神があたえた一つの恵み -Fine Line-
鍵田紗箱
プロローグ
「はぁ…」
退屈そうにため息を吐いたのは、我が主アザミ様。
その姿を拝見してみますと、本を片手に抱え、気怠そうに頬杖をついている。
「はぁぁぁぁ…」
先ほどよりも深いため息が虚空に消えていく。構って欲しい…ということでしょうね。見目麗しく、成熟した身体つきをしているというのに、いつまでたっても性格が身体に追いついてくれない方です。
「はぁぁぁああああぁぁ」
さらに、悪ふざけの色が混ざったため息。
厄介ごとに巻き込まれるのは嫌です。このまま無視を決め込みましょう。
「誰もおらんのか。………はぁ……妾は寂しい。寂しさのあまり、世界に災厄をもたらすほどだ」
「どうされたのですか、我が主」
小動物のような理由で世界を壊されてはたまりません。厄介事を吹っ掛けられるのは目に見えてましたが、我が主の前に颯爽と姿を現します。
姿を見せると同時に、主のドレスのを正すことも忘れません。と言うのも主は、1秒でも目を離すと着崩れを起こす、不思議な能力を持っているのです。
「おお、アオイか。良いところに来たのぉ、妾の悩みを聞いてくれ」
主のその言葉と共に能力が行使され、空間が変化していく。出来ればひと言欲しいのですが、その進言自体は今まで何度もしてきているため、半ば諦めに入っています。
空間の歪みが和らぎ、大量の本の塔が出現する。大げさな表現を用いて良いなら、さながら本で形成されたビル街、のようです。
その塔の最上段の1つに、先ほどまで主の読んでいた本が重ねられる。もちろん能力を用いて乱雑に重ねているわけだが、よく倒れないものだな、と粗雑な行いを逆に感心してしまう。
しかし悲しいことに、私はあの本にまだ目を通していなかったのです。これで塔の外壁に埋められた未読の本は何冊目だろう。我が主には、整理整頓という言葉を覚えていただきたいものである。
「妾はお前の薦めにより、長い期間、膨大な数の物語を見てきた。様々な物語に触れることによって、人間の可能性とやらを知ることが出来る、ということだったの。…結論を言ってしまうとな、それに飽いてきたのだ。少し前より数が増してきた新進気鋭のライトノベルとやらも、その数が増すにつれて定型化という毒にやられ始めておる」
我が主のおっしゃることは理解できます。
そもそも、私が物語に触れることを薦めたのは、我が主が人間の停滞・衰退する姿に辟易し始めていたからだ。当時こそ頻繁に、世界を破壊して作り替える、などと物騒なことを口にしていましたから。
ちなみに、ここで述べる人間の可能性とは、思考力・創造力のことです。そして、その衰退の表れこそが、定型化だと主はおっしゃっているのです。たしかに最近の物語には、パターンというものが見て取れるようになったと思います。
しかし定型は、多くの人が好むから生まれたのです。つまり、誰かに『必ず』届きます。そういった点で言えば、優れた人類の英知だと私は思っているのですが…。
「…妾が満足するような物語はないものか?」
「私に…その『満足のいく物語』を紡ぎ出せということですか?」
我が主がさも満足げに頬を赤く染め、目を輝かせながらニンマリと笑う。
当然、このような無理難題をおっしゃることは分かってました。
「もし仮にですが、断ればどうなるのでしょう?」
「そうなれば暇つぶしとして、世界を少々破壊するに決まっておろう」
「受け入れたとして、主様にご満足いただけなかった場合は?」
「同じことだろうな~」
この御方が世界を壊そうとすれば、間違いなく簡単に成し遂げる。そのような存在であり、そのように作られたからだ。
要望を受け入れるのが大前提で、さらに我が主を必ず満足させなければならない、ということですね。
「かしこまりました。必ずや会心の物語を紡いでみせましょう。
覚悟を決めます。私もまた、そういった存在で、こうするように作られたのだから。
「…早速ですが、主様が飽いてきたとおっしゃる定型を教えてくださいませんか?」
私が自由に物語を紡ぐわけにはいきません。今回私が紡ぐのは、『我が主が満足する物語』なのですから。
「そうだのぉ…。近頃増しているのは【異世界もの・異世界転生もの】などというやつか。突飛な設定、創造者の都合の良い設定というものを配置しやすく、現実では没個性な主人公を、容易に特異な存在に押し上げることが可能なテーマであるな。…設定に興味が湧くものも多いのだが、結局はファンタジーものとして中身が似通っておる。どうせファンタジーとなるなら、妾の世界で縛った物語が読んでみたいものよ」
「それでは舞台が【現実世界】である物語が良いと…。しかし、現実世界にファンタジー要素は介入できませんが…」
異世界ものに飽いたから現実世界、この点については納得できます。
しかし、物語のジャンルをファンタジーとするのは容易ではありません。なぜなら、現実の世界と人間、その限界を定めた者こそ私たちなのです。私たちの許可なくして、現実世界の夢は叶いません。
……ん?…私たちの…許可?
