ファニー&ファニーデッドマンズショー - Funny & Funny Dead man´s Show -

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第1話 『ブッそうな面で握手を求めるヒト』


けたたましく鳴り響いたガムシャラな電子音は起床時間を告げていた。

起床時間、というより彼女の一日の始まりを報せたというべきだろう。


「……私より目覚め悪いんじゃない?」


既に目を覚ましていた少女は枕元に置かれていた時計のスイッチを切り寝床を立つと、カーテンを開いて朝日を部屋いっぱいに取り込んだ。なんて快晴、今日のような晴れ舞台を飾るには絶好な日和という実感が沸かないわけでもない。

充電済みになったスマートフォンから充電ケーブルを引き抜き、床に散乱した服やゴミに雑誌を微塵も「生活を営むに値しない縄張り」と考えずその足で掻き分けながら彼女はドアへと進む。


「あっと」


爪先にあたる不快な感触に思わず声を漏らし、視点を下げてみればそこにあったのは







遺体と変わり果てた男は白髪混じりの頭を冷めた床の上に転がし、胸部から腹部にかけて信じ難い咬創を負う。抵抗すら感じさせない惨たらしい舞台に佇む少女の面影が歯車を狂わせていた。


「……ちょっぴり臭うかな」


「時間に余裕もあるし、シャワー浴びてから支度しても間に合う? 間に合うが朝食の時間が少なくなってしまう。つまり、これって究極の選択ってこと?」


自身の体臭を気にするようにして寝間着に付着していた血痕はもちろん、両手を近づけて怪訝そうにくんくんと、まるで警察犬の様に鼻を効かした。ダメだ、微かに臭う。


「デビューを果たすには最高の準備があってこそじゃない。油断大敵だな」


少女はその場に決して相応しくないであろう葛藤を一人繰り広げ、足元に転がった死屍を慎重に跨いで先を行く。例えるのであれば、なみなみに水を注がれたコップを運ぶように。


「はしたない真似だわ」


「でも、やっと……私たち一つになれたんだよね」


少女は死屍へ振り向くと、後悔か哀れみを映し出したスクリーンのように表情を変えて一つ礼をしてみせた。その口に付着したままであった血液を袖で拭って。たかる銀バエの一匹を叩き落して。


「ねぇ――――」




――――――――――――――――――――――――――――




春、新学期。桜並木を通る初々しい若葉たちが今年もやってきた。

ならば目をギラつかせ女生徒を品定めすることに夢中な彼、『ヤヒロ』が為すべきこととは


「な………何ですかいきなり?」


「もしかしてナンパかもって思われた? 違うちがう。挨拶しただけだって!」


「そうだなぁ。やっぱりキミ 可愛いからそういう類の迷惑にウンザリしてるんだろう……美人は苦労が多いのね」


「は、はい!?」


「おまけに綺麗な声してるし。その髪じゃ手入れとか欠かせないんだろ? かわいい。俺にはわかる。色々大変だよねぇ。かわいい。それはキミの努力が確かに実った証だと本当に思うよ」


「そ、そうですかぁ~? えへへ!」


「にも関わらず、全てキミの太ももの眩しさがイケない罪だ」


「…………ン?」


「グッヘッヘェ!! この肌艶! 艶めかしい張りとか血色よぉー! 十代が醸し出すド健康禁断スケベを変幻自在で振り撒くこのムチムチぷりっ! 丁寧に包み込んでくれるハイソックスのコレ! やらしい! あんたの素晴らしい太もも やらっ……良い!」


「…………」


「フ~ン!! 自慢じゃないが、この目に狂いがあった試しは一度もねぇ! モデルとかに誘われちゃうんじゃな~い? その前にしっぽり堪能させて欲しくて、ねっ! 太ももだよ! ズバリその神々しいおみ足をさ!」


次から次へと溢れては掃き溜まる台詞の連続、おまけに目の前でポーズを決める上級生を語った男へ対して募っていく印象は、容易いほどに、安直に申し上げられてしまう。


「気持ち悪いんですけど」


「はい次ー」


蔑む眼差しで一瞥をくれられるまでが彼の日常であり、人生へ組み込まれたルーチンである。口説いた女子生徒は知り合いを見つけると駆け足で合流した後にヤヒロという何かが如何に劣悪であり、デンジャラスであることを告げているに違いないだろう。

こうして日々連鎖されていく負の有り様を間近で見届け、そんな不憫を笑うのがあるいはもう一人『イスノキ』の日常だった。


「えぇー? 笑っちゃうの~? ……笑ってんじゃねぇよ!!」


「どんだけ女口説きにいってもブレないスタンスとかあるんスかね、アニキは?」


「うん?」


「知らん奴から露骨に変態チックな性癖披露されるってそりゃあいい迷惑ってもんじゃない?」


「お前 女子にモテたことあるのか?」


「ねェな」


「んん、モテたいと思ったことはないのかね?」


「あるあるッスわ」


「あるあるあるある、あるに決まってんよな玉無しィー! 教えてやる。お前に無くて俺にある物の正体ってやつをーー!!」


勇気、情熱、夢へかける揺るぎない精神。一本筋通し続けるのが男子に生まれたサガだろう。爆発して当たらなくたって、ちょっとやそっとでへこたれる根性じゃあ握った拳の意味はないぜ。ゴリ押し上等! その股開け、マキシマムな俺さま この道往くぜ。……ヤヒロの行く道はモーゼを通す海が如く割れて、避ける。

向けられたスマートフォンの多さ、数々のレンズが太陽光を反射して彼の顔を眩しく照らしていた。


「個人検索したけど、アレ この辺の名物なんだって」


「ヤヒロ 危険タグ付いてるじゃん。野生から転向して来た天災チンパンジー」


「あんまり噂話してると寄って来るからやめようよ」


「留年してて二十歳間近だとかって情報流れてるんだけど」


「周りに馴染めないから俺らみたいなのにチョッカイ出して構って貰おうとしてるんだろ?」


「関係ないけど水族館オープンしたの!」


「…………何だよぉ、もう」


「でも、アニキ良かったよな。いつか有名になりたいって夢語ってたもん」


「いや、語った記憶一切ないんだけど」


周りの反応に唇を尖らたヤヒロは、自らと比べ体格と身長が劣ったイスノキへ対して嫌味のつもりで歩みを速めていた。毎度のように始めてしまうつまらない意地の張り方について反省してみようかなと頭の中で思い浮かべながらも、ポケットに突っ込んだ右手に当たった硬貨の感触に「そういえば飲み物買おうとしてたんだよなぁ」と……自販機とは、どこにでもいてくれる良き隣人のことである。

指先でつまみ取った百円玉をコイン投入口へ入れて今朝のお供に悩んでいると


「――――ごめんなさい、そこのあなた」


「あ?」


不意打ち気味に背後から呼び止められる。呼び止められた? 俺が? 威圧を前面へ押し出した不機嫌極まりない態度で自身の背後に立った世間知らずを睨み付けてみればヤヒロは硬直した。何故なら彼女は


「どうしたの?」


「……どうしたもこうしたもないだろ、俺ってばキミに悪いことしたか?」


ナイフを彼の背中へ突き立てようとしていた。


「ば、バカ!!」


きっと目の前の少女が構えたナイフが他愛のない玩具であったと後で知るも知らずも、第一にその手から自分へ向けられた異常を取り上げるのがヤヒロの中にあった生存本能だった。

凶器とは殺人鬼が持って初めて凶器成し得るのではない。老若男女へ人畜無害を訴える子どもが適当に振り回したとしても容易く人を傷つける恐れがあるからこそではないか。


「おい、さっさとこんな変な物しまっちまえよ!? まだ誰も見てなかったから良かったものを……」


「ねぇ、あなた飲んだんでしょう?」


「えっ」


「…………あっ……い、いや、邪魔されたからジュース選び損ねてるんだけど……」


困惑を演じろと舞台監督から指示された日には胸を張って一部始終再現してみると決めたエピソードが、まだ続きそうな予感がこの時ヤヒロに生まれた。

何だこの女は? 制服はウチの指定のものだがこいつに見覚えはない。女子であれば片っ端から挑んで散った男は、馬鹿げた思考を放って、彼女を抑えるように慎重に言葉を紡ぐ。


「新入生、まずは入学おめでとう。だけど冗談で知らない人を驚かしていては間違いが起きる元ととなるだろうな。良くないよ。特にキミは可愛い顔して、るんだ、な……めちゃくちゃかわいい……キミって最高…………」


