依魂神(よりたまのかみ)
藍上央理
第1話
白い光の縞々が、ずっと続いている。土の天井から漏れているのだ。
心地良い地中の薄暗闇の中でひざを抱えてうずくまって、ヨリタマは白い光をうらめしげに見上げた。
地下に住む闇の民には光は毒なのだ。それなのに、自分は平気だった。
だれも来れないこの光の漏れる穴道に、ずっと一人でいる。光が降り注ぐ地下の穴道にうずくまって、ずっと待っている。
闇の民になる、赤子が降ろされるのを。
赤子はいくら待っても降ろされないときもあるし、立て続けに二人のときもある。一周期に二人も降りてくれば多い方だった。
ヨリタマは足の裏の毛がじりじりと、地下のひとたちの気配を感じているのが分かった。かかえたひざをぎゅっと寄せる。
地下のことを考えると胸がぎりりと痛くなる。
自分は暗いところでは目が見えない。何も分からない。聞いたり嗅いだり触ってみて、やっと分かる程度だ。
地下ではひとに頼らないと生きていけない。光がないと生きていけない、そのことは異常なことなのだ。
ヨリタマはいつしか泣かなくなった。赤子拾いの仕事をし始めたころは、この光の穴道でよく泣いたものだった。慣れたわけじゃない。なんだか、心がこわばってきただけだ。だれかに言うほどのものでもない。そんな思いは頭の中でぐるぐると回って、いつのころからか口から出てこなくなった。
穴から漏れてくる風がそよそよと、白い毛の生えた耳に当たって気持ち良い。長く待つことに飽きて、ヨリタマはうとうとと目を閉じた。
ふっと目が覚めると、天井の土の穴から漏れ出る光は弱まっていた。
冷たい夜の風に暗く沈んだ草が揺れている。
その風に乗ってどこからか赤子の鳴き声が聞こえてくる。
ヨリタマは風を嗅いだ。赤子は風上にいる。泣き声は穴道に反響して頼りにならない。
彼女はヒタヒタと静かな穴道を歩いて、声を探った。
天井の大きな穴の下で、月の光を浴びて悲鳴を上げる赤子がいた。引き付けを起こしたような絶叫にヨリタマは動じもせず、小さな白い毛の赤子を抱き上げた。赤子の首から文字を記した石の連なる首飾りがだらりと下がっている。
それは闇の民が全員もっている。もちろん、ヨリタマも持っていて、今では袋に入れて首にかけている。
彼女は赤子の名前を知ろうと、その首飾りを触ろうとしたけれど、あまりに赤子が暴れるので、光の届かない暗がりに身を引くしかなかった。すると、赤子はぴたりとぐずるのをやめ、首飾りで遊び始めた。その様子は、もうヨリタマには見えない。暗闇の中でちゃらちゃら音がするのを聞いて、何をしているのか想像するしかない。
名前を知りたいのは、同じものを探したいから。自分と同じ意味の名前。
(からっぽの器)
そんな名前のひとはいない。だれもそんな寂しい名前なんかじゃない。
ヨリタマは暗闇の中、すっかり覚えてしまった穴道の壁を左手でたどっていく。
壁に滑らせる感触は冷たくて滑らかな土。短い腕を上へぐっと延ばしても、穴道の天井へは届かない。でこぼこしたくぼみにはもさもさと苔が生えている。その苔はうっすらと緑色に発光しているらしい。
地下へ下ると金属の臭いがきつくなる。ヨリタマはこの臭いが好きだった。
片手の中の赤子は静かに寝ている。この子を養育者で幼なじみのアワナミに渡さなければならない。
闇の穴道を歩きながら、ヨリタマは昔のことを思い出す。
二周期くらいのころ、年上の子たちと木の根を編んで作った籠を持ち、食べられる茸や球根、虫の幼虫を集めて食糧庫へ持っていく仕事をしていた。
けれど、ヨリタマはその仕事が全くできなかった。いつもアワナミが彼女の手を握り、あちこちへ連れて行ってくれた。
ちょうどあのころだ。ヨリタマは自分が見えないということをあまり気にしてなかった。みんながかまってくれるので反対にうれしかった。特別不自由もなかった。なぜなら、すぐそばにアワナミがついてくれていたから。
籠を持っていろいろなところに行くにつれ、やはり子供なので冒険もしてしまう。遊びの中で他の仕事も覚え、複雑な地下の道を覚えていく。
ここは寝泊まりする養育者の洞穴、薬の粉や薬石のある薬師の洞穴、みんなが集まる沸き湯の洞穴、そこより下にあるのはいろんな物語をしてくれる語り部の洞穴があり、さらに下に行けば熱泥のカグツチが煮えたぎる鍛冶師の洞穴がある。けれど、二周期の子供が行けるのは沸き湯の洞穴までで、もっと下に行こうとすると大人の見張り役が立っていて、怖い声で、「あっちへ行きな! こっから先は危ないよ!」と警告する。
わーっと子供たちは散って行き、また違う穴道を探す。行き止まりの穴道にこつこつと鉱石を掘る鉱石係、きれいな石のかけらが散らばっていて、子供のころの宝物になる。
不思議と開拓者の姿を見かけることはなく、子供たちは作り事の中で彼らの話をする。
「きっと、手ばっかおっきいセミモグラになってさ、かったい鉄の岩をばりばり掘り返してんだ!」
「掘った土をさ、上に溜めてってさ、あたしたち、ずんずん下に沈んでんだよ」
「じゃあ、見に行こうよ」
子供たちは固まって穴道を上っていった。ゆるやかな坂がぐるぐると続き、何度か迷いながら子供たちは進んでいく。
「あっ、あれなに!?」
子供の一人が指さす先に、真っ白い棒が天井から地面に真っすぐ突き刺さっている。ヨリタマはそれが見えた。それしか見えなかった。
「近くに行ってみようよ」と、彼女が言うと、みんなが賛成した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます