第18話 探し物と探し人・4
「なんで! どうして!」
「ごめん」
「ごめんじゃ分からない!」
アカリさんは政紀くんにつかみかかって揺さぶってる。
「泥沼だわぁ」
「ちょっと、メル。それは違うよ」
「少しは止めようよ、ヒロト」
「え、ショッパ。探し物屋になって数日の僕が、ものすごーく怒っているアカリさんを止められると思うの?」
「思わない」
「ちょっと、ヒロトには無理ね」
ほらー、メルまでそんなことを言うんだから、これはアカリさんがもう少し落ち着くまで話を進められないよ。
ジュンくんなんて、アカリさんが政紀くんにつかみかかった時点で僕たちの後ろに隠れているんだから……。
「返してって言ったのに! 私! お守り返してって言ったのに! 川の中に捨ててっ、それは石だったけど! 自分で取ってこいって言ったの、アンタじゃない!」
「ああっ、言ったさ!」
「一ヶ月よ、一ヶ月! アンタが私のお守りを返してくれないから、川の中に捨てるフリをしたから! 私、港町のほうまで行って来たのよっ? 毎日、毎日川の中に入って、風邪をひいたこともあったけど、頑張って探したのにっ!」
なんで、アンタが持っているの!
アカリさんは涙をこぼしながら、政紀くんに怒りを、悲しみを、悔しさをぶつけていた。
橋の上や、土手の上には数人の大人や子供たちがいるのが見えた。アカリさんの声を聞いて、やってきたのだろう。どうしようかと、話しているような声も聞こえる。
「メル。橋の上や土手の上にいる人たちに、探し物屋がいるから大丈夫って伝えてきてくれるかな?」
「え? ええ、もちろん。いいわよ~。それじゃあ、私はちょっと行ってくるわね」
「うん、よろしくね」
そう言うと、メルはショッパの腕の中から飛び出して、土手を駆け上っていった。多分、これで問題はないと思う。
猫が人間の言葉をしゃべることに驚くのは、物語の中に出てきたキャラクターから生まれた人たちだけだ。……と、僕は推測している。
お世話になったカフェのお姉さんや、町行く人々はメルが人間の言葉をしゃべることに全く驚きもしなかった。けれど、アカリさんの兄弟やコガネくん、コガネくんのお母さん、ロロさんにエン太くんたち、ジュンくんや政紀くんは、メルが人間の言葉をしゃべることに驚きを見せたのだ。
つまり、これが物語の中に出てくるキャラクターから生まれた人と、そうでない人を見分けるポイントなんだと思う。
メルはそういう人と、そうでない人を見分けられると言っていたけれど、誰がそうなのかは教えてくれなかった。それがわざとなのか、僕を試すためだったかは分からないけれど……。これから探し物屋としてこういうことに何度も巻き込まれる可能性があるんだったら、知っておいたほうがいいよね。気づけてよかったぁ~。
「ねえ、ヒロト」
「なーに、ショッパ」
「アカリさんを見た時にさ、どこまで見えたの?」
それは、どういう意味だろうか。
「それは、アカリさんの過去ってこと?」
「うん、まあ……そんな感じ」
んー、そうだなあ。
「ついさっきアカリさんと出会ったところから、一ヶ月前のなくし物をした時の一ヶ月間なら見えたよ」
しかもハイライトで。ここは大事ってところだけ。主に、川の中に入って簪を探している様子や、お世話になった人たちとの生活の様子だったかな。それ以外にも何個か見えたけど、今は関係ないことだ。
「ただいま~、ヒロト」
「お帰り、メル」
「お疲れ様~、メル」
「ショッパもただいま! いや、疲れたわあ」
橋の上や土手の上にいる人たちに説明を終えたメルが帰ってきた。今度はショッパの腕の中ではなく、僕の腕の中に飛び込んでくつろいでいる。
背中をなでると、ゴロゴロと喉を鳴らしたのでご機嫌らしい。アカリさんの怒りの声を聞いて暗い気持ちになってきた僕も、ちょっと元気になれたよ。
アカリさんは政紀くんにひとしきり怒りをぶつけて疲れたのか、地面にうずくまっていた。
川の中に入ろうともがいていたし、体力をものすごく消費したんだろうなあ。マラソン大会に参加したあとみたいになっている。
「政紀」
「……なんだ」
ぼんやりとアカリさんを見下ろす政紀くんに、ジュンくんが話しかけた。僕の後ろから……。