「ありがとう。ところでこの手を離してもらえない? 」


「あ? い、痛かったかなぁ~!? やー! 俺ってば早とちりでこんな美少女の手首を――――」


ヤヒロの力が緩んだ瞬間、少女は真っ直ぐナイフを構えて突進してきた。

自販機のショーケースが衝撃に揺れ、刃が当たった先がぐにゅり、などと穏やかな表現で済まされないへこみ方をしてくれている。

……危ない。現在進行形で。


「別に、誰が私たちを見ていようと止める気ないの。あなたと話をしに来たわけでもないし」


「てめぇ人ぶっ殺す気か糞ガキッ!!」


「それって人聞きが悪いじゃない」


頭三、四つ分も大きさの変わる男へ物怖じもせずせかせかと接近してきた少女はこちら目掛けてナイフを薙ぎ、寸でで尻餅をついたヤヒロは少女の膝を狙って躊躇なく蹴りを放った。

下半身の僅かな痙攣を見届けるより先に身を翻し、元来た道へ駆け出す。

人通りにも出て行けば女は自由に武器を振り回して自分は追っては来られない筈との目論見あってだが、これが裏目に出たりはしないだろうか? 考え悩むほどまともな相手を想定した自分なりの逃走であって、都合良く彼女がこの掌で踊ってくれると確信する場面ではなかった。

いや、むしろ、このヤヒロは


「おい、次は顔面ブち抜くぞ!!」


何か、気分の悪い何かを悟ってしまう。

防衛の為にとはいえ少女へ暴行を働くのは気が引く。だがここで止めては後悔を、何か、とにかく何かが、噛み合いかけた歯車がそのまま空転し続けてしまう。

再び、少女との対峙が彼の答えとなる。


命一杯の力に任せてナイフを振るう少女の姿は見えない糸に操られる人形のように不自然な我武者羅を意識させてくる。右へ、左へ、右へ、左へ、バカの一つ覚えのような振り子運動じみた動き……彼女の奇襲に我を忘れていたのかもしれない。


「あんた、話しに来たわけじゃないとか喋ってた気がするけれど」


「人から恨み買うような事だけは俺まだしてねーよ? 迷惑に思われてるかもしれないけど――――」


「――――だから足元だよ!!」


「いっ!?」


足を払われ転倒する少女へ馬乗りになったヤヒロは少女の両腕に膝を置いて手の自由を奪った。


「迷惑に……思われてる自覚とかどうでもいいから、話聞かせてくれよ。後輩女子」


「…………」


「何だぁ? 力で俺に勝てないときたら急にダンマリ決め込んじゃうって。かなりの女の子だねぇ、おたく」


「よく回る舌なのね。賞賛に値して良いんじゃないかなって思う」


この状況でまだ軽口に付き合える元気がある少女に妙な場慣れ感を覚えたと同時、正体不明の気味悪さを前にヤヒロは眉をひそめるしかなかった。

「爬虫類みたい」。露わにされない感情の動きや思考回路、きっと的を射た例えを頭に浮かばせながら少女の頭を空いた片手で引っ張り上げた。


「はた迷惑な高校デビューだ、あんた。いい加減襲って来たワケぐらい聞かせてくれねーか。殺し屋的な?」


「それは面白いわね。かわいい」


「可愛いのはテメーちゃんの方だろうが。……もういい、わかったよ」


「喋る気がないならこれから楽しい所へ連れて行ってやる」


「え?」


ゆっくりと拘束を解くと、ヤヒロは未だ少女の手に握られたままであったナイフを奪って制服の内ポケットの中へ丁寧に仕舞い込む。警戒しているのか、はたまた見くびられているのか表情からは読み取りづらい彼女の肩を抱いて強引に立たせると


「多分 俺らの間で解決しなきゃいけない問題なんだろうけれど、こんな絡み合ったんじゃ碌な話し合いにもならないでしょ?」


「だから、今から第三者を挟ませてもらおうかなぁ~という。まぁ、お互い穏便に済ませたいわな」


「解決? あなた勘違いしてる。これは私が抱えた――――」


「どんな理由抱えてたってやり方間違えてるだろうが。今からは俺さまが勝手に決めることじゃないけれどもっ!」


「…………一体どこへ向かうの?」


「警察に決まってんだろ」




――――――――――――――――――――――――――――




スーツの男、『カガミ』の出勤時間は常に揺らぎなかった。

二日酔いの頭を左右に振ってコンクリートの隙間から強く根を張った雑草へ胃液の混じった痰をプッと吐きかけながら彼は振り返る。昨晩の地下アイドルネット生ライブ中継にお熱であった自分自身の愚直な姿を。


「頭がふわふらする……」


妹のお下がりである赤いママチャリに跨ると不安定な走りを見せて井戸端会議に夢中な初老の女性方の注目を背中に浴びながら、彼の一日は始まる。


日差しを浴び続けたお陰か眠気眼も薄っすら覚醒しつつ、この休み明けからの与えられた業務内容を、敷かれたレールを走るが如く遂行へと導くシチュエーションの流れをイメージする。・・・・・・出世を目指すならばゴルフクラブとスポーツウェアを休日に選びに行くべきだった。もしくは洒落たバーへ顔を出して魅力たっぷりの女性を見つけて将来を誓い合う仲にまで発展させてみるべきであった……とか。


貴重な休日の利用方法にうだつの上がらない自分を垣間見ては、一時の酒による高揚感にダメダメな人々をスクリーンの中から励ましてくれたアイドルたちの姿を思い出し微笑むカガミ。


「給料出たらライブチケット購入だ。まだ頑張れるだろ俺!」


「ていうか、車買わなきゃやってられないっつーか――――」


不意に視線をそれへ合わせた。

そこには道端の縁石へ孤独に腰掛ける一人の老人の姿があった。


「……お爺さん、いつも同じ場所に座ってるんだよな」


この見慣れてしまった通勤路にすっかりありふれた風景と化した老人の姿は、いつもカガミの脳裏に疑問を浮かばせてくる存在だった。雨の日も、冬の日も、激しい嵐の日だって、あの人はそこにいてコンビニのビニール袋を抱えていたのだ。

帰り時に見かければ気まぐれに野良猫へエサを与えていたり、ケンカしていたり、口をポカンと開いて傍に立った鉄塔を眺めていたり、どう察しても哀れな人としか思えなかった。


「縁石の猫じじい? あー、まだ生きてたんだな」


「先輩もやっぱり気になったことあるんですか?」


仕事の合間に許された一服、紫煙立ち上がる小部屋に偶然居合わせた先輩へ何気なく振った話題が導火線へ火を点した。


「知ってるも何も俺が入ったばかりの頃からずーっといたよ。あの人一体いくつなんだろうな? かなりヨボヨボしかったが」


「長生きしてるんですね……私も二年前ぐらいから目に留まって仕方がなくて」


「あぁ そう。ところで、ほらコレ また変死体出てきたとか……ほら」


新聞を広げて一面を飾るタイトルを指で示された。下手なオカルト雑誌も流行らない昨今にしては大々的に取り組まれた記事だ。

『干乾びた人間の死体』、煙を吐き上げてカップに入ったコーヒーを飲み干すと彼は関心よりも先に不安の色をカガミへ訴えていた。


「これ、先月はウチの娘が通ってる学校で犠牲者出てんの。ここ最近ずっと続いてるだろ? 早くどうにかして貰えねぇかな」


「本っ当最近になって物騒続きですよね。全身の血を抜かれて死ぬとか想像もできないな」


「本当だよ。何か物語とかでよくいるだろう? アレ、あー、ドラキュラ」


「ドラキュラって……」


「俺もガキの頃やった昔のゲーム思い出したよ。化けモンなら退治される側だろうにな」


「あははは」


「笑い事じゃないだろ。それよりお前アレできんの? ス……フォ、フォーク曲げだ」


「あの、止めてくださいよ。私までワケのわからない死に方しろって言うんですか?」


「死ねだなんて誰も言ってねーだろ。でも最近の若い子ってよく面白いこと出来るじゃないか」


面白いのだろうか。確かに十代から二十代にかけてかつて退廃した筈であったオカルトな能力を見せ付けるタレントがテレビ番組で爆発的に増加していた。

種も仕掛けもございませんとお決まりの文句から掌からワインが、砂鉄が。何も乗っていない皿の上に解体された鶏を出現させる。見事から下らないまで数広い幅の魔法が一般公開されているこの世の中。動画配信サイトでは編集の手が恐らく入ったであろう瞬間移動ジャンプの再現など……別に、カガミたちの日常には萌しもありはしないトリックの見せびらかしが一部世間を騒がせていたのである。


