Episode4:拡大する《発見》・前編

 2388年5月25日(水)12:36P.M. 第13居住区・南星宮高校 食堂


 「ひどいです……。やっとフェリシア姫に出会えた瞬間、こんな仕打ちを受けるなんて――」

 「ひどいのはこっちよ!?風紀委員としての責務を果たしただけなのに、なんでアタシまで指導を受けなきゃいけないの!?」

 「ホントだぜ。あとちょっとで俺の5万ペックが倍になって手に入ったてのに、あのバカ担任、途中で試合止めやがって――俺の投げる槍であの身体、串刺しにしてやるぜ!」

 「えぇっと、エルク?君だけちょっと話ズレてないかな??」


 触れた者の願いを叶える、《希望の痣》を左手に持つ少年・望月光の周りには、多くの友人たちが存在する。中でも毎日のように付き合っているのは、酉福希、エルキュール・フォルス、湯田衣栖佳の三人である。

 酉福希ヨウ・フーシー。光と同じく《エデン》第13居住区ニューアシヤの生まれ。身長165センチ、体重49キログラム。名前は「ふっき」と呼ばれることもある。アニメとゲームをこよなく愛する少年で、そこから得た知識量は計り知れないものがある。頭の回転は速いのだが、妄想癖が強く、たまに周りが見えなくなることがある。

 エルキュール・フォルス。第15植民星《タイタン》第2居住区ヌーベル・パリ出身。身長190センチ、体重90.3キログラム。愛称は「エルク」。陸上部所属のやり投げの選手でもあり、暇さえあれば筋トレを欠かさない。そのせいか勉強に充てる時間がないためテストの成績はいつも下位という、文字通りの筋肉バカである。

 湯田衣栖佳ゆだいすか。《エデン》では数少ない、《地球》出身者の一人。《地球》の居住区の一つという日本の出身であり、身長155cm、体重はヒミツ。風紀委員として校内の規律を守ろうとしているが、男勝りで短気な性格のせいで裏目に出たり、過度な行為に走ったりすることがある。それ故に友人はあまり多くはないが、光にとっては、自らの憧れの場所である《地球》の情報を提供してくれるかけがえのない存在として見られている。


 4人は昼食を摂るために、校舎の1階の食堂に移動した。光はいつものクロワッサンカツサンド、福希はラーメンセット、エルクは特製スタミナ丼(特盛)、衣栖佳はサンドウィッチセットをそれぞれ手に取り、円形の机を囲むように着席する。福希と衣栖佳は、先の乱闘が原因で担任からこっぴどく説教され、互いにその不平不満を零している。二人とは別のベクトルの怒りを持つエルクはさておいて、光は福希と衣栖佳の話を真剣に聴き入れる。

 「まぁ、今回の件に関しては、どっちも悪いと思うよ。福希は校則で禁止のゲームをプレイしてたわけだし、いきなり大声で叫んで他の皆を驚かせてしまった。一方の衣栖佳も、風紀委員としての責任感は認めるけれど、首を絞めるのはやりすぎだと思うな。まずは話し合って理解してもらうことが大事だったんじゃないかな?福希はエルクと違って頭良いから、衣栖佳の話もきっと分かってくれるよ。」

 「うう……。」「すみません……。」

 二人は互いの非を認め合い、深々と反省するように頭を下に向ける。「おいおい、ちょっと待て。今俺をバカにしたような発言が聞こえてきたんだが?」と、先程の光のセリフに文句をつけるエルクを無視して、衣栖佳が急に上体を起こし、しばらく沈黙していた口を開く。

 「はぁ……今日はほんと災難だらけね……。今朝レリギオスが出たとかでいつもの通学コースは封鎖されるわ、違う道で行ったら今度は激しい閃光に襲われて、そのせいで車に轢かれそうになるわ、でもってさっきの乱闘の件と――今朝の星占いも最下位だったし、ほんと今日はついてないわね、アタシ。」

 衣栖佳のぼやきを聴いて、光は今朝のニュースの星占いを思い返してみる。そう言えば今日の最下位はふたご座で、衣栖佳は6月2日生まれのふたご座だったなぁ、と。だがそんな瑣末なことよりももっと重要なことを、光は衣栖佳の話から思い出したのである。

 “激しい閃光”。光はそのワードから、今朝のあの出来事を呼び起こす。

 「ねぇ、衣栖佳。さっき『激しい閃光に襲われた』って言ったよね?」

 「え、えぇ、そうよ?」

 突然の光の問いかけに、衣栖佳はきょとんとした顔をしている。光は構わずに質問を続ける。

 「その時にさ、空を飛ぶ女の子を見なかった?耳が長く尖っていて、白い振袖みたいな服を着た――」

 「――はぁ?」

 光のその質問に、衣栖佳は首を傾げる。彼女の訝し気な表情は、「空飛ぶ女の子?何を言っているの?」とでも言いたげな様子である。どうやら衣栖佳は、あの空を飛ぶ耳の長い少女の姿を目撃していないらしい。光と衣栖佳のやり取りを傍から聞いていたエルクと福希も、空飛ぶ少女の存在を否定する意見を口にする。

