Bad Gateway

 真紅と深紫と中間に刹那に見える漆黒が、視界のどこかで瞬いて消える。

 ストロボフラッシュ。紅紫の黒い瞬き。

 重言、重複表現、矛盾、支離滅裂、なんでも良い。とにかく、視界の中に焼き付けられるそれが、俺の生への執着だ。決して諦めないと抗う俺の生への執着心だ。俺は、まだ絶望する気はない。

「案外、しぶといね……」

 闇の向こうで野太い男の声がした。ここに連れて来られたのが、数時間前なのか数十分前なのか既に感覚はない。視界は粘着テープのようなもので目隠しされて奪われていた。手足の自由も椅子のようなものに固定されていて全く動かない。

「目的は……」

「言えないな」

 答えた気配に伴う僅かな音が、何かを手に取り握り込む音だと解った瞬間に、俺は息を止めて歯を食いしばった。

 痛みは、脳に身体を保護させる為に送られる危険の緊急回避命令だ。無視すれば身体の機能に重大なダメージを残すことになる。故に痛みは強烈な恐怖をもたらし、生きていく中で可能な限り絶対的に避けなければならない事項となる。

 ただ、それは回避出来ればの話だ。手足を拘束され自由を奪われてできることは甘んじて痛みに耐える以外にない。

「次も……右だな……」

 呟くと、椅子の手摺に縛り付けられた俺の右手の指先を撫でる。声の正体に思い当たる人物はない。ただ、覚えてはいないが一度も聞いたことがないとは言い切れない。男が、暴れる俺の中指を丁寧に握り込むと静かに告げる。

「暴れれば……暴れる程、痛いぞ」

 嘘ではなかった。俺の両足と右手の爪と肉の隙間には既に針のような物が三本も刺し込まれていてその激痛に俺は何度も気を失い掛けていた。刺し込まれる最中に暴れては傷口が広がり痛みが倍増する。だが、頭では理解できていても、心はそれに賛同してはくれない。痛みは回避するべきものだ。抗うには、全身で痛みを侵入させるものから逃げるしかない。

「止めてくれ……頼む……」

「駄目だよ」 

 俺の諦めに似た懇願は簡単に無視された。指先を握る男の強い意思を感じる。握り込まれた指先が僅ばかりの抵抗もできない程にピタリと押さえ込まれていて、抗う事の無意味さを突き付けられる。

「いくぞ」

 声が囁いて、ゆっくりと激痛が刺し込まれる。焼かれるような、引き裂かれるような、緩慢に動く激しい痛みが、俺の指先。爪と肉の間から侵入する。針のような鋭利な先端。爪と肉が密着した場所を僅かずつ引き裂き押し広げて身体に侵入する。

 危険だ。脳内麻薬を垂れ流して危機を一時的に誤魔化している脳が意識の根深い場所で痛みを回避しろと激痛が指先に集中させる。絶叫して身震いする。激痛は緊急性の高い危険な場所にいることのサインだ。無視すれば命を失う可能性が高める。呻いて、喚いて、暴れて、可能な限り抗え。脳内が沸騰する。

 


 



 

 

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