第19話 ナガレボシ三兄弟・1

 アカリさんと政紀くんは、仲直りと言うわけではないが和解することができたようだ。

「それじゃあ、政紀! 説教の続きぞ! おばさんにも伝えるから、もっと怒られてしまえ!」

「ちょ、かーちゃんに言うのはやめろ!」

「お前のやったことを顧みろってんだ。あ、アカネちゃん! なくし物が見つかってよかったね! ヒロトとショッパとメル……は、探し物屋だからもう会えないのかな? とりあえず、アカリちゃんのなくし物を見つけてくれてありがとう。それと、政紀がやったことも教えてくれてありがとう! さあ、政紀説教だー!」

「あああああ、ひっぱるなああああ。くるしいぃぃ」

 そして、ジュンくんは政紀くんの胸ぐらをつかみながら、怒濤の感謝を述べて土手を上っていった。あれを感謝と言っていいのか悩むところだけれど、多分、きっと、感謝なのだと思う。

 ジュンくんは、今から政紀くんの家に行って、政紀くんのやったことを政紀くんのお母さんに伝えるんだろうなあ。頑張れ、政紀くん。君のやったことは悪いことだけど、アカリさんにちゃんと謝って簪を返したんだから、政紀くんのお母さんにもちゃんと自分の気持ちを伝えることができるよ!

 ちなみに、ショッパは探し物屋ではない。ここ注意だよ、ジュンくん!

「なんていうか、あの子・・・・・・。パワフルね」

 メルがぽつりとつぶやいた。僕とショッパはその言葉に、思わずうなずく。

「力がありあまっている感じがすごい」

「まあ、自分よりも身長の高い政紀をひっぱって行くぐらいだから、強いだろうねえ」

 ジュンくんと政紀くんが去って行った方向を見ていると、マフラーで目元を抑えていたアカリさんが顔をあげた。

 目を真っ赤に腫らしたアカリさんは、ジュンくんと政紀くんが去って行った方向を見て、「ありがとう」と一言。そして、僕たちのほうを見て……。

「探し物屋さんも、猫ちゃんも……。私のなくし物を見つけてくれて、ありがとう」

「どういたしまして」

「ええ、ちゃんと見つかってよかったわ」

「政紀にも困ったものだね」

「うん、そう。そうだね」

 アカリさんはショッパの言葉に、ニコリと笑った。目は真っ赤に腫らしたままだけれど、優しそうな笑顔だ。

 政紀くんに怒りを向けていた姿が信じられないくらい、優しくて、ふわふわとやわらかそうな笑顔を、アカリさんはこの一ヶ月間。誰かに見せたことはあるのかな?

 簪を見つけたくて、必死だったアカリさんは、ちゃんと笑えていたのか疑問に思うけれど、僕の見たアカリさんの記憶の中には、こんなにも素敵な笑顔を見せることはなかったと思う。

 うん、笑えるようになったんだなあ。

 いつも必死な顔をして川の中に入っていたアカリさんは、もういない。ここにいるのは、赤い飾りのついた簪を大切にする、優しいアカリさんだ。






どこからかアカリさんの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

「アカリー!」

「アカリ!」

 あれは確か……。

「光一と三希?」

 そう、コガネくんと出会った町にいたアカリさんの兄弟だ。彼らは南美橋を渡り、土手を駆け下りてきた。

「アカリ!」

「やっと見つけたぞ、このバカ!」

「バ、バカじゃないっ」

「一ヶ月も行方不明になったやつなんかバカで十分だ!」

「なんで家に帰ってこねーんだよ!」

「だ、だって……」

「だってじゃない! 父さんと母さんがどれだけ心配したと思ってんだ!」

「警察も探し物屋じゃないと見つけられないって言って、すみませんて謝ってきたんだぞ! 警察のせいじゃないのに!」

 なんだろう、この……。兄弟のヒエラルキーが見えるような見えないような微妙な感じは。

「この子たち、ツンデレかしら」

「あ~、なるほど」

 メルとショッパはそこで勝手にツンデレにしない。でも、ツンデレかあ。言われてみれば、そういう気がしないでもないなあ。

 兄弟で唯一の女の子であるアカリさんを、思春期の兄と弟がついつい、いじめてしまうみたいな――そんな感じ。アカリさんにとっては迷惑だと思うけどね。

 アカリさんを見た時に流れてきた映像の中には、兄の光一くんと弟の三希くんにいじめられているところが何度か見えた。極端に寒さの弱いアカリさんが毛布を被っていると「布団おばけ」、暖房の効いた部屋に閉じこもっていると「引きこもり」。うん、悪意があるようにしか思えないよね。

