第6話 べつじん

 学生時代、友人と青森に旅行に行ったときの話。


 ホテルにチェックインして早々、日頃の疲れが溜まっていた私は、観光にも行けずダウンしてしまった。


 私ひとりがホテルに残り、皆は外出することとなった。



 ホテルは、青森駅近くのごく普通のホテル。

 部屋はツインルームだった。

 4人グループでの旅行だったので、もう一部屋、同じツインルームを取って、2人ずつに分かれて泊まることになった。



 部屋に一人残った私は、すぐに眠りに落ちた。


 しかし、斜め向かいの部屋が、とてもうるさくて何度も目が覚めてしまった。


 同じようなツインルームが並んでいるはずなのに、数人の話声には思えない。

 そんなに一部屋に人が入るのだろうかというぐらい大勢の人が、一部屋に集まって大声で話をしているようである。

 フロントに注意をしてもらうよう頼もうかと迷うぐらいの、騒音だった。



 何度めに目が覚めたときだったろうか。


 隣のベッドを見ると、友人が寝ている。


「ああ、もう帰って来たのか」


 私は、ホッとしてもう一度眠りにつこうとした。



 違和感が私を襲う。


 友人は、あんな髪型だったろうか?

 向こうを向いて寝ているので、はっきりとは言えないけれど。

 でも、髪の長さが違う気がする……。


 そのとき。

 隣のベッドから、突然、右腕だけが飛んで来た。


 右腕の肘から先だけが、飛んで来たのだ。


 私の首筋を這う、指先の感触。

 くすぐったいような感触がしばらく続いた後。

 その手は、私の首を――締めた。


 と、同時に、指先一本すら動かせない状態になる。

 金縛りだ。


 悲鳴を上げたいけれど、唇を動かすことすらできない。


 金縛りになったときは、足の指先から少しずつ動かすといいとどこかで聞いた気がする。

 私は、少しずつ、抵抗を試みた。


 どれだけの時間が流れたのか。

 首を絞めていた腕が消えたと同時に、動けない呪縛からも解放された。



 隣のベッドを見ると、友人はいない。

 そこには、誰も寝ていない。


 では、先ほどの手を飛ばして来た女性は誰だったのだ?


 いや、冷静に考えてみよう。

 友人が、肘から先だけ飛ばすなんてこと、できるだろうか……。


 では、あれは……?



 まさか、この世のものではない……なんてことあるはずがない。


 頭がはっきりしてくると、理性の方が勝って、先ほどの体験を否定する自分がいた。


「あれは夢だったのではないだろうか?」


 そう、あの手の存在を否定した瞬間。


――部屋の電気がすべて消えた。


 私の心を読んだかのように。

 あれは、夢ではないと知らせるかのように。



「それなら、それでかまわない。フロントに電話して、電気がつかない部屋だと苦情を言って、別の部屋に替えてもらおう」


 そう考えて、枕元の電話の受話器を上げた途端。


――部屋の電気が再び、点いた。


 今度も、まるで、私の心を読んだかのように。

 受話器を上げたと同じタイミングだった。


 これでは、フロントは相手にしてくれないだろう。


 私は、諦めて受話器を置いた。



 部屋を替えてもらうのは難しいにしても、先ほどからうるさい部屋だけでも確認しておこう。フロントから、注意でもしてもらわないと。夜になってまで、うるさかったらたまったもんじゃない。


 私は、部屋番号を確認しようと廊下へと出た。



 私の部屋は、ホテルの一番奥の角部屋で、うるさい部屋があるはずの場所に、部屋はなかった。


 そこには、ただ何もない空間が広がるばかりであった。

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