「アイツいきなり出てきて死んだからなー。可哀想だよな。フォーク曲げも」


「はい、それも全身の血を抜かれてとか」


「……ウチの娘だけは変な特技身に付けないで欲しいなぁ。目つけられるのってそういう奴らだけなんだろ?」


「本っ当 嫌なりますよね――――――」


「カガミさん、電話」


「あっ、はい。すぐ出ます」


「……先方さん、かなりいきり立ってましたけれどどうかされたんですか?」


「えっ」


事務の人間から下ろされたシャッターによって一時は降り、彼、カガミの心は一気に下った。

社会へ出てからは責任を問われる行いこそ恐怖の意味の所存であると学び、回避する立ち回りがあってこそであると信じて生活を送ってきた。しかし、それはヒラリと翻り彼という人間を翻弄するように叱責の雨を降らした。職場という連帯感が生む責任感という名の枷はカガミの首根っこにまで食い込み、築き上げた信頼へヒビを入れながら失意の海へと沈ませる。


「明日、部長もご一緒されるらしいので」


「取引先が悪かったよな。やらかした事に関してはもう取り返しつかねーからな」


「冗談は顔だけにしてくれ」


「何かありました? 暗い顔してる時こそ前向きに活きましょうよ。大変ですね」


「俺も誠心誠意込めて頭下げるから。バカ、肩落とすなぁ? ラーメン食べ行こうか?」


「……いえ、すいません。ごめんなさい」


別段 日常的に仕事のミスが多いとか、極めて悪目立ちしてきたつもりもなかった。ただただ己が平穏を乱しかねないトラブルは避けて通ってきた筈だ。

今回だって商談相手の神経質な模様を理解した上で快く受け持ち、細心の注意を払ってきたというのに。向こうが勘違いした結果話が拗れてしまったのではないだろうか? 幾度と見つめ直してもカガミは自身の非を認められず、全身を駆け巡る血が冷めるような気持ちと頭蓋を覆った不確かな熱を帯びた膜の感覚にぐるんぐるん、ぐるぐるぐるぐるぐる……。


「……どうしたんだよぉ」


「仕事だろ? 割り切らなきゃだろ、ウチの中にこんな気分持って帰っちゃうのかよ」


言い聞かせたところで心労が積り重なるだけ無駄な行為だった。家には早く帰りたいが、カガミは時間を望む。煩わしく纏わり付いたこの黒く重々しい荷物を心の隅へと押し込んでやる時間を。

自転車を降りると浮かない足取りで前進する。視界には常に回転する車輪とアスファルトがあった。「そういえば小学生の時は帰り道こんな景色が続いていたな」、記憶もあやふやだが幼い頃の自分と今の自分の足を比べて成長の残酷さを噛み締めた。

過去を顧みることが老人の特権だとは言わせたくはない。誰もが無限の可能性を宿していたあの日の自分を誇りにしていたいものだ。


ピタリ、と気が付けばこの足は止まっていた。

赤信号を待ったとか夜空に浮かんだ雲の隙間からヒトビトの有り様を覗いている月に目を奪われたわけもなく、自然と彼の足はこの場で静止するのを選ぶ。あるいはこの選択とは、今日という日で定められていたかのように







「…………おじいちゃんは、いつもこんな所に座って何してるの?」


言葉に出して数秒後、はっと我に返った。

過去を懐かしみ過ぎたのだろうか。近所の親しいお爺さんへ語りかけるみたいな、純粋純朴な少年のようにして不審な人物へ疑問をぶつけていたのだから。


「……」


だが老人の反応は不幸中の幸いとして無反応に近かった。カガミへ対する興味以前に始めから聴覚など備えていない生物みたいな、というより、前を見ていた。

瞬きもあり得ないと言わんばかりに一点へ視線を集中させ、無気力で、頑なに眼を逸らす素振りを見せない。ポケットから取り出そうとしたスマートフォンはすぐに引っ込む……自分はこの老人へ何を期待したのだろうか。


途端に馬鹿馬鹿しい気分が体の内から昇ってきて他愛のないことに悩み苦しみ悶えた時間がリセットされた気になってしまう。さて、今日の晩飯はどうしてくれよう? 風呂上りに冷えたビールを一缶取り出して……豆腐の気分だ。それも厚揚げ豆腐とかどうだろうな。生姜をうんと効かせて鰹節を乗っけて、醤油を上からそーっと垂らしてみるんだ。そうだ、枝豆か! 隣には十分茹でられて塩をまぶした枝豆とか用意して……。


「ついて来なさい」


「え?」


「あれは今から数えて百五十八年前、日本軍は突如宙に現れた謎の銀色円盤物体を追って」


「妻は生まれながらにして第三の腕を生やしていた。しかし、我々は彼女の誕生を祝してワインを開けた。酒気を帯びたキミは馬小屋で間違いを犯した」


「ちょっと……」


「情けない子どもたちは歌う。あなたはどうした? その手にある一丁の拳銃で」


「甘いお菓子があるよ」


「振り返りなさい。後ろに立っているのは誰なんだ?」


老人はカガミの存在を気にも留めずその皺ついた口元を懸命に動かして荒唐無稽な独り言を続けた。

そんな哀れな男から半歩下がりながら常々彼へ感じてきた謎は砕かれ、好奇の衝動に突き動かされた自身の行いを反省したカガミは落胆と共にこの老人がとても汚らわしい物に思えてくるのだ。

「迷惑かけてないだけ無害か」、だが勝手に期待を膨らまされて失望されるとは彼もいい迷惑だったろう。自分が今してやれる償いは見なかったことにして静かにこの場を去ることに違いない。


「転がる骸を思い切り踏み砕き力強く歩まなければならなかった。糞山が墓となる日に」


ガサガサと懐のビニール袋を鳴らしゆっくりと立ち上がる老人。もはやこの人へ対する興味など持ち合わせていない。それでも後から沸々と「こんな調子で生活送れてるのか?」、「家族は」、「今にも車に轢かれそうな足取りじゃないか」、湧いては止まらない。そうか。疑問の正体とは実は単なる自分の心配性からくるものであり弱者を哀れむことで心に欠けたものを補っていただけだったのでは……偽善者。


目を離せばすぐにも朽ちてしまいそうな背中を眺めている内に、次第にカガミの足は老人の行く先を辿り始めていた。

どうせ暇潰しから始まったことだ、何より彼は自分を眼中に入れてもいない。たまには別の帰路を探してみるのも悪くないだろう。そんな言い訳じみた台詞を言い聞かせてカガミは道を外れたのである。


「随分と歩くんだな」


どれぐらい歩いただろう。腕に巻かれた時計で時刻を確認しながら呟き、ぐるりと辺りを見回してみれば人通りは先ほどよりも減っていた。工場がやけに目立つ。こんな所に人が住む場所を設けているとは到底思えないが……目を離した隙に老人は立ち並ぶ大きな門の一つを潜る。

慌てて後を追うと、そこは既に退廃したであろう様子をカガミへ訴えかけてくる光景が広がっており所々錆び付いた廃工場がぽつんと寂しく建っていた。


「草ボーボーだし……家までの近道?」


道中 壁や道路へのスプレーでの落書きの多さを見て付近の荒れた雰囲気に嫌気が差してきた頃合いにこの有り様は十分にカガミの、興味本位で、という理由を掻き消そうとしてくる。明日も朝から仕事があるではないか。拭え切れないミスも犯して次の日が億劫と思えて仕方がないのも理解しているが、現実逃避に時間をかけてありがたい休眠時間を削るのは自殺に等しい。諦めて大人しく帰るべきだと納得したカガミはもう一度、不可思議な老人の姿を


「――――うそ、あの人 何やってんだ」


錆びに塗れ素手で触れるには気の引ける扉、それを弱々しい力を持って開け放ち中へと進入していく老人。まさかこの場所が住まいなわけがない、彼はホームレスでもあったというのか? 考えるまでもない。見た目からして恐らく相当の期間放置されたままだった廃屋である。劣化した建物が、内部の物が崩れたり、とにかく碌な格好で入っていくには危険だと常識的に判断される。

気がついた時にはカガミは開放された入り口から敷居を一歩跨いでいた。


「冗談じゃないよ。さっき家に帰ろうって考えてたのに! おじいちゃん! ねぇ、おじいちゃん待ちなって!」


「危ないから! ここ危ないから帰ろう! 怪我したら大変だよ!? おーーいっ!!」


「……は羽根を広げ……やがて…………に…………」


「あぁもう! アイツ頭おかしいんじゃねーの! ……しかし、全っ然前見えない」


「勘弁してくれ……何考えてるんだよ、俺は……」


視界ともども足取り最悪ときて嫌気が差しながらも前へ進むしかなかった。こういった場では、と蓄えた無駄知識から左手を鼻と口に添えて立つ埃やらを気にしながらの前進だったが、妙だ。

