第3話 アリス



【怪人】


「なぁ、聞いたか?」


「なにが?」


「怪人だよ、怪人」


「怪人?」


焼き鳥屋台で会社帰りのサラリーマンが焼き鳥を食いちぎりながら同じ会社の同僚とだべっていた。


「怪人って、実際いんの?」


「いるいる。俺実際見たことあるもん」


「嘘つけ。絶対見たことねぇよ。怪人なんざテレビのでっちあげじゃねーの?」


「じゃあ、なんで西日本は今行けなくなってんだ?」


「確か、海外のテロリストが西日本へ攻めてきて、占領されてるんだろ?」


「違う、違う。怪人が西日本を攻めて占領してるんだよ」


「だからテロリストが攻めてきた話は、ただのマスコミのでっちあげだ」


「はぁ?なんだそれ」


一人のサラリーマンがビールをグビグビと飲む


「おい」


「なんだ?」


「これ飲んだら、帰るぞ〜」


「どうして?まだ30分しか経ってないじゃないか」


「この辺りで人喰いの怪人がいるそうだ」


「そんな、馬鹿な……俺は信じないぞ。そんな子度みたいな話」


怪人を信じないサラリーマンが馬鹿を見るような目でもう1人のサラリーマンを見る。


「ははっ!俺の話が信じられねぇのか!?」


「なぁ?おやっさん!俺の話、本当だよなぁ?怪人は本当にいるよなぁ?」


「……おやっさん?」


目の前にいたはずの店の店主がいない。


「ありゃ?どこいったんだぁ?」


「なぁ、お前、おやっさんどこいったか知らねぇか?」


もう1人のサラリーマンが怪人を信じないサラリーマンの方に顔を向けるが、そのサラリーマンは、いない。


「…………」


「あれ?あいつもいねぇや……みんなどこいった〜?会計できねぇぞ〜」


「あ?」


サラリーマンは後ろに誰かがいる気配を察知した。


『助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて』


そこにいたのは、血塗れの男の死体を悲鳴を上げながら貪るカマキリのような怪人の姿だった。


「う、うわああああああああっ!」


サラリーマンは血眼になって全速前進で逃げていった。


『酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い』


『許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない』


『次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す次殺す』


カマキリのような怪人は狂ったように嘆いた。


二人の男の死体をカマでグチャグチャに切り裂きながら。


*****************

************

********


【君が心配】


僕は家に帰った。


ボロボロのアパート。


寂しい一人暮らし。


でも、一人暮らしも辛いことばかりじゃない。


自給自足の生活だけど、唯一、一人になれる時間……。


「……この時間がずっと続けばいいのに」


僕はベットに横になり小さく呟く。


僕は目覚まし時計の時刻を見る。


時計の針は6時をさしていた。


「あ……バイトの時間……」


僕は財布を入れたリュックを持って家を出た。


住宅街の寂しい家しかない道を歩く、歩く。


周りには本当にそこそこ高そうな家と家の囲いしかない。


コンクリートでできた地べたに空き缶が転がっているだけ。


夏だから日はまだ暮れていない。


蒸し暑い。うるさい蚊がブンブンと飛び交う。


蚊特有のモスキート音がうるさい。


僕のバイト先のコンビニまで歩いて30分かかる……


ああ、自転車が恋しい……


でも高くて買えないんだよなぁ……高校生自給自足の一人暮らしには3.4万円のママチャリの出費でさえつらい。


バイトやだなー……遊びたい……寝たい、ぐうたらしたい。一生寝たい。


そう怠惰な考えをしながら歩いていると、



「きゃああああああああああああああっ!」



どこからか誰かの悲鳴が聞こえた。


女の人の悲鳴だ。


僕は少しビクッとなった。


悲鳴……!?な、なんなんだろう……


ダメダメ……!僕はバイトがあるし……厄介事はごめん……


そう思い直し、僕はバイトの道へと再び歩み始める。



「誰か助けてくれー!」


「ぎゃああああああああっ!」



次は男の人の悲鳴が聞こえた。


なんなんだ……?


でも、僕は歩みを止めない。


バイトへの道へ進む、進む。


近くでなにがあった?


こわいこわい!通り魔でもあったのか?


さっさと行かなきゃ……



「ねぇ」



後ろから急に声をかけられる。


なんだ!なんだ!通り魔か!?