 それでも、アカリさんが家を出た日。彼らがアカリさんに向けて言った言葉は、寒いなら暖かい部屋にこもっていろーみたいな。そういう感じの言葉だったと思う。うっすらしか見えなかったから、ちゃんとは聞こえなかったんだよね。

 この二人と出会った時、この二人はすぐに去って行ってしまったから、ほとんどなにも見えなかった。けれど、一つだけ。「さみしい」という言葉は聞こえていたんだ。その時は、なにがさみしのか分からなかったけどね。

 二人はアカリさんがいなくなってから、警察が探し物屋しかアカリさんを見つけられないと言っても、ずっとアカリさんを探していたんだろう。いろんな人にアカリさんを見たことがないか聞いて、知っている人を見つけてアカリさんの居場所を聞いて、探して探して、あの町までアカリさんを探しに行ったんだ。

「あ、探し物屋」

「見習いだ」

「どーも、探し物屋見習いです」

 光一くんと三希くんは、ようやく近くに僕たちがいることに気がついたようだ。僕は笑って挨拶を、ショッパはなにも言わずにニコニコ笑って、メルは「なまいきー」とつぶやきながら僕の腕の中にいた。

「お前が、アカリを見つけてくれたのか」

「僕が見つけたのは、アカリさんのなくし物だよ」

「なくし物……。ああ、お守りとか言うやつ」

「えっ、なんで知って……」

 ああ、そうか。アカリさんは二人には黙って家を出てきたんだもんね。お守りの話は、アカリさんのお父さんとお母さんしか知らないはずだし、二人が知っているとは思わなかったんだろう。

 でも、でもねアカリさん。もう一ヶ月も経っているんだよ、アカリさんが行方不明になってから。二人が知っていなきゃ、逆におかしいじゃん。

「父さんと母さんが教えてくれた」

「警察の人が、アカリはなくし物をしたから探し物屋に見つけてもらわないと家に帰って来られないって言ったんだ」

「母さん、泣いてたぞ」

「うん、うん……」

 アカリさんの目元には、また涙が浮かんでいる。これは明日まで目の腫れが残るんじゃないかな?

 それにしても、物語の中に住んでいる警察は探し物屋が呼ばれた原因を知ることができるのか。しかも、誰が探し物屋を呼んだのかまで分かるみたいだ。これはつまり、次に巻き込まれた時は警察に聞けばいいのでは?

「ヒロト。警察は探し物屋を呼んだ人と、その人がなにを探し求めているのかは分かるけれど、基本的に探し物屋に協力的じゃないわよ」

 わぁお、なにそれ。初耳だよ。

 いや、まあ……そりゃ初耳だよね。

 それにしても、メルは僕の考えていることが読めるのか。すごいな、こいつ。

「なんで?」

「なんでって……。あのねえ、自分たちの力では見つけられないっていうのは、なかなか自分に無力さを感じてしまうものなの。早く見つけてあげて、家族のもとや友人のもとに無事に返してあげたい。普通の事件ならね、ものすっごい凶悪な犯罪に巻き込まれたとかじゃなければ警察が見つけてくれるわ。警察以外の人が見つける場合もあるけどね」

 つまり、警察は探し物屋が関わる行方不明事件に関してはノータッチと言うか、関われないってことになるのか。

 それでも、アカリさんがなくし物をしたこととかが分かるのはいいことだと思うけどなあ……。

 探し物屋と警察が協力して捜せば、早く見つかるんじゃないの?

「人には誰しもプライドってやつがあるの。警察はなくし物をした人を見つけてあげたいけれど、それは探し物屋にしか見つけられない。それが悔しいのよ」

 そういうものなのかなあ?

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