気持ち悪いぐらいに空気はカビ臭くもなく、最近まで人通りがあったのではないかと思わんばかりに通路は整理されてある。あの老人がとは考えがたいが、まったく人の手が入られていない場所とは思い切れない違和感をカガミは感じた。

昔からお前は悪運の強い子だと聞かされてきたものだが、この感覚こそ虫の知らせというべきだろうか。背筋を這って往復するような不快が「立ち去れ」と警鐘が頭の中で響いて告げているのだ。


「ヤバいよ、完全にあの人見失った。俺がなんか悪いことしたのかよ。どうしてこうなるんだって――――おい、いい加減にしろよ!!」


人影が物陰を通り過ぎて行った。及び腰になりつつ悲鳴を上げたカガミはもはや苛立ちに支配されていた感情に揺さぶられ、携帯電話のライトを頼りに影を追って廃屋のさらに奥へと進む。


「聞こえてんのか! 普段なら酒飲みながら好きなことやってる時間だぞ!? どうして! どうして俺がこんな、あんたなんかに振り回されてるんだよ!? 早く外に出ろ!」


「っ~~~~!! 俺が、早く外に出ろでしょ、う……が…………?」


……何故? 散々躍起になって追いかけ回した影の存在もなく、到底自分が踏ん張ったとしてもぴくりともさせまいと阻む巨大な鉄の扉が視界の中にあった。徐々に落ち着きを取り戻してきた頭は次に、目の前に立ちはだかった扉に捉われる。

素人目にそれは非常に強固であろう作りをしていて、人の出入り目的というより、どちらかと言えば保管を目的に作られているようカガミには思えた。


「食品関係の工場だったのか? 冷蔵庫か冷凍庫みたいだけど」


開けようと試みたとしてきっとまた一苦労打つ羽目になると建物内に電力が通っていないだけ理解できる。壁に備えられたボタンや天井から伸ばされたヒモを引いても扉はびくとも動作を起こさなかった。試しに引き戸の感覚で扉を掴んでみたものの数秒も掛からず拒まれてしまう。人力での開放は不可、であると。

ムシャクシャした気分は晴れず、扉へ蹴りを入れたカガミは勢いのまま床へ尻餅をついてスーツの汚れを気にすることなく、地面へ転がり暗い天井を見上げてみた。

一体自分はこんなところで何をしているのだ。始まりすら馬鹿げていて喫煙所で同僚へ話す気にすらならない。きっと自分は疲れているに違いない。胸ポケットから取り出したソフトケースの底を指で数回ノックし、上ってきた一本のタバコを摘み取ると口へ咥えながら職場から拝借したライターで点火する。


「…………凄いしみ渡る」


頭上を紫煙が立ち上り、消える様を眺めていると何もかもどうでも良くなり口内へ広がっては鼻腔をくすぐるビターな味と匂いを通しタバコ本来の楽しみをひしひしと感じ取る。静寂な中に自分一人でいられるという雰囲気に酔っていただけかもしれない。しかし、どうせ途方に暮れてと後悔するならばこの時を偶然が運んだご褒美と思い込む方が精神的に都合がいい。

タバコは大人が隠れて人生のため息をひっそり吐く為にあるものだと社会の風当たりの強さからカガミは教わった。なるほど確かに……。


「この美味さはガキんちょに到底理解できまい」


息を吸い種火を燃やすと、微かに灯りが広がって辺りを照らした。


「あの爺さんどこ行ったか知らないけど、まぁ悪くない道草食わされたかもしれない……まっ暗闇だけど――――?」


……もう一度種火を燃やす。一瞬、一瞬だがこの状況下で見えてはならない物が見えてしまった気がしてならない。肝が冷えたと同時に背筋が伸び、先の短くなったタバコを放ってポケットから取り出したライターを点火した。





「マジかよ……ていうか携帯のライト! お、おおぉぉ!! 何でさ!?」


「最初開いてなかった気がするんだけど何で!? 何にも音とかしなかったよ!」


「あー…………どうしよう、かなぁ」


火に照らされた扉の先はまた見えない影が続く。階段があるのだろうか? 下へと繋がる道は今にも化け物が底から這い出てきても笑えないほどに不気味な冷気を風に乗せてカガミの頬を撫ぜる。

まるで深淵への入り口を連想させるように広がる無機質な常闇。覗き込んでいるだけで不安を煽られ、死霊の手が伸ばされてきそうになる。これ以上は進むべきではない、人が踏み入れられない禁断の領域だ、親の顔を思い出せ。身震いしカガミは引き返そうとしたその時に


「お前は選ばれた」


「あぁあ!? って、あんた……お爺ちゃん! どこ行ったかと思っていたら」


「なぁ、これは俺が嫌なことから逃げたいと思って見た夢だろ! いい加減こっちがおかしくなるっ!」


「うぅ……そ、そうだ。きっと夢が覚めた時は次の日の朝とかいう最悪だけど……」


「お前は選ばれた」


「は?」


こちらを指差し高らかに発声させる老人。壊れたラジオのように繰り返し、カガミとの距離を詰めながらその狂喜を浮かべた表情を伝染させたいのだと言わんばかりに顔を近づけて老人は唾を交じえてカガミへ吼える。


「選ばれたぁぁぁぁぁぁああああああぁぁああぁぁぁぁ」


「お、おい!? 何を――――っぎ」


突然 自身の首へかかった力にカガミは顔を歪め、掴み掛かってきた老人を強引にでも引き剥がそうと何度も体を押し返す。あり得ない! こんな型落ちのポンコツが平気で出せる腕力ではない筈だろう……遂には力負けして床へ倒されたカガミは、無様にも皮膚の上から喉へ食い込む皺くちゃの指の感触、そしてシンプル過ぎるほどの苦しみの中で視界を霞ませていた。


自分がどうしてこんな目に?


脱力したカガミの身体の上からふっと重みが消えると、自身が一瞬宙に浮かんだような錯覚を起こした気がした。即座にデコボコとした硬い地面に全身が打たれる。頭が、胸が、間接の節々が熱を帯びて必死に苦痛を訴えている。今にも消える灯火を宿したまま焦点定まらない瞳を動かし、とにかく光を探した。あまりにもカガミを取り囲んでいる闇が深過ぎたから。

……光、光を。月であろうと街灯だろうと、欲しい。浴びるとまでいかなくともこの目で拝みたい。どこだ? どこにある? 暗闇に看取られる最期は嫌だ。あれほど億劫に思えた明日の太陽がこれほどまで恋しく感じられている理由とは。


「おかあさん……どうして、寒い…………」


「……こんな…………………………」


「え…………あ……………………………」


身震いも出来ない身体を自分で抱きしめ、底から絶え間なく続く寒さに命の終わりを教えられた。鼓動を打つ音が、強い。闇は音だけに集中させるかのように弱々しく息を吐き続けるカガミへ沈黙の時間だけを与えてくる。


光……温かい光……。


お母さん……光……。


あたたかい……。


「………………………………」


「――――おい、起きろ。聞こえてるんだろ」


「お前みたいな死に損ないに価値がある場所に連れて行ってやる」


「ようこそ、知らない奴について行くなって先生から習わなかったのか?」




――――――――――――――――――――――――――――




「…………よぉ、ウチを青少年の相談所か何かと勘違いしてんのか?」


見知らぬ少女を肩に担ぎ玄関を潜り曖昧な笑顔を浮かべたヤヒロに対し、袴の男『ゼンヨウジ』は顔を覆って深い溜め息を嫌々と吐いてみせた。


「いや、警察行ったら学校はどうしたのみたいな質問攻めにあってさぁ。あのヒトら面倒臭がり多すぎじゃねぇ? 誰も仕事したがらねーな」


「そうじゃない、厄介ごと運んできたお前らを突っぱね返したかっただけだ」


「警察だろー!?」


「知るかっ! ……それで今度は何バカやらかして来た。女の子は?」


「あー、ゼンヨウジさん。この子喋るの全然好きじゃないっぽいんで とりあえず家に上げてほしいっス。俺コーラ、ん」


「私? 私は特に飲み物のリクエストとか」


「仲良いな! 図々しいにも程があるんじゃねーか!?」


「ったく……さっさと靴脱いで上がれ。糞ヤヒロ、上着のボタン縫い直させてやるから寄越せ」


「さっすがゼンヨウジ先生! 男前~!」


「テメェ褒められても面倒に付き合わされるこっちの身は――――上着、寄越せ」


ヤヒロの胸倉を掴んだゼンヨウジは何かを察するか如く凄み、取り上げた上着を硬く太ましく鍛え上げられた筋肉質の腕の中で包んだ。呆然と立ち竦んだままだった少女は廊下の先へ消えるゼンヨウジの大きな背中を静かに目で追っていた。そんな彼女の肩を揺さぶる男も同様に。