若い女の声がする。



「ねぇ、てば」



女は話しかける。



「うわぁあああっ!くんな!!!通り魔ぁっ!!!」



僕は大声をあげ、すぐさま逃げ出す。



「何言ってんの!通り魔なんかじゃないってば!」



女は大声で叫んだ。


僕は振り返る。


よく聞くと、聞き覚えのある声だった。



「神崎くん……私のこと……忘れちゃったの?」



少女は僕にゆっくり近づいてくる。



「……!?」



女は僕と同い年くらいの地味な制服を着た少女。


翡翠色の瞳。

薄い色の茶髪ボブヘアーにうさ耳リボンカチューシャが特徴的な少女だ。


この少女とは過去に会ったことがある。



「もしかして……アリス!?」


僕は少女をまじまじと見る。


「うん、そうだよ……!アリスだよ……!

って……神崎くん!幼なじみを通り魔扱いなんて酷いよぉっ!」



アリスは涙目になり、上目づかいでこちらをみる。



「いや……ごめん……久しぶりすぎて声が一瞬分からなかったっていうか……」


「そ、そっか……だよね……もう4ヶ月も会ってないもんね…」


「学校、大丈夫……?虐められてない?」



アリスは心配した目でこちらを見る。


アリスは昔から極度の心配性だ。



「大丈夫だって…!凄く楽しいよ……!」



僕はそんなアリスの目を見て苦笑いする。


アリスはまだ心配した目をしている。



「本当に……?」


「う、うん」


アリスは僕に更に近づく。


僕は冷や汗をかく。


なにしろ、アリスに嘘をついているのだから。


本当は、学校なんてちっとも楽しくない。


楽しいどころか、地獄だ。


アリスは真剣な顔になって僕の目をじっと見る。



「本当の……!本当に!?」


「本当の本当だってば!」


「アリスは相変わらず心配性だな……僕は大丈夫だって。学校で楽しくやってるよ」


僕はアリスに満面の笑みをみせる。


もちろん作り笑い。



「……本当ならいいんだけど」


「アリスはどう?学校楽しい?」


アリスはその質問を受けると、顔をうつむく。

そして少し間を開けてからアリスはゆっくり、口を開いた


「……あんまり、かな」


「……」


「……そっ、か…」


僕は、どんな顔をすればいいのか分からなかった。


アリスの顔を見ると、だいたい学校でどんな扱いを受けているのか想像がつく。


多分、僕と似たような扱いを学校で受けているのだろう……。



「……神崎くん!で、でも!大丈夫だよ!前みたいに虐められたりはしてないから!」



アリスが笑顔で焦って僕に言う。



「そ、そうなんだ……、それはよかった…」


「……」


「あ、あのね!神崎くん!さっき男の人の悲鳴が聞こえなかった!?」


「え?……ああ、うん…」


「何があったのか一緒に行かない!?」



なんて危険なこと考えてやがるアリス……


怖いとか思わないのか!?


馬鹿なの!?



「僕はバイトがあるから。じゃ。」


僕は逃げるようにその場から去ろうとする。


「待ってよ!」


アリスが必死に呼び止める。



「ひ、人が殺されちゃったかもしれない……!」


アリスが声を震わせる。


「だったら尚更!行かなきゃいいじゃん!危険だよ!」


「で、でも!……私……!見過ごせない!この目で確かめないと!」



アリスはぎゅうっと両手を握りしめ、真剣な表情になる。



「あのなぁ!?馬鹿なのか!?もしそれが殺人なら、そいつに殺されるかもしれないんだぞ!?」



僕は必死に止めようとする。


だけど、アリスは、うつむいてこう言った。



「生きてるかも、しれない……」



「は?」



「殺されたかもしれないよ……?でも、その人たちまだ生きてるかもしれない!救える命もあるのかもしれない!!!私!行かなきゃ!」


とても感情のこもったその声に僕は圧倒される。


そしてアリスは、僕に背を向け、悲鳴のした方向へ一目散で駆け出した。


僕はアリスの走る様子を呆然とした様子で見ていた。



どうして他人にあそこまで……



昔からそうだ。



彼女は、気が弱いときがあるけれど、他人想いのついついお節介を焼いてしまう優しい人。


こんな僕にも昔から優しく接してくれた。




僕はバイトの道へと足を進める。


アリスがどうなろうが知らない


知らない。


知らない。


アリスなんて、どうにでもなったっていい。


どうでもいい……はずなのに……




どうして、こう、モヤモヤするんだ……


多分、怖いんだ、僕は。


******************

*************

*********


【そこで私が見たもの】


はぁ……はぁっ……



どこまで走ったんだろう……私……



悲鳴のする方へ走ったはずなんだけど……


私ったら方向音痴……!?


