職業は自宅警備員だがちゃんと定収もある。物納だが。

小稲荷一照

仕事がなくなったので離婚しました。実家に帰ります。

 仕事がなくなった。

 登録している人材派遣会社、というかいわゆる協力企業が倒産した。

 協力先が倒産して連鎖的に倒産した。

 何やら色々政治がらみも含む面倒があったらしい。

 ともかく仕事がなくなった。

 正直にそのことを四十過ぎて結婚した妻に打ち明けたら全くアッサリと離婚届に判子を求められ、マンションを慰謝料代わりに奪われた。

 奪われた。というか、まぁ、追い出された。

 ああ。まぁ、世の中よくある話だね。

 金の切れ目が縁の切れ目。

 結婚ってのは若い時分は体の相性でその後は生活の安定だって。

 全くなんというか。

 アレだ。

 今更いいんだが。

 いつまで経っても美人の奥様には違いなかったが、料理は苦手で洗濯物は乾燥機任せでシワだらけ、片付ければ物が何処かに消えてゆく。

 会社勤めの後は趣味に回す時間も旅行に出るような気力もなかった。

 娘は可愛かったが、まぁ僕には似ていなかった。

 そういうことだろう。

 いいんじゃないかな。

 それは良いのだが、住むところがなくなった。

 住むところがなくなったので、田舎に戻ってきた。

 そういうことだった。


 別荘地にするにはちょっとばかり不便というか、温泉もない海もない山もまぁこれと言ってただの山だ。

 畦の崩れた段々畑と手入れのされていない竹林が風よけ代わりに立っているばかりの寂れた田舎だ。

 東京に出た後、土地にしがみついていた祖父が亡くなりさっさと売り払いたかったが、国道は疎か県道に面しているわけでもなく、向こう三軒両隣山を超えて十キロも離農して荒れた田畑ばかりが広がるような土地では買い手もつかない。

 だがまぁこうして思えば、これも僥倖だった。

 他人様の目が届くような土地で騒ぎになればどう説明してよいかわからない。

 テレビやネットの話題になるかもしれないが、それを逆手に一花咲かせに世間の騒ぎに飛び込むにはちょっとばかり体力の衰えを感じる。

 四十を過ぎて結婚して子供が生まれて離婚してってのは、まぁ要するに、世間の荒波に飛び込むには少々嫌気が差していた。

 体力もまぁ。

 と思ったが、むしろ気力の問題か。

 あちこち腐れて水もたまらなくなっていた棚田に二枚水が入りなんとか稲が並ぶようになった。

 自分ひとりの食い扶持を揃えるにはまだ足りないが、実験と研究の成果は上がっている。

 足りない分は他所から補填されている。

 農具を修理するので失業保険は使い果たしたが、軽トラを手に入れるくらいの新たな収入源もできた。

 祖父が死んだ後、片付け掃除をしてそのままだった家屋敷はあちこちガタも来ていたが、頑丈な納戸や風呂厠台所が奥まった大きな仏間と同じように家を支えていた。

 周囲に竹林があって道も細かったせいか、十年ほども放置した割には大きく窓が破られたりもしていない。まぁせいぜい床下にイエネコにしては大きなヤマネコが一家を構えていたくらいだったが、奇妙に人馴れもしていた。

 ネコと言って子供よりも大きなネコもいることで何処かからはぐれてきたとして悪さをしなければ別段どうということはない。

 あのまま都会で仕事を探して右往左往した挙句に惨めに死ぬよりはずいぶんマシだ。

 まぁ、なんというか、離婚してなければこんなこともできなかった。

 いや、実はパパ、いま領主をやってるんだよ。田舎でさ。

 とか娘に云ったら喜ぶかもしれないが、別れた女房はどんな顔をするだろう。

 まぁ、どんな声だったか、今更思い出せもしないんだが。

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