もみじの映えるお屋敷で

紺藤 香純

其の一

 まぶたを開けると、格子の天井が視界に入った。

 2、3度まばたきをして目をこらすが、私が知っている天井ではない。

 私は、こわばる体を起こして周りを見回した。

 見知らぬ日本家屋。

 見知らぬ布団。

 自分が着ているのは、今年買ったばかりのブラウスとワイドパンツ。

 季節は夏なのに、ひんやりした空気。

 開け放たれた障子の向こうは、深い緑が広がっている。

 知らない場所なのに、なぜが落ち着く。

 ひとつ深呼吸をすると、胸部がずきんと悲鳴を上げた。

「痛っ……!」

 思わず声をこぼしてしまった。

 呼吸のたびに痛がっているようではらちが明かない。

 痛くならない呼吸を試していると、ぱたぱたと軽い足音が近づいてきた。



「よかった! お目覚めになったのですね!」

 部屋に駆け込んできたのは、私よりいくつか年上であろう女性だった。

 目鼻の整った美しい女性だ。どことなく可愛さがあり、グラビアアイドルにいそうな感じ。

 しかし、彼女は着物姿で、頭にはバンダナをつけていた。サイドで軽くたばねた黒髪は、長くてつやがある。

 彼女は着物の裾を正して、私の近くに正座した。

「知らぬ場所で、さぞ驚かれたことでしょう」

「あ……はい」

 私は間抜けな返事をしてしまった。「いいえ」と答えた方がよかったのだろうか。いや、そんなはずはない。

「体を強く打ったようでございます。しばらくお休みになって下さいませ」

 彼女の赤い唇から、大河ドラマの台詞のような古風な言葉が出てくる。語尾の発音が色っぽく、男性ならどきっとしてしまうかもしれない。

「ひとつだけ確認させて頂きたいのですが」

 彼女は一呼吸おいて、再び口を開いた。

市川いちかわ真音まのんさんでよろしいのですよね」

「え……はい」

「松ノ宮女子大学、人間社会学部、管理栄養学科の2年生」

「なぜそれを!?」

「申し訳ありません。バッグの中のお財布から、運転免許証と学生証と……健康保険証も勝手に見させて頂きました。不審者なら警察に突き出さねばならないと思いまして。でも、その必要はなさそうです。現金に手をつけていません。スマートフォンは触れずにそのままにしてあります」

「あ……そうでしたか」

 先程から私は、曖昧な返事しかできていない。

 自分の置かれた状況が把握できていないのに、初対面の彼女が畳みかけるように話してくるからだ。

 わかったことは、貴重品が無事だということと、彼女がエスパーか何かで私の情報を引き出したわけではないということだ。



「すみません、ここはどこでしょうか?」

 私が訊ねると、彼女は「ぎくっ」といいそうな表情で固まった。

 数秒置いて、こんな返事。

「わたくしの家です!」

 うん、まあ、そうだとは思いますけど。

「そうでした! 名乗っていませんでしたね。わたくしのことは、呉葉くれはとお呼び下さいませ」

 ごまかすように笑う彼女の顔は、私の知る誰よりも可愛くて、ずるいと思ってしまった。

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