馬鹿!!!今はドジしてる場合じゃないのに!



私は悲鳴のする方へ走ってみた。


けれどそこにはなにもない。


本当に。なにもない……


暗い細い道がずっと続いている。


コンクリートの地べたには空き缶や生ゴミが散乱している。


異臭が漂う。


細い道を歩き続ける。


すると、なにやら広い場所に出られた。


「こんなところ……ここにあったんだ…」


その広い場所は、床はコンクリート、そして壁はとても高くて高くて、高すぎてさっきまで細い道で見えていた住宅は一切見えない。


不思議な場所。


そこで私が目に入ったのは、血だらけで倒れている二人の男女を体育座りで眺める赤い服を着た女性。


「あ、あの……!」


私は女性に声をかける。


「死ににきたん?きたん?きたん?」


女性の様子が変だ。


「えっ……?」


「かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい」



女性は大きく目を見開き私を見る。

今にでも目が飛び出しそうなくらい見開く。



「ひっ……!?」


あまりの狂気に私はしりもちをついた。


腰が抜ける。



「殺すていい?」


女性が私にゆっくり地べたで這いつくばりながら近づいてくる



「いやぁ……」



「酷い……酷い……」


女性が真顔になり、私に近づくのを止める。


「酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い」


「なんでぇええええええええええ!?!?!?!?」


女性の身体がぐにゃぐにゃと変形していく。


それは、この世のものとは思えないようなものだった。


「も、もしかして……あな……た……」






誰か……


助けて……!


