮮やかだ。はるか遠くの山が見える。山嶺の水みたいに清涼な空気を飲む。
それから原一面にヒナギクが咲いていて、姉が座って本を読んでいる。妹の私は本を読まないから内容が清潔でなくても構わないが、本を読む姉の姿は中々珍しい。
今が貧しいほど空想を愉しむものだ。それで部屋の中の渇きに対抗したような気がする。私は依然としてこの窮屈な部屋に閉じ込められている。
ここはどこだろうか、しばらく部屋を眺めたが何もない。それで、一発で空想が勝利を収めたのだった。部屋に君臨する王者は独りだけ。
少女が何もないと感ぜられる部屋は白紙の原稿用紙と同じくらい酷い。ああ、情けないと思いつつ壁四方を見つめていると、だんだん勇気が湧いてきた。
壁、壁、壁。壁。壁は四面ある。天井と床に挟まれてる。壁が一つでも無くなれば部屋から出られるのに。でも三面に減ったら壁が倒れて潰されるかもしれない。
朽ちた壁は三面では支えきれないし、天井も落ちてきそうだ……。
「彼女と僕はどこまで似ているんだろう。似ていると同じは違う。違いが分かるのは賢人だけだ。だが、僕は愚人だ。
僕は彼女を愛するだけじゃない。彼女は僕に似ている。僕が何者か検査するたびに、純粋であることは確かだと分かる。
彼女は外に現れた純粋だ。純粋が外に現れるのは不吉ではないか?(とここで誰か咳払いした。)不吉故に確かめたくなる。
だって、僕は愚人だから……愚人だから少女に触れたいと願うんだ。」
「言っちゃ悪いがアレだよね。かなりキモいよ。」
「どこがキモい。」
「芋虫みたいよ。草を食べて丸い糞を放り出す。」
「そんなの理屈じゃないし。」
「アンタね。」
壁の奥から人の声が聞こえてきた。「似てると同じは違う。」は歌の歌詞としたら秀逸かもしれないけど、一向に意味は明らかにならない。
それに長く喋っていた男の人の声は高くか細い、とても聞き取りにくいし、どんどん早くなるから最後の方はほとんど何も聞き取れなかった。
女の人が「芋虫みたいよ」といった途端、壁の向こうに人の大きさの芋虫が椅子に座っている様子を思い浮かべて思わずニヤけた。
しばらく壁に耳を当てていた。ふいに椅子から立ち上がり、椅子を引きずる音、二人のコツコツと鳴る足音、
ギイとドアが開く、足音、ドアの長く軋む音、静寂。向こうのドアは立て付けが悪いので完全に閉まらないのだ。
私はどうやらここに閉じ込められているような気がしてならなくなった。誰が?何の理由があって?何も分からない。
壁の向こうの二人の気配が無くなると途端に寂しい気がして、とにかくここから出ようと思った。
----改訂(八月二十四日)
:ガラス窓! → 窓ガラス(l2)
:ガラス窓 → 窓(l3)
:お目にかから!ない → 珍しい(l13)
:勝者!を収めた → 勝利を収めた(l18)
:ああ情けない → ああ、情けない(l21)
:僕は愚人だ。 → だが、僕は愚人だ(l32)
:聞き取りにくい、それに~ → 聞き取りにくいし、~(l51)
:~らしい → ~ような(l56)
:それは一向に分からない。 → 何もわからない。(l59)
:けれど壁の向こうの人達がいなくなってから不意に寂しい気がして、とにかくここを出ようと思った。 →
壁の向こうの二人の気配が無くなると途端に寂しい気がして、とにかくここから出ようと思った。(l60)
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