「お前さ、アカリちゃんの大切なものを自分勝手な気持ちで奪って楽しかった? 奪ったものを手に入れて嬉しかった?」
「俺……、は」
「なんですぐに返さなかったんだよ! ううん、なんで今! すぐに謝ってアカリちゃんの大切なものを返さないんだよ! お前のやったことは、やってることは最悪だぞ!」
アカリさんの怒りが落ち着いたと思ったら、今度はジュンくんが怒り出してしまった。でもまあ、その気持ちはよく分かるよ。
僕だって、友達や知り合いが人の大切なものを勝手に奪ったなんて話を聞いたら、怒ってしまうと思う。その子が許せなくて、その子を止められなかった自分が許せなくて。
「俺は……」
「お前のちっちゃなプライドなんかどうでもいい! 一言謝るだけだろ!」
「……なんていうか、過激ね」
「すごいねえ、怒り爆発って感じ?」
「怒髪天を衝くってやつかな」
さっきのアカリさんよりも、ジュンくんのほうが数倍怖い。エン太くんのお母さんが怒っている時より怖い。
でも、そろそろ止めないといけないね。
「ジュンくん、その続きは僕が言ってもいい?」
「えっ? うん、まあ……。えっと、探し物屋さんお願いします」
「うん」
ジュンくんはなんとか怒りを収めてくれたけど、この声はまだ怒りが収まらないって感じだなあ。
でも、僕は探し物屋だから言えないといけない。教えないといけない。アカリさんのなくし物の場所を、ちゃんと教えてあげないとアカリさんは家に帰れないし、僕も元の世界に帰ることができない。
「アカリさんのなくし物は、政紀くんの着ているジャケットのポケットの中にあると思う。そうだよね」
「ああ」
僕が言うと、政紀くんはポケットの中から透明なビニール袋に入れられた赤い飾りのついた簪を取り出した。
「私のお守り!」
簪を見たアカリさんは、立ち上がって政紀くんの手から簪を奪い取ろうとしたが、僕が止めた。
「え、なんで。探し物屋さん、どうして簪を取らせてくれないの?」
アカリさんは不思議そうな、悲しそうな顔で僕に言った。
「アカリさんは、このまま奪い取っていいの? 政紀くんのワガママで奪われたものだけど、政紀くんの言葉をなにも聞かずに簪を返してもらえばいいの?」
「それは……」
「まずは、謝ろうよ政紀くん。自分が悪いと思っているなら。悪いと思っているから、その簪を大事に持ち歩いて、アカリさんと会えた時に返そうって思ったんだよね?」
アカリさんは、僕の言葉にうなずく政紀くんを見て、なんとも言えないような顔をしていた。
「…………ぁさい」
「え?」
「ごめん、なさい……」
政紀くんが、アカリさんに頭を下げて謝った。アカリさんは信じられないというような顔をしていたが、どこか困っているようにも見える。
背後から、「政紀が謝った……だと?」とかそういうジュンくんの言葉が聞こえたけれど、今は無視だ。無視。僕はなにも聞いていないぞ。
「ごめんなさい。俺、これが欲しくて……。とても綺麗だから、欲しくて、さ。君が大切なものだって分かってるけど、俺のワガママで奪って……本当にごめん」
一ヶ月、一ヶ月も探し続けた簪は、なくしたはずの場所にあっただなんて……信じられない。
まさか、川に投げ捨てたと思っていた子が一ヶ月間ずっと持ち歩いているだなんて、思いもしなかった。
探し物屋さんに言われて彼がジャケットのポケットから取り出した簪は、透明なビニール袋に入れられて、大切に持ち歩いていたらしい。私に、返すために……。
彼が差し出した手から、私は簪を受け取った。傷は、どこにもないみたい。いいえ、小さなかすり傷はある。でもこれは、お母さんから預かった時にはすでについていた傷だ。
綺麗なものを欲しいと思う気持ちは分かる。分かるけれど、人の大切なものを自分のワガママで奪うことは許されない。
それでも、それでも……。一ヶ月間、私がここに戻ってくるのを彼は待っていたんだ。私に簪を返すために。
分からない。どうしたらいいか、分からない。
「アカリさん。政紀くんも、複雑なんだろうけど、今の気持ちを素直に伝えたらいいとおもう」
探し物屋さんはそう言って、離れていった。きっと、ジュンくんたちのところに行ったのだろう。
そう、私は複雑な気持ちだ。むかついて、いらついて、悲しくて、悔しくて、嬉しくて……。よく、分からない。
「ずっと、考えていた」
え……?