「許可下りたしさっさと上がらせて貰えばいいじゃん?」


「ねぇ、あの人は……」


「怖かった? でも煽てるとすぐ調子に乗るんだぜ。俺さまみたいなのが唯一信頼置いてるカッケー人だ」


「さーてと、あんたには洗い浚いここで吐いてもらおうと思ってる。先生にはそのお手伝いをしてもらうさ」


「結局警察には頼らないのね。あなた、よくあんなウソを信頼の置ける先生へ突拍子もなく」


「そりゃあ、お前を騙してみたかったんで」


自分を見つめるヤヒロの瞳の中に不純物など混ざってはいなかった。純粋すぎる眼差しは鋭く彼女の抱えた、あるいは燃え盛った炎を揺らがせる。


「敵を欺くならまずは味方からが昔からある定石だろう。あの時 案外ビビらなかったから関心しちゃったよ。フツー嫌がるよ あの場面は?」


「顔は良いけど、あんたは嫌な臭いがする」


「……そう、関係ないでしょう。先輩には」


「せ、センパイ!? 良い響きだぁー!! もっと、もっとコールミー! プリーズ! プリーズ! さんはいっ!」


「気持ち悪いですね。では遠慮なくお邪魔します」


「ガァーーーーン………………」


「……気の抜けたビールみてぇ、アイツ」


まるで観光名所を案内させられているような案内をヤヒロから受けつつ、彼がゼンヨウジと呼ぶ男の家の中を行く。和の味わいがある古ぼけながらも大きな住まいだ。この場所を取り巻く香りからして凛としており、無意識に全身の感覚が冴え渡りそうな絶妙に張り詰めた空気が不思議とほど良く感じられる。ヤヒロ曰く ゼンヨウジは武道を嗜んでおり、ヤヒロ自身もここの門下生であると聞かされた。鮮麗された庭の景色に目を奪われながらソファへゆっくりと腰を下ろさされ、咲かせた話の続きを聞かされた。


「小さい頃から通って十二、三年経つか経たないぐらい? 俺も趣味だし半ば先生も趣味でン~~~~っと続けてる間柄よ」


「趣味を?」


「そうよ。だって俺の他に弟子作った試しないからねぇ、先生」


「ヤっち、いつからそんな子デキたヨ?」


「…………」


「……すいません先輩、そこの女性は――――」


「すいません」の「す」の字すら果てしなく鈍く感じられたスピーディーな攻防が隣の椅子に座っていたヤヒロと謎のフィリピーナの間で火花を散らし繰り広げられていた。

謎のフィリピーナが繰り出す彼の顔面を捉えんとする殴打の雨に応え、茶瓶を運んできたであろうお盆トレイを引っ手繰って防御し反撃の手を止めないヤヒロ。何とテーブルへ置かれた灰皿を掴んだフィリピーナ、躊躇いこそ敗北と打った禁断の手……は、無事 ゼンヨウジの妨害によって落ち着きを取り戻したのである。


「はいッ!! 止めろやめろ! そこのお嬢ちゃん無視して何をおっ初めてやがんだ貴様らは!?」


「先にキャシーがケンカ売って来たのが悪ィんだろ!!」


「だ、だってワタシの可愛いヤっちがドロボー猫に惑わされてイカされてるんだヨぉ!!」


「…………失礼しました。お邪魔しました」


「お、おい 待て! お嬢ちゃん待ちなさい! 心配しなくても俺がこの場をすぐに鎮めて」


「フーンッ、社長 塩を撒くネ! ワタシお客様オモテナシの心一切無いヨ! ブッ殺すか!?」


「おぉー 人情の欠片もないねぇ! その蛆涌いた脳みそ切り開いて燃やしてやろうかアマぁ!?」


「だめ、もうやめてぇ……」


……先生って不憫だ。


仕切り直しを求めたゼンヨウジに二人は渋々といった様子で大人しくなる。この物騒な彼らへの貴重な抑止力、その気苦労は輪へ加わらずとも初見の少女にすら痛感させてくれた。


「紹介が遅れているが、こっちのヒステリー激しい変な女がキャサリン。一応俺の女房だ」


「ハーイ! 美味しいナタデココあるヨ。缶切りあるから食べたきゃテメーで開けナ」


「国際結婚、ロマンがあって素敵だと思います」


「ありゃあ~、あんたお世辞とかフツーに言えるタイプだったっけ? 台詞の割りには随分淡々としてるけど」


「誰かさんより気が利きそうな子だよなぁ、えぇ? ……もう知ってるかはわからんがキミの隣にいる鬱陶しいのがヤヒロ。俺のことはゼンヨウジとでも好きに呼べばいい。……で、お嬢ちゃんは?」


「恥ずかしいので遠慮させてください」


「な、何っ? ププーッ! もしかしてとんでもなく壊滅的なネーミングセンスした親から生まれた子ですかぁ~~?」


「禄に自己紹介もできマセン人間は道端の巻きグソと呼ばれてトーゼンよ、社長!」


「そうですね。私のことは好きに呼べばいいんじゃないですか」


「どうせ今日限りのお付き合いだと思いますし、私たち」


「ああ、そうだな。だが得体の知れない女の子を家の中にあげたままじゃ俺もキャシーも穏やかになれん。腹を割れとまで言っているつもりはないんだけどな」


険しい表情を浮かべながら腕を組むゼンヨウジには、少女を強く警戒しながらも、何処か厄介を受け止める覚悟を持つ強固な意思を感じていられる。キャサリンがため息交じりでこちらへ向けたスマートフォンのカメラ、煩わしいやり取りの連続にこの少女、『アキマル』は首を竦めて差し出されたオレンジジュースをストローで飲み干し


「本気で帰ります。皆さんの時間を無駄にしたくはありませんから」


「はぁ?」


「私が用があるのはそこのヤヒロさんだけ。先輩、表へご一緒してくれませんか? 綺麗なお屋敷を汚したくないんですよ」


「だからアキマル女子は俺さまに何の恨みがあるんだ? あのさ、ここまでの俺らの」


「ヤヒロは一旦落ち着け。血気盛んなのは構わないし、ただの殴り合いで済むのなら俺も尻蹴飛ばして追い返す。だが話は別だろう、コレは」


「返してください。私の物です」


ゼンヨウジが懐から取り出した物は、厚手の布に包まれていながらもそれを振るった彼女と振るわれた彼にはハッキリとしていた。テーブルの上に置かれた物を興味津々な様子で触れようとしたキャサリンの手が払われ、獰猛類にも近しい鋭い眼差しがアキマルの瞳を真っ直ぐ捉える。気安く「返せ」と応えた自身を後悔させる緊張が室内で膨れつつあった。


「肯定したな? こいつで俺の弟子に何やらかそうとした、アキマルちゃん」


「確かにヤヒロは落ち着きのない奴だが、簡単に他人から脅かされる真似を取りたがるほど愚かじゃない。聞かせて欲しいな、これはキミの意思か?」


「……だったら」


「そうか――――」


たたまれていた布を解き、鈍く光る刃を前にゼンヨウジはそれを手に取ると右手をテーブルに叩き付け、逆手に掴んでいたナイフを右手目掛けて一気に振り下ろす。


「――――おおおおぉぉー!! ば、バカバカバカッ!? バカだろあんた!! 正気か!?」


「なななな、何やってるヨぉ! 社長サンッ!?」


嫌な予感を感じたと即座に動いたヤヒロがゼンヨウジを後ろから羽交い絞めにする。あと一歩でも遅ければナイフの刃は彼の右手の指を骨ごと切り離していたであろう事をテーブルのガラスを砕き、破壊した様子から一同は察しただろう。


「…………えっ、と」


「キミにとっちゃ知ったことないだろうが、俺なんかはこのバカの親代わりみたいなもんだ。こいつの粗相には最大限責任を取る腹も括っている」


「あの、別にヤヒロさんに恨みがあったわけじゃ」


「ほう、そうだったのか? それは早とちりしちまったなぁ。危うく勘違いで手前の大事な道具を潰してたところだ」


「もー、社長サ……」


「すまん! 余計に騒がせたりして……。アキマルちゃんがかなりの頓珍漢なのがわかったところで、話を聞かせてくれないか? 詳しくだ」


なるほど確かに、アキマルはヤヒロからこの場所へ連れて来られる前に聞かされた台詞の意味を、実に把握し、彼らを「現代に生きる珍獣の見世物小屋」と総括する。一期一会のことわざを介すことすら冒涜を覚える事故と遭遇してしまったのだろう。断崖絶壁に立たされたように自分の退路は閉ざされ、先ほどまでその場凌ぎだったといえ客人を持て成さんとする空間は、アキマルにとって最悪の檻と化していた。

