Q&A

仙石菖蒲

女の答え

蔵書室で起こった話。


「君のその本は何が書いてあるの」


ある日、男は笑顔で問うた。わかってるくせに問うた。

私はただ、こう答えた


「ある人の人生。命と憂鬱と罪と恋と旅と…とにかくいっぱい書いてあるの。」

「そう。じゃあなんでそんなにボロボロなの」

「この本が50年近くも昔に刷られたから」

「そう。じゃあなんでまだ読み終えていないの」

「私の読む速度が遅いから。」

「そう。」


男はそのまま黙ってしまった。

私はまた、その本を読み出した。


長年大切にされたものに付喪神がつくという言い伝えがある。それは私の家でもよく教えられ、未だに曽祖父の壺なんかは大切に置かれている。

その影響があるのか、私は生まれつき奇妙なものが見えやすい。それはとてもぼんやりとしていて、目を逸らせば消えてしまう。精神的に病んでいるわけでもないので、これは一つの霊感とも言えるだろう。

小さい頃はそれとよく遊んだ。しかし、それで友達ができなかった。でも私は、平均的なものを好むような友人よりも、もっと凹凸の世界にある友人と話すほうが楽しかった。喜怒哀楽だけを心と取らない友人たちと。


「ねえ」


男はまた問うた


「よくこんな暗いところで読めるね」

「貴方が光を持ってるから、それに照らされて読めるの」

「ふうん」


男はランプを下げて、何も言わずゆっくり本の元に近づく。

さらに文字が見えるようになったので、無言で会釈をした。


「……僕ね、この本には思い入れがあるんだ。」

「そりゃあそうでしょう」

「うん。」


男はやはり、笑ったままだった。


「でも、嫌いではないの?」

「うん。だって僕がこの本を嫌いだったら、もうこの本の運命は目に見えるでしょ?」

「確かに…私がこの本を読めなくなるね。」

「でしょ?でもまあ、もうこの本は殆ど無いように扱われているけどね。『人々が読まなくなった』。君のような一部の人以外、もうこの本のことを忘れてしまった……いや、覚えている人の大半は死んでしまった。」


男は笑顔だった。しかし、その瞳は何処か悲しそうだった。そう、例えをあげれば、大切な人の葬式にいるかのような、そんな瞳。

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