ラストメッセージ

虚月はる

To my dearest

 あ、あ、マイクテスト、マイクテスト。なんちゃって。聞こえますか?

 きっと、ここに来るであろう貴方のために。ボイスメッセージを残しておきます。


 空を見たかな。真っ赤な夕日。とてもとても、綺麗だよね。鮮やかに果てしなく続く、夕焼け。等間隔に並んだビルに、橙色のフィルターがかかって、古い写真でも見てるみたいな、懐かしいような、気持ちがする。現実感の薄いこの幻想的な風景は、まるで世界が終わるみたい。なんてね。それれは比喩でもなんでもなくて、どうしようもない現実だった。


 世界が終わる。全世界にそれが告げられた時、初めはショックだったけれど。こんな夕暮れの中で消えていけるのなら、悪くないかなって思ったんだ。

 貴方ももう知っているよね。数週間前、私達のいる地球は、長い長い夕暮れに包まれた。一日中、焼けるように赤い空。この夕暮れが終わって、夜の闇が街を包んだら、その街は永遠に時を止める。群青色のキャンバスに誰かが描いたような、満点の星空の下で、人も、建物も、動物も、おそらくは悪魔や天使なんかも、眠りにつく。

 そうして全てのものが星空の下で息を止めた頃、きっと他の星と同じように爆発でもして、ひっそりと、地球と呼ばれたこの星は消えていくのだろうね。


 そういえば、夕暮れは同時に全世界を包んだけれど、終わりの夜は疎らに訪れるみたい。貴方がここに着いた頃には、どこまで星空が広がっているのかな。


 ねえ、貴方は覚えている?

 私たちが出会って、一緒に過ごした、学校のこと。その帰り道に見つけた、小さな公園のこと。ちょっと寄り道していこうか、って、笑って。

 あの場所で、ブランコに揺られながら貴方と見た夕焼け空は、すごくすごく綺麗だった。あの時に、時が止まってくれていたらよかったのに。なんてね。不謹慎かも。でも本当に、止まってしまえって思ったんだ。幸せだったから。

 あの公園にも、もう夜が訪れてしまったのかな。時を止めてしまったのかな。夜が訪れた場所には、もう足を踏み入れられない。踏み入れたら最後、そのまま自分も永遠の眠りについてしまう。

 だから、もしそうなら、もうあの公園には行けないね。ちょっぴり寂しいなあ。


 私は、あの公園で夕焼けを見てすぐに、生まれつき弱かった心臓の調子がさらに悪くなって、あの街を、貴方の傍を、離れなきゃいけなくなった。

 そして、私だけしかいない、薬の匂いが漂う、真っ白く閉じた病室の中、そこから動くことを許されずに過ごす日々が始まった。

 貴方と過ごしたあの街からはひどく遠い病院だった。学生だった私と貴方にとって、簡単に会いに行ける距離じゃなかった。仕方ないよね。まだ親にお金を払ってもらう立場だったんだもの。

 病室の窓からひとりで見下ろす夕焼けは、とても綺麗なのに、なぜか寂しかったなあ。


 ねえ、そうだ。きっとこの長い夕暮れは、私達に残された最後の猶予なんだと、私、思ったの。最愛の人のもとに行って共に終わりを迎えたり。やりたかったけどやり残していた、そんなことをやったり。夜の、星空の下で時を止める前に叶えたい願いを叶えるための猶予。

 もしも神様が存在して、こんな仕組みにしたのなら、きっと神様は残酷なくらいに優しくて、悲しいくらいに私達を、地球を愛してくれていたのでしょうね。


 そんな最後の猶予に、貴方は私のもとへと走ってきてくれるのだと思う。みんなそれぞれに最後の願いを叶えようとする中、交通機関なんてろくに機能していないだろうし、貴方はその足でここまで来るしかない。それはきっととても大変なこと。でも、貴方は来る。そんな気がする。


 だけど、ごめんね。


 貴方がここに辿り着く頃には、きっと私はもういないと思う。私の心臓、もう限界みたい。

 からになったベッドの上に、この録音機だけを残して死んでいく私を、どうか許して。


 本当はね、貴方と一緒に終わりを迎えたかった。夕暮れの下で、貴方と寄り添って、橙の空に群青が混ざって、夜に染まっていく空を見ていたかった。綺麗だねって笑って、そうして幸せなまま時を止めたかった。

 あの日、あの公園の夕暮れの中で願ったみたいに。

 貴方がここに辿り着くまで、生きていたかった。生きていたかったの。死にたくなんかないの。最後にもう一度、貴方に会いたかったの。それでも、無理だって、限界だって、私の心臓が悲鳴を上げてるの。


 ごめんなさい。ごめんなさい。


 ねえ、どうしてなのかな。貴方に会いたかった。それだけが私の願いだったのに。いつの日か、元気になったよって貴方の隣に立つために、ずっとひとりで、真っ白な部屋で、管だらけの体で、必死になって生きてきたのに。神様の優しさは残酷ね。ここまで生きさせてくれたのに、一番の願いは叶えてくれないなんて。

 どうして、どうしてなの。


 ……ごめんなさい。取り乱しちゃった。


 最後になったけど、ここまで来てくれて、本当にありがとう。

 そして、直接顔を見て言えないことが、すごく残念だけど。伝えさせて。


 ずっと、貴方のことが、好きでした。

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