抵抗も脱走もこの場では…………小さく両手を上にあげた少女の口から、猛獣は言葉を待った。


「このヒトを放っておいたら後々大変なことになると思います」


などと、あくまでも自分を見失わないアキマルの一言に沈黙へ一時揺らぎを作るため息を吐いたゼンヨウジ。当のヤヒロといえばキャサリンが用意した缶詰を開放するのに歯を立て必死であった。


「あ~! もうな、俺もそっちの言い分は何となく理解したつもりだ。女とわかれば見境なく誰かれ構わず突っ込んでいく色バカだから、どうしよーもなく……」


「オーケー、ヤっちがパイプカットすれば世界が救われルか?」


「聞いてください。聞きたいんでしょう? 冗談や戯言に振り回されて暮らすほど私も酔狂じゃない」


「このヤヒロというヒトの人間性とか欲求なんて一連の件に関係し――――」


「お~ほ~、わかっちゃいましたよリョーカイよ了解! かッ飛ばして行けば10分もかからねぇって~!」


重要な台詞をぶつ切りにしてくれた大きな声の主を振り向けば、楽しげに携帯電話で通話相手と談笑しつつ、懐から取り出した玩具付きのキーを指にかけてくるくる遊ばせていた「やっぱりお前」。しばらくすると通話を切ってやにわに席を立つ彼へ向かって唖然とした一同。その代表者が尋ねている。


「…………おい? ヤヒロ、何だ?」


「あ、先生すいませーん。俺 もう飽きちゃったんでイスノキくんと合流しますよー!」


「は?」


息ぴったりで調子の揃ったゼンヨウジへ目を向ける暇もなく、つまり、その軽薄にも思えた軽快なステップで屋敷の中に設けられた車庫へと寄ったヤヒロの背へアキマルは一思いに清々しい蹴りを浴びせていた。


「痛ってぇーなぁッ!!」


「このヒトで無し。あなたって普段何考えて生きているんですか。恥ずかしくないんですか?」


「殺人未遂の人間が親身になってくれるんでしょうか? ベーっ!」


「私の口を割らせようとしてこんな所へ連れて来たのは先輩でしょう。じ ゃ あ 、責任とかあるのでは? 飽きたっておかしくは?」


「いや、だってマジで息詰まるんだもん。引くわ」


「……本気で私一人残して逃げようとしていたワケですか」


「じゃあな、あばようっ! 来世で会おう! 性格も美人になって俺さまの元へ帰って来るのだよ!」


フルフェイスヘルメットを被り終えたヤヒロは跨った250ccオートバイクのエンジンスターターを切り、左足爪先を使ってギアを入れるとアキマルへ永久を告げる今生の別れの挨拶を…………後部座席が幸せに沈んでいる。


「どうしました。タンデムの経験ないとか?」


「知らねぇや」


顔を見せずに予備のヘルメットをアキマルへ手渡すとゼンヨウジ邸をあとにする二人。腹へ回された腕のか弱さ、まるで数時間ほど前に命を取りに来た危険人物とは思えないほどか細く、ひと夏の線香花火の儚さを想起させる。油断して背中から刺されても文句は言えない状況に置かれているとしてもこの手の主に止めを受けるのならば。背中に強く押し付けられたはにかむ感触にヤヒロはアクセルを思い切り良く開くのである。


「――――アニキ 流石に来るの早すぎじゃない?」


「お、男の約束に遅れがあってたまるかっ!! それより!!」


「それよりはこっちの台詞っスよ。お兄さんが女の子拉致ってちゃあ問題っしょ……」


「犯罪じゃねーよ!!」


「……つーか何スか、これ?」


「不愉快だし物扱いしないでくれる? 類は友を呼ぶわね、ヤヒロ先輩」


「えー、とりあえず無駄にケンカ腰になる必要ありましたかねぇー?」


「無い! 今ここでお前らが争う必要もないぐらいあり得ないね! うんっ!」


イスノキとアキマルとの間に割り込んで静かな衝突を逸らせんと奮闘し続けたヤヒロは、目の前から人の通りが薄れたと瞬間を狙ってイスノキへ対しわざとらしく咳払いすると興味なさ気に呟いて見せた。


「…………、なんだよな?」


「いやぁ、俺もトモダチ伝手に聞いただけで不確かな情報だけれども」


「もって何だよ。時間惜しいな! 重要なこと後に持って行くだけ無駄と知れ! 無駄と!」


「別に勿体振ってるワケじゃねーよ。そのトモダチもSNS上の知り合いだからマジで信用あるかわかんないって意味合い含んだ……」


カリカリと後頭部を爪で掻きながらイスノキと呼ばれた派手な色に染まった頭髪の少年はこちらへ視線を逸らし口をつぐむと同時、気だるげな動作を交えながら煙たがって見せた。


「ねぇ? こいつは結局何なんスか。気まぐれで後ろ着いて来られてもかなり迷惑なんですケド」


「ん!? あ~……こいつ、ね。この子ってば出会った瞬間から俺さま大好きになっちゃったみたいで。可愛いだろう? 不良は捨て猫を乗りこなすのが基本だ!」


「はぁ? 間違っているようで間違っていないような気がしなくもないッスわ」


「とっくの昔に毒されてるんじゃないの、あなた……」


「私のことならその辺に生えている雑草に混じった一輪のたくましい花ぐらいに思っていてくれて構わないわ。こっちも気楽になれるから」


「地味に気高いねぇ」


「気にするもしないもあなた次第ってこと。 どう? 私なんてすぐ摘んじゃいたくなる?」


「文学少女チックなんだねぇ」


「うぇぇぇぇ…………よぉーしお前ら!! とりあえず俺の言う通りに動いておけば間違いないぞ! リーダーは誰なの!? じゃーん! 俺さまでしたぁ~~なんて、ッハッハッハァーー!! なんつってなぁー!!」


腕をぶんぶん振り回し力強く先を行くヤヒロに空元気の虚しさを学ぶ。黙って背中を追おうと一歩踏み出そうとすれば、行く先にアキマルを転がさんと伸ばされた少年の片足。面を上げ嫌味な笑みを睨み付けると彼から彼女へ返されたものは


「あのさぁ、これだけは言っておかなくちゃって思ったの」


「…………何よ?」


「怖くなったらいつでも引き返していいんですぜって」


「一生懸命 私を驚かしてくるの? お化け屋敷の天井にぶら下がったコンニャクみたいに、例えばあなたみたいなのが」


「……とりあえず警告はしたんだからこっちに責任問われても困るから」


「あとは自己責任でお願いできる?」


イスノキが語った言葉の意味は、理解し難い。思春期特有のクセをヘンテコに拗らせたある意味の自己表現に一つであると考えていれば哀れみ以上の愛情で包み込んでやれなくもないだろう。アキマルの思考から漏れ出た何かを察したのかも分からないままイスノキは、舌打ち交じりに踵を返してヤヒロを追いかけた。


今こそ平日の真昼間である。私服の人々が目立つ中制服姿で堂々街を闊歩するチンピラ未満と肩を並べる気が知れない……しかし、不意に差し出された平べったく、車輪の下敷きになり立てみたいなハンバーガーを馬鹿馬鹿しいとアキマルは頬張るのだ。


「場所は?」


「ここから離れてないし、煩わせないぐらいにはド近所ッスね。えー……っとぉー……あら」


「は? な、何々 その嫌な一呼吸は?」


「更新止まりましたわ、件のトモダチの。ごめん、食後のコーヒー飲みたくね? 平気? 急ぎであっちのコンビニで淹れて来れる?」


「あなたの頭へぶっ掛けろというぐらい造作もないけれど、泥水ぐらい」


「……とりあえず興味本位からで教えてもらいたいんですけれど、先輩」


「んふぅー! センパイですよー! はぁい」


「先輩たちは一体今何をしているんでしょうか。何かを追っているのかなと想像してたんですが」


「さっさと場違いなの自覚して帰れよ」


「そっちには一言も聞いてない。無愛想だと人から好かれないわよ」


「わぁあー! この子らは、もう…………駄菓子屋って名前ぐらいは耳にしたことあるんじゃねーの?」


それは世間一般で広く認知され使われている名称の方で合っているだろうか。これから十円玉を握り締めて遠足のおやつを選びに行く雰囲気とは到底思えない。だからこそ「駄菓子屋」の響きに歪な引っ掛かりを覚え、この隠語に興味を示している。


「知らない」


小首を振って答えたアキマルに二人は揃って納得していた。切り替えてスマートフォンの液晶画面へ向き直ったイスノキを肩越しに見たヤヒロから精一杯遠慮が込められた状況説明が始まる。