 「空飛ぶ女の子?ププッwww光、何かおかしなものでも喰っちまったんじゃねぇのか?www」

 「望月君、いくらドラゴンの生息する《エデン》であっても、女の子が空を飛ぶだなんて、そんなラ○ュタみたいなことあるはずないですよ?まぁドローンとかジェットパックとか使ってるなら話は別ですが――」

 「いいや、僕は見たんだ!」福希のセリフを遮り、光は強く主張する。「電車の中から。女の子が道具も使わずに空を飛んでいるのを。僕はそれをこの眼で確かに見た。そしてこの中に、その映像をしっかりと記録したんだ!」

 光は自分のIDEA-Watchの画面を、3人に向けて高々と見せつけた。既にムービープレイヤーが起動してあるIDEA-Watchの画面には、今朝光が電車の中で撮影した動画のサムネイルが表示されている。サムネイルには、青空をバックに中空にとどまる少女の人影が映し出されている。

 「これを見て。」

 そう言って光はそのサムネイルをタップし、動画を再生させる。


 動画には、光が今朝遭遇した、空を飛ぶエルフ耳の少女の姿が鮮明に映し出されていた。動画の少女は道具もなしに、高度100mの高さを飛行している。3人は映像を血眼になって見続けているが、彼女を吊るす糸のようなものも、彼女を浮かせる機械のようなものも、映像の不自然な合成の跡も確認できずに動画は終了した。動画が終わるとすぐに、光は3人に動画の説明を付け加える。

 「これは今朝、登校中の電車の窓から撮影したんだ。なんとなく窓の外を眺めていたら、突然この女の子が山の向こうからひゅーって飛んできて、何だろうと思って撮影したんだ。動画の最後に急に画面を覆った閃光は、この娘の持っている拳銃みたいな武器から放たれたもので、衣栖佳が今朝見たのもたぶんこれだよ。あ、言っておくけど、これは合成とか加工なんて一切してない、ありのままの真実を映した映像だよ? CGの作成とか動画の編集とか、そんなスキルは僕にはないからね。」

 それを聴いた3人は、しばらく言葉を失っていた。光とは少なくとも4年以上の付き合いがある衣栖佳、福希、エルクの3人は、彼の言葉に一切の嘘などないことを自然と感じ取ることができた。であるとするならば、この動画の少女はどうやって空を飛んでいるのか?この時代の科学技術の粋を集めれば解決できそうな問題ではありそうだが、それは一高校生たる自分たちの頭脳だけでは到底正解には辿り着けない難問だと、3人は各自に理解し、やがて思考することを諦めた。

 「すげぇ……。」

 少女の空を飛ぶトリックはおろか、飛行機が空を飛ぶ原理も理解できていない頭脳を持つエルクは、ただただ動画の少女に感嘆の声を漏らすことしかできない。何回か「すげぇ……」と口にした後、エルクはそのわずかな容量の脳味噌をフル回転させて、ある結論にたどり着く。

 「これってあれじゃね?いわゆる“ウマ”ってやつじゃねーの!?」

 「――う、“馬”!?」

 どう見ても人の姿をしている動画の少女を“馬”と見間違うほどエルクはアレなのか、と光は愕然とした。――が、エルクの考えを読み取った福希がすぐさまフォローに入る。

 「――エルク。ひょっとして君が言いたいのは、“UMA”じゃないの?『未確認生命体』って意味の。」

 「そうそう!!それそれ!!その“ゆーま”って奴!!この娘はその“ゆーま”って奴だよきっと!!」

 エルクの記憶力の悪さや思い込みの激しさにはつくづく呆れたものだが、光はエルクのその考えに、幾分かの興味を示した。

 「ま、まぁ、確かに、UMAの一つに、空飛ぶ人影“フライング・ヒューマノイド”ってのがいるし、この娘の正体はそれだと結論づけるのも悪くはない。けど――」

 「『けど――』、何ですか?」

 福希の呼びかけに促され、光は喉に詰まっていた言葉を外に出す。

 「この娘をUMAって言葉で片づけるのは、なんだか短絡的すぎる感じがするんだ。この娘の表情からは、何というか、悲しみや強い使命感みたいなものを感じる。彼女は人の姿をした生命体っていうより、もはや“人間”そのものだと考えた方がいいんじゃないかな、って思うんだ。」

 福希は光のIDEA-Watchに再び目を向ける。ループ再生されている動画の少女の顔は、誰か大切な人を失ったような哀愁と、途轍もなく大きな事を成し遂げなければというような責任感に満ちた表情をしていた。それを感じ取った福希は、再度光の方に向き直る。

 「 普通の“人間”は空なんて飛べませんけど、確かにこの人間の少女みたいな生命体には、人間らしい感情と知性がありそうですね。――でもこの尖った耳とか、銀色の髪の毛とかは、僕たち人類とは異なる特徴なので、人間とは別の人型知的生命体と結論づけるのがいいでしょう。言うなれば、この動画の少女の正体は――」

 福希は眼鏡の蔓を指で持ち上げて直し、自身の推測を披露する。

 

 「“宇宙人”。そう、彼女の正体は、地球人類が訪れる前からこの《エデン》に暮らす宇宙人であると、ボクは推測します。」

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