丸く尖る
丸く尖る【マルクトガル】
安部フトシは変な奴だ。誰よりも音楽が好きだと公言している。知識も深くて自分でも楽器を操る。そんなこんなで、なんだか分からないけれど、安部と居ると刺激的だ。
安部は、物事を熱く語ることもあれば冷めているときもある。深く話し込むこともあれば、そんなのは無用だと笑い飛ばすこともある。
例えば、昨夜。私が「自分より知識のある人と出会ったときに、誰よりも音楽が好きだなんて公言しているのは恥ずかしくならない?」と訊いたときに、阿部は熱く語った。
「僕にとっての音楽は、着なくなったらタンスの奥にしまいこむような自分を飾るためのものではない。かといって、教科書のように自分の進むべき道のりが書かれた大層なものでもない。きっと、街の遊園地にあるジェットコースターに似てる。でも直ぐに、隣街の遊園地にはそこよりも大きくて速くてスリリングなコースターが作られるかも知れない。だから僕はあちこちの遊園地に出向いてそれらの新しい乗り物に興じるかも知れない。いや恐らく、そうに違いない。でも、僕はこの部屋から見える公園のブランコにいつか思い出したように乗りたくなる。かも知れない。それは、抑えきれなくて、堪らなくて、僕は絶対にブランコを漕ぐに決まってる。ジェットコースターの歴史や考案者なんて知らなくても、またあそこの遊園地に行って乗ってしまうかも知れない。スリリングなものが次々とできれば、それに乗ってみたいと考えるかも知れない。乗らないかも知れない。ただ、それだけだから。音楽の知識って言うのかな……いや、好きなことの知識の量を誰かと競うなんて意味ない。知識なんて足りなくても僕が好きなことに代わりなんてないんだから」安部は、嬉しそうに語った。
それから。大したことではないけど、私と酒井理央は、安部フトシと共同生活をしている。
私たちは阿部と寝たりすることもあるし、喧嘩したりすることもある。
理央は真面目で少しだけオタク気質な小学校の教員で、私は、コンビニの店員だったり花屋の店員だったり夜のコンパニオンだったり、定職なんて考え方は苦手な人種。
「『愛してる』って言われた」
理央が三人で囲んでいるキムチ鍋をつつきながら呟いた。
「良いんじゃない? 卓巳くんでしょ?」
私は、真っ赤な海の中で沸々と踊る白い豆腐を箸で挟みながら訊いた。阿部が自分の皿を持ち、私と理央の箸が鍋の上をさ迷い終わるのを待っている。
「良いだけどね……」
理央が無事に豚肉を取り込んで自分の目の前に皿を置く。
「良い物件だけど、なんだか足りない……そんな感じなのかな?」
今度は、順番待ちをしていた阿部が鍋をつつく。
「物件なんて言ったら悪いけど……多分、そんな感じかな……」
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