「いいか? 俺たちが探してる駄菓子屋は玩具とかチョコ棒やプロ野球チップスを売り捌いている懐かしの商店とかじゃねぇ。店じゃなくて、個人の別名だ」


「…………そうだったの」


「はてさて、どうにもきな臭くなってきましたね。場合によっては軽蔑したくなります」


「そうねぇ、合法かは俺さまも知らんが 駄菓子屋は一見の客にでも安価で物を売ってくれる。物っつーか、きっかけを、


「はぁ。奇跡と?」


「空を走る、透明になれる、火を吹ける……少し前に流行ってたろ? THE 種なしビックリ超常現象!! 超能力は現代に存在した!? 生物の可能性を根底からちゃぶ台返しするアレ!」


「――――駄菓子屋って呼ばれてるヤツからな、買えるらしいんだ。超能力の種子」


「それ本気で信じているんですか? あなたたち」


「引くぐらいなら最初から着いて来てんじゃねぇよ、あー 鬱陶しいぜ……」


片手間に二人の会話を気にしたイスノキが釘刺すように悪態を吐く。もはや条件反射であると言わんばかりに角を立てたアキマルを抑え、ヤヒロは続けた。


「信じてるどうこう 実際会ってみれば早いと思わん? 気持ち悪けりゃ関わらなければ良い。単純に俺らは今を変えるだけの切欠に飢えてるだけなんだよ」


「結局遊び感覚なだけじゃないですか? ツチノコ探してた方がまだ可愛げがあるというか。お言葉ですが」


日常に刺激を求め続けた末、荒唐無稽な噂に駆られているだけの男たち。いつの日か身を滅ぼす羽目になったとしても同じ余裕を保っていられるだろうか。安っぽいロマンに目を輝かしていられるだけ自分たちの時間が余り切っているのだろうと生産性の欠片すら持さない出来損ないのピエロを前に、アキマルは佇んでいた。


時は刻々と過ぎていくのみ。足掻けど駄菓子屋なる人間との邂逅は起こらず、数時間前までは確かに弾んでいたヤヒロの足取りはただ重たいものへと変わっていくのだった。


「申し訳ないけどバイトの時間近いんで一旦 家帰らせてくれないッスか」


「え? もうそんな時間かよ。悪かったなぁ。暇潰しに付き合わせちゃって」


「いいや、俺とかいつでも空いてるんで誘ってくださいよ。ていうか今日ぐらい大人しく帰ってくださいよ。女連れだし」


「任せな、お楽しみは家まで持ち帰るのがすん晴らしきスタンスを持ったこの俺さまさ!」


「何をどう転がしたら私が持ち帰られなきゃいけないんですか」


「照れちゃうぅ! 愛いねぇ、アキマルぅ! それじゃあまた明日なっ、イスノキ…………いやー、楽しかった」


街灯に照らされたヤヒロを注意深く窺っていると缶が一本胸の前に突き出されていた。大人しく受け取ったあと、彼に倣って横を歩きながらプルタブへ指を掛けようとすれば穏やかな合間を通り抜けた一声を浴びた。


「今朝の物騒は起きなかったことにして、改めようや。アキマルちゃん」


「は?」


「明日からはこんな奴らに関わろうとしないで平和に学生生活送ってくれよなって」


「一緒にいて分かってくれたか不十分だが、俺が送る日常ってこんなだ。お前の恨み、恨まれるから程遠いんじゃない?」


「……そう思います。ですけど あなたみたいなヒトを生かしておいて良い理由にならない」


「歩く聖書みたいな神々しさ纏っちゃうねぇ、おたく。十字架好きかい?」


「恥ずかしながら一日あなたの傍にいて情が湧きました。この感情を私は一生拭い切れないかもしれません。それでも……」


「その血を根絶やしにしなくちゃ」


呆然と突っ立ち、言葉の意味など考えらないままヤヒロは大きく息を吸って笑い転げた。アキマルにとって意味の深い間を与えられていると両者の思惑の違えた一瞬。声を掻き消す慌しいサイレンが横切っていく。続いて携帯電話を握りしめた若者たちが声色を豊かにはしゃぐのだ。事件だ! と。


被害者は片脚を切断され、公園の貯水池に沈んでいたという。切断に当たる外的要因としては未知であり不明とされる。人が齎した結果としても外傷があまりにも機械的すぎたのだ。上からウォータージェットカッタを、それも寸分の狂いなしで通らない限りこのような整った切断面が出来上がるのは不可能に等しいほど思い切りの良い鮮麗された所業だった。鋭利さが、明確なまでに。

血痕の一液すら残されていない。


「立ち入らないでください! 県警です、これ以上の立ち入りがないようお願いします!」


厳重に覆われたブルーシートに隠された遺体と現場の異質が事件の凶悪さを物語っている。見る者によっては寒気か狂気を感化させるだろう。ヤヒロたちを押し退け我先にシャッターを連続に切る輩にはそれすらも思わせない面白味のなさがあったが。

野次馬に混じってテープの外から現実離れした事実を目の当たりにしてみて、価値のある時間は過ごせただろうか。引っ張り回してしまった責任を負いながらヤヒロは隣に立つ小さなアキマルの肩を小突いてはるか上空、今日も今日とて瞬く光の群集を指してみせた。


「……星ですね?」


「もう帰ろうぜ」


しばらく無言で歩き、駐輪場に停めていたバイクのエンジンを暖めながら手の中にあった満タンの缶を誰に急かされるでもなくお互い飲み干す。カランと小刻み良い音がゴミ箱へ投げたシュートの成功を祝う余韻の中、二人分の重みを乗せたマシンが不安定な振動を跨ったシートから下半身に伝わせながら街道を往く。


「おぉーーーーい、家って、どの辺にあるの!?」


「えぇー? すみません、全っ然聞こえません。もう一度、いいですか?」


「えぇーーーーーー? 何言ってんだお前ぇーーーーーー」


「だ、だーかーら! ――――」


間髪入れず背中を拳が叩く。幾度となく続く、始めこそ弱かった衝撃は緩やかに、否、強烈に激しさを増してヤヒロへ異常を報せる警鐘へ変わった。


「…………何だあれ」



真実が偽を破った以上に勝ったのは現実を破壊した虚。





忌まわしく やがて 恐ろしさを体現せしめた怪鳥は月灯りを背に 天を仰ぐ。



鳥と形容することにすら冒涜を覚えた。愕然たる思いに凝視を拒めないほど圧倒的な存在感を振り撒くそれは何者の追随を許さない異質の塊だった。中学時代 美術の授業で遠近法なる手法を学んだが、アレはきっと例に及ばないだろう。

飛行体はさながらジェット機の方向転換よろしく闇夜に包まれた身体を気流の抵抗へ任せるよう大きく傾けてビルの合間に姿を消す。

同時にトンネル内へ進入したことで先ほどまで確かに目の当たりにしたおぞましさは現実感に掻き消されていきながら、ヤヒロは


「――――前見てください!!」


「はあぁ!? い、ぎっ …………ああぁぁぁぁ、あ、危なあっ!! き、急にごめんな!? マジで……余所見なんかするもんじゃ…………」


這いずり回った、後方で響き渡る地鳴りにも近い不吉な音。ゴ、ゴ、ゴゴ、いずれも車体の振動か見当も付かないまま前方よりもバックミラーを注視する回数を増やしながらバイクを走らせるヤヒロ。どうにも不穏な様子に得意の軽口すら静かに沈黙を続け、未だ出口を見せないトンネル内に点されたオレンジ色の照明に永遠を想起させられ排気の音に支配された空間に不安を募らせた。


「あのなぁ、さっき散々叩いて教えてくれたヤツなんだけど 運転してる時は勘弁してくれよ!? こんなので事故ってたら元も子も……」


「先輩!!」


「はいはい、今度はなん――――――」


別車線を走り抜けた一台の車が瞬く間もなく派手な音と金属片を周囲へ散らしながら道路を滑り、壁面へ叩き付けられた。連続して耳を劈いてくれそうな急停止音と同時に衝突音。恐怖を煽る非現実な無数の音が充満する中、咄嗟にバイクを急停止させながらセンタースタンドも立てずに放り、強く握りしめたアキマルの手を引いた。

無我夢中の思考に支配された頭の中、ヤヒロは震える心に確固たる意思を自身の内に垣間見る。


「こっちだ! 手ぇ離すなっ、後ろ向かずに走れ!!」


返答に構うことすら煩わしい事態に身を置いているのだろう。脇目に見た非常口の存在に立ち止まれず、ひたすら地面を蹴る足の強さを大きくさせていった。

いまここで何が起きているのか? 原因に囚われ最悪の結果を突き付けられることこそ恐怖の象徴なのだと言わんばかりに迷わず逃走を選択したヤヒロ。残酷なまでにすぐ後方から正解を告げる壮絶な地獄の有り様。煙か立ち上がった炎を感知した報知器に連動したであろうスプリンクラーの水を浴びながら……二人は月灯りの下へ。