「お前、みたいに……。俺の大切なものが突然奪われたら、どんな気持ちになるかって」
それは……。それは、悲しいに決まっている。
「考えていると、なんだか悲しくなってきて、それで……。自分が取りに行けない場所に捨てられたら、嫌だなって、思った」
「……うん」
嫌だ。嫌に決まっている。
私はどうしても見つけ出したいから、川の中に入ってまで探した。無理をして、風邪をひいて、止められて、それでも見つけたくて。
悔しくて悔しくて、自分の力で見つけられないことが悔しくて!
アンタへの怒りを力に変えて、探し続けた。見つからなかったけどね。
「だから、返そうって思った。返さないといけないって思って、ここでずっと待ってたんだ」
背後から、「そういえば、風邪をひいた日もここにいたよね」なんてジュンくんの声が聞こえた。
ああ、そうか。彼は、ずっと待っていてくれたのか。
簪を奪ったことは、許せない。でも、簪を大切に持っていてくれて、私に返すために待っていてくれたのは、嬉しい。
許せないけど。まだ、許すことはできないけど。
「わた、しは……。悲しくて、悔しくて……さみしくて」
「うん」
「どうして落としちゃったんだろうって、どうして奪われちゃったんだろうって、どうして見つからないんだろうって……。ずっと思ってた」
ずっとずっと、この一ヶ月間思ってた。家に帰りたいのに自分のワガママで帰れなくて、港町まで行ったのに見つからなくて、どうしたらいいのかなって思ってた。
泣き続ければいいのか、怒り続ければいいのか、よく分からなくなっていた。
「ごめん」
「ここに来れば、見つかると思った。ううん、見つからなくてもよかった。私はもう、家に帰りたかったから」
お母さんの大切なお守り、お母さんがお父さんからもらった大事な思い出の簪。私の不注意でなくしてしまって、歩き続けて、探し続けて、進み続けて……。どうしたらいいのか、分からなくなった。
港町から帰る途中、バスの足止めをくらった町でコガネくんに出会った日。私は、家族のいる生活を思い出した。
この一ヶ月間、いろんな人にお世話になった。いろんな家族に出会ってきた。どの家族も温かくて、その人たちと一緒にいる時間は、なくし物のことを一瞬でも忘れることができたんだ。
最後に南美橋のところで、簪をなくした場所で探したあとは、見つかっても見つからなくても家に帰ろう。そう思って、私はここに帰ってきた。
まさか、私が港町まで行っている間、ずっと簪を持って私を待っている子がいるなんて思いもしなかったけど……。
彼のことは、許せない。でも、でもね。
「あり、がとう。ありがとう」
「えっ……」
「私に簪を返そうって思ってくれて。私の簪を大事に持って、ずっと待っていてくれて」
「でも、俺は」
「分かってる。許せない。私はまだ、アンタを許せない。でも、ありがとう」
ボロボロと、涙がこぼれてくる。
彼はおろおろと困ったように、探し物屋さんたちに視線を向けていたけれど、探し物屋さんたちは笑っているみたいだ。
「よかったねえ」
「よかった、よかった」
「これにて解決かしら?」
「オレの怒りはまだ終わってないけどね!」
ジュンくんが言うと、彼が怯えたように体を震わせた。
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