*******************

**************

**********


【金髪美少女とアホ男】


僕はバイト先のコンビニに着く。


「お疲れ様です〜」


そう言って控え室の方に行ってバイトの服に着替える。


バイト先はいいんだよなぁ……


嫌な奴いないし……


その分辛いけど稼がなきゃね……



そう思いながら僕はレジ打ちをする。


「810円です……」


「190円のお釣りと、レシートです」


「ありがとうごさいましたー」


毎度、22時まで毎日このバイトをしている。


休日は時間をほとんどバイトにつぎ込む。


月収入は18万……


ほとんど生活費、学費に消え


毎食カップラーメン……


過労死してしまいそうだ。


そろそろ一人暮らしする前に貰った金も底を尽きそうだ……


そしてどんどん店内は人が少なくなり、過疎っていく。


人が少なくなったしあとは神崎くん1人で頼むよ。また人が来たら呼んでくれ。と言われ、店長は控え室に戻っていく。


このコンビニが過疎になるなんて珍しい……


いつも人で絶えないのに……







そんな時、


自動ドアから金髪白人美少女が入ってくる。



それと同時に僕は



「いらっしゃいませー」


と笑顔で声かけをする。


白人少女はすぐさま僕のところへ駆け寄った



「貴方」



少女は抑揚のない声で僕に声をかける。



「なんでしょうか?」



僕はにっこりとした笑顔で対応する。



「メビウスくださらない?2カートン」


「別に私が吸うわけではありません。そんな汚くて不味いもの、吸いたくもありませんから」


少女は真顔で僕に煙草を要求してくる。


「あ……えっと、お母さんやお父さんはいるかな?子供には売れない決まりになってるんだ」


僕がそう優しく言うと、少女は凄く嫌そうな顔を僕に向ける


「私を子供扱いしないでください」


「え?」


「別に私が吸うわけじゃないではないと言ってるじゃないですか……話の通じない人ですね……仕方ない……アホに連絡をとりますか……」



そう言うと少女はスマホを取り出しそれを僕に投げつけた。


電話をかけており、電話からは若い男の声がした。


「あ?もしもし?ジャンヌ?どうした?メビウス買えたかい?ん?もしもし?ジャンヌ?」



「あ……もしもし?」




『え?誰アンタ…』


電話の男は唖然とした声色をした。


「あの……保護者の方でしょうか?タバコは未成年の方には売れない法律になっておりまして……」


『そんなの分かってるよー!外出るのだるいからジャンヌに任せてるのだよー!』


「……」


怠惰かつ陽気な口調した男。


この男がこの少女の親とは……少女が可哀想に思える……。

だから少女はこんな冷めた表情してんのか……納得。


「とにかく、売れません。貴方が直接来て頂けないと……!」


『なんでも、するよ?』


「え?」


『メビウスを売ってくれたら、君の願いをなんでも叶えて差し上げよう!』


はっはっはっはっはっ!と急に電話越しで笑い出す男。


信じられない……嘘に決まってる……


馬鹿馬鹿しい……




「その男は嘘は言わない」


少女が僕に話しかけてきた。



「なんでも願いを叶える。本当に。」



「いや……そんなこと言われても……」



「大金持ちになると言ったらならあなたを本当に大金持ちにすることだってできる」


『騙されたと思って乗ってみてよー!ホラホラー!』


『もし未成年にタバコを売ったことが警察にバレてもそれを揉み消すことだってできちゃうんだからー!ホラホラー!』


男は陽気なノリで話しかけてくる。


本当に?


なんでも?


……じゃあ僕のこのー………………








も、治るのかな……?



馬鹿馬鹿しい話……でも、男が嘘を言ってるようには聞こえないのは僕だけだろうか?


……僕は…馬鹿だ……。


詐欺とかに合って騙されやすいタイプだ……



「分かりました……売ります……」



『ェエッ!?ホントニィッ!?イイノォッ!?マジィッ!?』


「本当に、なんでも叶えてくれるなら……馬鹿馬鹿しいけど…」


僕は煙草棚からメビウスのタバコを取り出した。


「ありがとうございます、後はこちらで貰っておきます。」


いつの間にか手にしていたメビウスの箱が少女の手に渡っていた。


「君!いつの間に……」


僕は唖然とする。

まるで魔法のように僕の手からタバコがなくなっていた。


「約束は、ちゃんと守ります」


「願い事を叶えたい時、こちらにお電話ください。そのケータイ差し上げますから」


「では、また」


少女は抑揚ない声で僕に話し続けた。


『何言ってんの!?ジャンヌちゃん!?ダメよ!これは君のために買ったたっかいたっかい新型スマホ…………ってジャンヌ!?ジャンヌ!?ダメダメ!こんなわけかんない男の元に携帯置いてっちゃダメ!!』


少女の姿はもうなかった。


まるで、魔法で消えたかのように。


『っ……!仕方ないなあ……まあ、願いを叶えてほしい時は、僕に電話してくれ。なんでも叶えてあげるよ。その時は、携帯もちゃんと返してね』


そう言い、男は僕との電話を切った。


突然すぎた出来事に僕は数秒硬直するがそっと、その携帯をズボンのポケットにしまった。


すると、時間が動き出したかのように店に1人の客が急いで入ってきた。


その客ははぁはぁと息を切らし血だらけだった。


「助けてくれ!!!怪人がきたぁああっ!!!!!」


ガタガタと何かに怯える表情で血が出ている右腕をぎゅっと抑える若い男性客。


「……かい……じん?」



怪人ってなんだ?


なんでそんな大怪我負ってるんだ?



……まさか…さっきの通り魔……!?


アリス……


アリスは……!?


って……何アリスのこと考えてるんだ!僕は!


アリスなんてどうでもいいだろ!!!



「何が……あったんですか!?」


僕は恐る恐る若い男性客に事情を聴きながら110番に電話をかけた。


『はい、こちら、110です』


「もしもし!?こちら港区のエルマートです!通り魔に襲われたって若い男性がこちらに逃げ込んできておりまして……」


「通り魔じゃない!怪人だよ!怪人!」


怪我をした男が傷口を必死に抑えながら叫ぶ


「はい……?」


僕はキョトン……?とする。


<かいじん>って……何…????


「あの……怪人ってなんですか……?」


「はぁ!?んなのも知らねぇのかよ!話にならねぇ!電話変われ!」


そう言って男は僕から携帯電話を取り上げ、警察に話をする。


「……はい、そうなんです……。怪人に襲われて…カマキリみたいな…バケモノの怪人に……はい。

え?僕と……あと、短い髪のリボンをした女の子がいて……」




……アリス!?



「でも逃げる最中にその女の子とはぐれてしまって……ええ…場所は……」



なんでだろう。


身体が、勝手に動く。


急いでその場を後にする。


僕は何も考えず、ただひたすらに走りだす。


アリスと別れたあの道へと向かい、走る、走る。



なんでだろう、


なんでだろうな。


ただの、幼なじみなのに。


どうして……


どうして?


馬鹿だなぁ、僕……


通り魔に出くわして殺されちゃうかもしれないのに……


そもそも、







怪人ってなんのことなんだ……?

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