酔眼朦朧

亀麦茶

酔眼朦朧

 帰路につき、家に帰って茶を一杯 れる。読みしの本を開き、ぺらりとめくる。五 ぺえじ読む毎に茶をすする。次第にぬるくなる茶。れでも五頁毎に茶を啜る。

 気がつくと夜が更けている。自分が茶以外何も口にせずにいた事に気がつくと、胃が空腹を主張し出してきた。余りに胃の主張がうるさいので一つ料理を作る事にした。何か無いかと棚を探ると、大福を見つけた。しかし駄目になっていたので捨てた。他には無いのかと探しても茶と酒以外、特別見つかる物も無いので諦めて茶を煎れた。明日は食材を買おう。

 とこにつくときが近付いているが、目が冴え、眠りにつけそうもないので茶を煎れ、本を読む。かつての文豪が著したと言われる本を読むのだが、これがまた面白い。

 不思議なものだ。の書の作者は既に此の世に無い。しかし私は読んでいる。紙はいつか朽ちてしまう。しかし頭に入れば心に刻まれる。心に刻まれてしまえば、たとえ紙が朽ち、記憶が薄れようとも自身の経験になってしまう。自身が直接経験していなくても、である。実に不思議である。


 夜はしんしんと更けて行く。風がびゅう、と鋭く吹いた後に戸が鳴った。風の仕業と疑ったが、今度は風が吹かずに戸が鳴ったので確信した。

 「こんばんは。」

 「何用だ。」

 戸を開けへの挨拶もろくに返さず、ぶっきらぼうに言い放つ。夜更けに訪ねてくる者をねんごろに迎えるほどの寛容さを持ち合わせてはいない。

 「旅の者です。少しだけでも休ませてください。お金は持っています。」

 女は寒そうに震えている。しかし問題は金の有無ではなかった。

 「金が有るなら余所よそへ行け。此処ここは宿ではない。」

 「お頼みします。行き場所が無いのでございます。」

 女は袖を濡らして言った。女と遣り取りを繰り返し、結局女を家へ入れた。女は礼を言ったが、意に介さず、早く寝ろと言ってとこについた。


 夜半よわの刻、気配を感じて、やおら目を開けると、女が枕元に居るのに気付いた。

 「申し訳ありません。しかし、あなた様が私を覚えてくださるよう、お話をお聞かせします。」

 いぶかしむが、此方こちらに全く手を出さず、何処どこから取って来たのか、あの読みしの本を手に持っていた。女は手に在る本を開き、声を出して読み始めた。女の声はよく響き、感情豊かであった。私は読み終えると眠ってしまい、女の行方は分からない。朝、目を覚ますと枕元にの本が在った。

 これで、五百人目─五百冊目の方が適切か─が私の家に来た訳である。やはり書を読むというのは不思議な体験である。

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