「そこで…だ。今回は特別に、人間どもに『恵んでやる』ことを許す。どの様に扱うかも、アオイに任せよう。…何ならそれで、間引いてしまってもいいのだぞ?」
なるほど…。『雫』を人間に還元してよいならば、当然ファンタジー要素が生まれるでしょうね。その許しに感謝し、ありがたく能力を行使させていただきましょう。
しかし、最後の提案は承諾しかねますが…。
「了承しました。それでは『雫』を行使させていただきます。…ちなみに、行使の限度はございますか?」
「限度か………うむ。それならばひとつの例として、先ほどと同じく増しておる【タイムリープもの】を挙げよう。…設定の奥深さ、1周目とやらの衝撃、前周との比較が面白いテーマである。しかし、どんな最悪な結末を露呈させても簡単に無かったことにし、あまつさえ、自分が最良だと思う結末になるまで何度でもやり直すなど、妾たちの領域に足を踏み込んでおる。…そういった要素が生まれないことを限度としよう」
「そうなると、【タイムリープに連なる超・超常的な能力が生まれない物語】であることも重要ですね」
正直、限度を設けて下さったのは僥倖でした。もしも限度が無ければ、私でも対処できない人間が生まれていたでしょうから。
しかし限度が曖昧ですので、その辺の理由付けは必要になってくるでしょう。そう考えると、多少面倒が増えたのかもしれません。
「…それと最近では『ハーレムもの』というものも多く見られるようになりましたが、このような【恋愛もの】に関してはどうお思いですか?」
「…ふむ。妾は恋愛というものに非常に疎くての。その点において、恋愛ものを眺めるというのはとても参考になる。また、恋愛ものの…何とも言えぬ…胸のあたりがキュンとなる感覚はとても愉快だ。…そのため、恋愛要素に関しては特に制限を設けない。だが、【物語において恋愛は必ず成就しない】という制限だけは設けよう。成就してしまった恋愛ほどつまらないものはないからの」
「かしこまりました。ご意向に沿った恋愛がお届けできるように工夫いたします」
相変わらず初心な御方だ。それでいて、恋愛において最大級の意地悪を投げかけるのだから…。まあそれも、らしいと言えばらしいのかもしれない。
「それから、主人公はどのようにいたしますか?【中高生主人公】といった物語が、最近は多いように感じますが…」
「ふ~む。登場人物については、【その定義をなるべく外したいかの】」
つまり、特に規制しない…と。
ということなら、奇をてらうことなく選別しましょうか。
「ここまでの会話から、此度の物語のジャンルは【ローファンタジー】となりますが、その他のジャンルで希望はありますか?」
ミステリー、サスペンス、コメディ…、あまり狙いすぎてもだめですが、もう1ジャンルぐらいなら、主の好みに寄せても良いでしょう。
「そうだの~。人間のありのままの姿を見るだけでも滑稽だろうが、強いて1つ挙げるとすれば【アクション】が良い。…精々、人間どもの醜い争いを見せてくれ」
「かしこまりました。以上のことを条件に、人間の可能性をお見せできるかと思います。それでは、少し準備を…」
舞台を現実世界とするファンタジーにすること、これについては容易い。実際に私が雫を行使し、現実世界に干渉すればよいのだから。
しかし一方、その反動で困難さが表出した点が多いのも事実だ。
まずは、雫の限度の設定。
適当な理由であれもこれも駄目なんて言おうものなら、主が飽いてしまう。かと言って、限度を間違えれば、私自身で世界を破壊してしまうことになる。よく考える必要がありますね。
次に、成就しない恋愛。
恋慕の想いを伝えようとする毎に、私が阻止すれば容易いのですが…果たして私に恋心が見破れるでしょうか。恋心自体を制限するわけにもいきませんし、何か考える必要があるでしょうね。
続いてアクション要素…ですか…。
戦うことになれた人間など滅多にいませんし、これもなかなか困難ですね。優勝者には賞品が、みたいな感じで釣り上げるしかありませんか…。
こういった点から考えると、主人公をおおよそ自由にしてくれたのは良いことなのかもしれませんね。出来るだけ物語がスムーズに進みそうな人間を選択して…。
「ああ待て、アオイ。肝心なことを忘れるとこであった」
我が主が、背を向けた私を呼び止める。
途端に空気の変化。今度は能力が行使されたわけではない。
冷や汗、震え、鳥肌。主から発せられる威圧感に、恐怖を象徴する身体的変化が、これでもかと滲みだす。
…そう…だった……。
全てを意のままに操れるこの御方が、このことについて規定を設けないはずがないのです。
全てが終わったその地点に、満足のいく形を創造したいと思うはずなのです。
「結末は【バッドエンド】とする。人間の可能性を存分に発揮して、バッドエンドを作り出せ」
その過程に自由を設けようとも、自分の思い描く結末を望むはずなのです。
結局この物語は、八方塞がりだったのです。
断ることは許されず、満足させなければならず、満足させることさえも…破滅へ向かう。
未だ我が主に背を向けたままの状態だが、私の苦悶の表情を、主は読み取っていることでしょう。それと同時に私には、我が主の愉快で満足気に愚者を見下す表情が、手に取るように分かってしまうのです。
「…物語のタイトルを思いつきました。この物語の名は、『-Fine Line-』です。神のお恵みにより、強大な力を得たか弱き人間たちの紡ぎ出す物語。…必ずや、満足のいく物語にしてみせましょう」
我が主に顔を向けず、語気を強めてそう言い残し、私はその空間から立ち去った。
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