人魚の恋――たぶん、片恋な少女の詩

壺中天

1章 夢絵本


   前世


 生まれるまえは人魚でした。

 生まれてからは眠り姫です。

 死んだら海の泡になります。





   蓮の花


 むかし、うちのには池があって

 蓮の花が咲いていたはずなのに


 おかあさんに抱きつこうと

 ころんで溺れたはずなのに


 いまうちには池がない

 蓮の花が咲いていない


 おかあさんがいない

 おかあさんがいない


 きれい

 さびしい


 きれい

 かなしい





   手紙



 花のことおしえてくださって、

 ありがとうございます。


 わたしは根気がなくて、

 忘れっぽくてだめだめで、


 花をそだてるには向かないのです。

 枯らしちゃって良心がちくちくします。



 その点、猫はとってもいいですね、

 野良猫なんて一人で生きてますし。


 餌づけするとお腹すいたって騒ぐし、

 寝てるあたしに顔ちかづけて迫るし。


 撫でると本気でじゃれるし、

 ひっ掻かれるし噛まれるし。


 あたしの手も足も傷だらけだし、

 傷ものにされてお嫁にいけないし。


 かまわないとすねるし、

 ふとんにおしっこするし。


 干したって匂いがとれないし、

 それを着て寝ると移り香がね。


 私は猫のおしっこの匂いをさせて、

 登校する女子高生なのです。



 面倒くさいし、

 おしっこ臭い。


 でもだからこそ、

 忘れることだけは

 決してありません。


 花は写真とか風景として、

 眺めてるのがいいのです。




 なので、園芸植物より

 野草のほうが好きです。


 ほっとけば生きてるから。


 あまり蔓延りすぎると、

 うわ~ってなりますけど。



 オオハンゴンソウ、

 みおぼえがあります。


 うちの屋敷跡に生えてました、

 妹とチャンバラごっこしました。


 ままごともしましたけど。



 あの花の茎じゃなくて、

 細い白木を削って刀にした。


 あれはわたしの丈より高いくらいで、

 なんかお化けみたいだから、


 袈裟懸けに

 ばっさり切った。


 その頃、わたしは

 相打ちと同士打ちとを

 混同してたみたいです。



 >漢字名は「反魂草」。

 >死者の霊をあの世から呼び戻すという意味がある。


 おかあさんもかえってこないかな。



 花をみてると

 きれいだとおもうけど


 時々、かなしくもなります。





   夢絵本


 意識は孤独な眠りのまま、宇宙空間を漂っていた。

 実体をともなわない身体を何かがひたしていた。

 

 脳裡で藍色のアニメセルの星図盤のような、

 絵本のようなものが静かに捲られていった。

 それは、星屑で描かれた人魚姫の絵だった。

 珊瑚の飾り玉を添えた美しい髪を巻き上げ、

 とげのような突起のある貝殻のような耳をして

 いいしれぬ憧憬に満ちたさやかな瞳をもたげ、

 牡蠣かきちりばめた魚の尾を後ろに反らせてひざまづき、

 小さな両手を組み合せて祈るようにしている、

 ほっそりとあえかな少女の形像すがただった。


 星々はきらめきながら妙なる音色を奏で、

 銀の砂のようにさざめきながら滑り落ちる。

 私は何か心に歌いかけてくる存在ものを感じた。

 それは星屑でも青いエーテル空間でもなく、

 そのすべてであるかのような形なき存在。

 それはかすかに声をふるわす溜息にも似て、

 甘くせつなく胸をうつやさしい調べだった。

 私が目覚めてからも彼女のことを憶えていて、

 皆につたえてもらいたがっているように感じる。

 その歌声を今いちど聞きたいと願いながら、

 記憶は散り散りに断片化していく。



 私の心はつたわらない

 私の心はとどかない

 ああ、ああ

 あなたにはわからない

 あなたにはわからない

 …わたしの心はくだけそう

 わたしの心はやぶれそう

 …

 …かなしい…かなしい

 わたしの涙は

 はじけそう







   夜色恋愛妄想



 男性、それとも女性?

 中性的できれいな顔!


 いわないで

 しりたいけど

 しりたくない


 あなたの作った

 夜空のアクセサリーも

 神秘的で素敵です


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