漂流4日目

「だからさぁ、オレ思うわけよ。会社って誰の為のものなのって! 社長や重役、株主やクライアント、それともお客様?」

「キュゥーー、キュッ」

「従業員の為でもあるんじゃないのって、だって大事な動力だよ? 中の人が居なくなったら経営なんてできないんだからさ。もう少し構成員も労るべきだと思うわけよ!」

「キュッキュー! キュウッキュー!」



オレは今、居酒屋トークをルカと楽しんでいた。

社会通念の批判と言えば聞こえば良いが、どこにでもある愚痴だった。

ルカはなんというか、とても賢い。

オレの心の動きを理解したようなリアクションをくれる。

ひょっとして共感もしてくれたりするんだろうか?


人間が知らないだけでイルカライフも大変だったりする?

やれ、ボスがウザいとか。

やれ、メスに見向きもされないとか。

うーん、考えてみれば色々ありそうだ。

ごめんよルカ、一方的に愚痴っちゃってさ。



話し終わるとコミュニケーションタイムだ。

鼻先をオレの膝頭にツンツン押し付けてくる。

この合図は、ボールかな?

ポンっと放ってやると、同じ高さで打ち返してくる。

それは驚くほど正確にオレの手に戻ってくる。

いや、ほんと賢い。

あと超絶かわいい。

言葉は通じないけど、久々に暖かい気持ちが胸に広がっていく。

陸に居た頃は業務的な会話ばかりで、冷え冷えとしたやり取りしか無かったもんなぁ。

案外、言葉なんてものは生きて行く上で不要なのかもしれないな。

すっかりお友達になれたルカを眺めて、そう口から零れた。



ーーゴロゴロゴロ。



うん、何の音だ?

ドラム缶でも転がしてんの?

この大海原で、まさかねえ。


もちろんそんな訳もなく、遠くに暗雲が立ち込めていた。

何やら「これから悪さします」と聞こえてきそうな程、漆黒の雨雲だ。

遠くでしきりに雷鳴を響かせながら。

気のせいかもしれないが、風も出てきたし、波もいくらか高くなってきたような……。


でもきっと大丈夫さ。

オレは不運を清算したばっかりだよ?

船が難破して太平洋で孤立してんのよ?

これ以上災難が降りかかる訳ないじゃん。

強張った笑みで精一杯に虚勢を張った。





「降りかかったァーーーーっ!!」

自分を奮起するために、腹の底から大声を発した。

声を出してないと気持ちがポッキリ折れそうになる。

というのも、絶賛大シケ中で、海は大いに荒れまくっていた。

波はテーマパークのアトラクションのように乱高下し、吹き付ける雨風は痛烈にオレの体を乱れ打ち。

雨粒ってこんなに痛いのかよ、まるで石でもぶつけられている気分だ。


板の上にあった諸々の物資が荒海に投げ出されていく。

でもそれに構っている余裕はない。

今にも振り落とされそうになる自分を支えるので精一杯だ。



「いつまで続くんだこれ! 人の迷惑も考えろよ!」



クレームだ。

オレを散々苦しめて胃を破壊した、現代社会の最強兵器だ。

もちろん手心が加えられるはずもなく、むしろ波を被った時に海水を飲んでしまう。

しょっぱい! 塩辛い!


反射的にのけぞりそうになるが、うっかり落ちてしまう訳にはいかない。

板の端っこまで這(は)いずって板の縁をガチリと掴んだ。

この時のオレをライブ中継でもしてたら、会場からは失笑が飛んだかもしれない。

それかバラエティ番組のワンコーナーだったら、こんな扱いだろうか。



Q、高波の不安定な状態で、板の端っこに移動するとどうなりますか?

A、ひっくり返ります。



ガボガボガボ!

やばい、波を捌けなかった!

救命胴衣も無しにこんな嵐の海に投げ出されてしまった。

せっかく安穏とした時間を手にいれたのに、こんなのあんまりじゃないか!


ーーキュイィーー!


どこかからかルカの声が聞こえる。

とても目を開けていられないから、どこに居るのかさえわからない。

助けて! このままじゃ死んじゃう!


大自然の脅威の前ではなんて無力なんだろう。

濁流に飲まれる木の葉のように流されていった。

上下左右の存在しない、混沌とした水の暴力。

人間が陸上生活を選択してしまった事を恨みながら、母なる海に還ろうとしている。



最近読んでいる小説だったら、ここで死んで異世界へと転生するのだ。

ロリな美少女女神とかが現れてさ。


「あなたはこれから新しい世界に生まれ変わります」

「本当? 生き返れるの?」

「そこではバカみたいに強い力を振るえます。もうチートですね」

「おおお、それは素晴らしい」

「あなたには、それはもう美少女から美熟女までワンサカ寄ってきます。もう選び放題です」

「ほおお、ほおお、そこは天国なのかな? かなぁぁ?」

「ついでに最後は王様になって、何不自由なく暮らしていただきます」

「mmmマーベラスゥーー!!


素晴らしき異世界!

さようなら現実社会!

これからよろしく、未来の嫁さんたち!

オレはもう、しこたまに第二の人生を楽しんでやるぜぇー!



やるぜぇーー!



やるぜぇーー……。




「……?! ガハッ ゴホッ!」



気がつくとそこは海岸だった。

オレは砂浜に突き刺さるようにして転がっていた。

あれから一体、何が……?



辺りを見渡すとロリ神が、なんて事は無く。

ひたすら無人だった。

付近には家屋も道も、何も見えない。

今見えているのは、砂浜に手つかずの森、散乱している流木やゴミくらいだ。

電線のひとつも、人工物の一切ない、島のように見えた。



「ハハッ、死にぞこなった……かな。いっそ死んで転生とかしたかったぞ」



不安に押しつぶされかけたせいで、声が自然と漏れた。

そしてこの時感じた予感は見事に的中した。

辺りを探索すると、ここはそれほど大きくない島で、人の姿は一切なかった。

民家のひとつ、船の一艘無い、忘れ去られたような場所。



そう、オレは無人島へと漂流してしまったのだった。

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