第21話 ヒロト、家に帰る

 目覚めるとそこは、僕の通っている小学校の図書館だった。

 窓際の席で、窓の外にはしんしんと降る雪の中、同級生や先輩に後輩たちが雪遊びをしている。ほとんどは雪合戦のようだが、端っこのほうでは低学年の子が雪ウサギや雪だるまを作ったりしている。

 地面に積もる雪のほとんどは、生徒たちが駆け回ったおかげで茶色い部分が多いが、そこに雪が積もってよく分からない色になってきている。

「ああ、帰ってきたんだ」

 僕はついさっきまで、この本の中に収録されている物語から生まれた世界の中にいた。

 人間の言葉をしゃべる猫、メル。うちのペットでもある。

 僕の旅を支えてくれたショッパ。

 なくし物を探して、一ヶ月も行方不明になっていたアカリさん。その兄弟の、光一くんと三希くん。

 最初の町で、寒さに震える僕たちを助けてくれたカフェのお姉さん。

 最初にアカリさんのことを教えてくれた、コガネくんとコガネくんのお母さん。

 港町でメルを助けてくれた、ロロさん。

 丘――ツキ山でロウソクを花火と勘違いしていたエン太くん、シシノ助くん、トト乃ちゃん、キク也くん、カノ子ちゃん、キュウ美ちゃん、ユウ司くん、ポン吉くん。

 お屋敷に連れて行ってくれた山田さんに、お屋敷に泊めてくれた芽衣子お嬢さん、大旦那さま。そして使用人の人たち。

 怒ると怖いけど、とっても優しいジュンくん。

 なくし物をアカリさんから奪って、いろいろあったけど和解した政紀くん。

 防寒具を買うために立ち寄った服屋さんの店長や、トイレを貸してくれた村のおばさん。アカリさんがお世話になったという人々たち。

 アカリさんは一ヶ月、僕は三日間。その間に僕たちは、たくさんの人と出会って、別れてきた。

 いろんな人に助けてもらって、僕はアカリさんを見つけて、なくし物を見つけることができたんだ。

「でも、夢かもしれないなあ」

 だって、今、僕は向こうで買った防寒具を持っていない。ジャケットに手袋、帽子にカフェのお姉さんから借りたままのポンチョ。どれも、僕の手元にはない。

 一つも、残ってないんだ……。

「夢。夢かあ……。なかなか大変な夢だったなあ」

「あら、夏井くん。図書館で眠っていたの?」

「うわっ」

「大きな声を出してはいけないわ」

 ぼんやりと外の景色を見ながらつぶやいていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 僕のクラスメイトで、図書委員の渡邊南美ちゃんだ。そう言えば、南美ちゃんの名前って、南美橋と同じ漢字だよね。関係ないことだけど。

「ご、ごめんね」

「別にいいけど……。先生に怒られないように気をつけてね」

「うん」

 あー、それにしても……。夢、夢かあ。

 皆と出会ったのも、長時間バスに揺られて体中が痛くなったのも、全部――夢?

「そう言えば夏井くん」

「なに? 南美ちゃん」

「その、目の前の席にかけてあるポンチョって、夏井くんの物? それとも忘れ物? 忘れ物ならカウンターのほうに持って行こうと思うんだけど」

「え?」

 え―――――?

 気づかなかった。南美ちゃんに言われて、僕の、机をはさんで向かい側の席を見ると、そこには見覚えのあるポンチョがかかっていた。

 これは、カフェのお姉さんから借りたポンチョ!

「ああ、これは――僕のものだよ」

「サイズが大きすぎると思うんだけど……」

「母さんから借りたんだ。今日は寒いからってね」

「へえ……。そっか、夏井くんのお母さんのものなんだ」

 南美ちゃんは、なんだか不思議そうにポンチョを見つめている。

 まあ、うん。僕のお母さんが着けるにはちょっと若すぎる感じに見えるかもしれないね。……お母さんの物って言うのはやめたほうがよかったかな?

「まあ、いいや。それじゃあ、その本は借りるならカウンターに持ってきてね。借りないなら、ちゃんと元の本棚に戻してね」

「うん」






 カフェのお姉さんから借りたままのポンチョをマフラー代わりにして、僕は家に帰ってきた。

 母さんはキッチンで夕飯の準備をしている。おじいちゃんとおばあちゃんは、老人会の集まりに行っているようだ。夕飯までには帰ってくるといいんだけど……。

「ね、メル」

「にゃあ」

 メルは、人間の言葉をしゃべらない。にゃあ、とだけ鳴いて、気まぐれに僕のところに近寄ってきては、離れていく。

 ううん、なんて言うか……。あっちで出会ったメルは、メルじゃないような気がしてきた。

 でも、姿はそのまんまメルと一緒で……。

 分からないなあ。なんであの子は、メルの姿をしていたんだろう。

 そのほうが、僕が安心するから?

 確かに知らない土地だったし、メルがいてくれて本当に、いろんな意味で助かったけどさあ……。

 さっきの今でこれじゃあ、やっぱりあれは夢なんだって言われているようなものだよ。

「あー、メルー」

「にゃー」

「僕さあ、探し物屋になったんだよ。三代目なんだって」

 それでね、本の中の物語から生まれた世界に行って、いろんな人に出会って、三日間の旅をしてきたんだ。

 メルと、ショッパと一緒に……。

 大変だったけど、とっても楽しかったんだよ。

 メルは人間の言葉をしゃべっていて、雪の中で寝ていた僕を起こそうとして、僕のほっぺたにひっかき傷を作ったりしてたんだあ。

「にゃ、にゃー」

「メルもたまーに、僕の腕にひっかき傷を作るよねえ」

 何個か、まだ傷跡が残っているものがある。

 図書館の窓に映る僕のほっぺたには、メルにひっかかれた傷はなかった。あんなに痛かったのに。少しの傷も、残っていなかったんだ。

 夢、夢か。

 あれは、夢だったのか。

「でも、忘れたくないなあ……」

 僕は三代目探し物屋の夏井大斗。相棒は猫のメル。そして、ショッパ。

 一人前の探し物屋になれたら、また……ショッパに会えるのかな?

「なーんてね」

「それじゃあ、探し物屋としての修行を始めましょうか! ヒロト」

「……へ?」






 どうやら、これからも僕の探し物屋としての旅は続くそうです。

「メルー! お前、お前! しゃべれるんだったら、しゃべれよ!」

「ちょ、ま、待って! 待ってよヒロト!」

「待たない! ほーら、毛を逆立ててやるー!」

「きゃー! や、やめなさい! い、いやあああああ」

 次は、どんな物語から生まれた世界に行くのかな?

 まだ分からないけど、いつか――また、ショッパに会えたらいいなあ。

 だって、ショッパと僕は友達だからね!

「ちょ、いやあああ。やーめーてー!」

「やめませーん」

「ママー! 助けてー!」


〔了〕

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