思わず立ち止まり、ヤヒロだけが背後を振り向けば混沌の中 腹の底にまで轟かせる獰猛な悪魔の唸り。

ヘルメットを脱ぎ捨て、息を吐く間も与えずアキマルへこの場から離れるよう催促し、僅かに散漫となった意識を頬を叩きながら整えた。直感頼りに引きずり回される彼女の迷惑の気も知れない。だが、あの時 今も背後から迫る怪物との歪な交差が偶然とは決して思えなかった。奴が狙っているのは


「――――眷属です」


「え?」


「ごく一部での呼称です。あの公園で起きていた事件と関連があるか知りませんけど、アレらは未発達な仲間の生き血を好む傾向がある」


「仲間なんです、ヤヒロ先輩。あのトンネルの中の人たちだとか私とか 今は人類規模で脅かされている問題なんかじゃない」


「何言ってんの お前?」


「気を悪くしないでくださいね。狙われているのは一人かも、って――――」


繋いでいた手の感触が離れ、ヤヒロの元から後退りながら紡がれようとしたアキマルの口は、この足を捉え巻き取った触手の行動によって閉ざされた。

黒煙の先から伸ばされた生物の体内に張った血管のような、あるいは臓物を彷彿とさせる醜怪な手は地にしがみ付かんとする哀れな獲物へ慈悲を与える隙もなく、自らへ引き寄せた。


「う ぐ、わあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!?」


アスファルトとの摩擦に苦悶の叫びを辺りへ撒き散らしながらヤヒロは醜悪な怪物の前に宙吊りにされていた。ただれた皮膚の下から垂れる血液の行方を、禍々しい光の数々が追う。

宿す瞳の数は知れず、腫瘍塗れである巨大な四足の下半身に辛うじて生えた人の形をアンバランスに保つよう潜めた小さな上半身。首から上にも思える部分は装飾品じみた棘で覆われたマスクに顔面を覆われ、異様に細長く痩せた腕は肩を抱え、背中から生やした昆虫にも似た巨大な羽根を小刻みに震わせている。

あまりに名状しがたい声の主が発声させた。




怖がらないで、×××。ワタシたちを



『ルヰロォォオオオオオオオ#オオォォォォォォォゥゥゥ#ゥゥ』



ゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウ……。




ある観測者は膨らみ止まない事態を前に、目的を失った。


「聞こえていますか? あんなもの初めて拝んだが……限界だ、胸糞悪い」


「ふざけろド変態め、こんなの規格外だ。おぞましさのでしかない」


鎖によって一つ繋ぎされた生物という生物の同一固体。何者かと問われても彼らには我々の謎を満たす答えには到底導けないだろう。崩壊した自我、未知数を宿したそれら生命を個と認める術があるだろうか? 故に彼らを悪霊レギオンと称する。


現世へ体現せしめた怨念は何ぞを胸に宿して祈ろうか。祈りは破滅を予感させる光の収縮を口内で行うと 裂けんばかりに強引に割れた顎の中から一閃。

輝きが解き放たれると同時にオフィス街へ並び建ったビルの数々を薙ぎ倒しながら自らが放った閃光の行方を見失いながら無差別に辺り一面を焼き払う。容赦となく訪れた破壊、許しを請う時間すら与えず平和を覆された人々は犠牲の山を築く。


時代へ新しい痕を刻みつけられながら絶望を垣間見た人ヒト人ヒト、ヒトヒトヒトヒト……。


滅びこそがいずれ救済へと語った狂人は何処だ? チープな享受は趣味の範囲で抑えてくれ。救済を謳う終止符を打たれた時、誰が不作為に左右される必要があったのか? 凶悪を誇る光はプツリと途切れ、火の海へ一時の余韻を与える。


徒然を良しとした彼曰く


「………………なに……やってんだ、コイツ? …………何がなんだか……?」


先ほど放たれたアキマルの発言は不確かで信用を欠いていたにも関わらず悪霊が向ける痛いぐらい突き刺さる眼光、逆さに映った巨体の化けモノは道路へ滴るヤヒロの血液以上にヤヒロその者自身を凝視していた。美味いのだろう。舌へ運ぶ前にもわかってしまう良質な食材その物とし、恍惚と。


「……俺に何か用あるのか? 涎垂らしちゃって……でもお前」


「今にも逝っちゃいそうだな」


下半身と比べ理不尽に貧弱なイメージをもたらしたヒト型が悶えている。身体の節々を溶解させながら、肉を昇華させて立ち上がる蒸気を纏ってかろうじてのた打ち回っていた。張った皮膚は沸騰した湯を彷彿とさせるほど泡を続々と作っており、大きく膨らんだものからプンッと破裂させて痛々しい赤身を露わにさせて……そこから新たな身体を生み出していた。

もはや肉塊としか形容のしようもないものが粘り気のある粘膜を張ったまま傷跡から溢れ出し、目にも止まらないスピードで増殖を始めている。集まって膨大になっていく肉塊に遂には巨体であった下半身も膝を折り、地に崩れてしまった。道は悪霊の体重を苦に歪を作りながら陥没しつつある。


「やっぱり言った通りじゃねーか。おい、このまま潰れて死んじまうぞ! 一体俺なんか掴まえて何やりたかった――――」


ゆくりなく、急降下加速を始める事態。落下だ。触手が幸運にも拘束を解いてくれたのか、だとしてもヤヒロの脳天はアスファルトにかち割られる運命と共にある……瞼を深く閉ざし歯を食いしばっていた彼は、おもむろに抱き抱えられていた。誰に?

ヒーロー、否。


『…………』


外骨格を思わせる柔な皮膚感を真っ当から否定した人間を模った獣モドキ、あるいは怪人。例えるのであれば鳥獣の頭部、夕焼けを連想させる瞳の怪しい輝きは常に悪霊を視界に捉え離さず、両腕に抱えたヤヒロの存在すらおまけに等しいほど、怨敵へ低く力の込められた唸り声を喉元でグルルと鳴らす。

漆黒を嘲笑うかの如く無数に宙に舞った彼の羽根を掴み取った時、意識が、本能が告げた。


「イスノキ…………イスノキ?」


問われるや否やヤヒロを地に置きざり、沈む悪霊の注視を構わず腕の下に生やした奇怪な毛を扇いで空へ立つ怪人。


「イスノキ、お前なんだろ!? バカ野郎っ、俺にはわかる!! お見通しだ!!」


「…………先輩 聞いてください。アレってあなたの知っていた彼じゃもうありません」


「人じゃないんです。最初にこの意味理解してくれます? アレは、必要な物を獲りに来ただけの」


「違う! ……アレじゃねぇ、アイツだ。イスノキは俺たちを守ろうとしてくれている。大体あんな格好してるとか理屈じゃないだろ! 今だけは!!」


「……化け物、それも絶体絶命の窮地から誰かを救えるのって何者でしょうね? 先輩は自分の後輩を随分可愛がっているみたいですけれど」


「自分の心配は、まずないの?」


「応援だ! 届け! イスノキぃぃぃぃーーーー!!!!」


…………ィィイイ、ン。


はるか上空まで加速し続け上昇した鳥人は、天まで上がった自らの為にと発せられた声援に瞼を閉じて全身で受け止めた。一瞬の静寂は覚醒した彼が宙で翻した羽ばたきが破り去り、月を背にして雲間を裂き、滾った心をしっかりと胸の中に刻みつけながら彼は地上向かって急降下していく。この雄叫びを共に。


『――――うォおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!』


『ァル……キ#エア……』


落下の勢いに逆らわず華麗に反転し足に生やした獰猛な爪を鋭く立てて、勢いのまま鳥は明確な意思の元 悪霊へ突っ込んだ。

肉塊の山を一本の針が通り抜けるよう一点から風穴を開いて着地した彼はその様すら気に留めない、当然の態度を装って全身に付着した血と肉を犬がぶるぶるとさせる所作を倣った動作で払い落とす。炸裂した悪霊から噴き出した夥しい血液の雨を潔癖そうに嫌がった。


「ヤヒロ先輩! 待って、そいつに近づいたら危険なんです!」


「イスノキぃー!! いや、イスノキ殿!! 流っ石は俺さまの見込んだ――――い?」


『……?。イスノキ、イスノキ、イスノキ。あぁー もう何度も言われなくたって分かってんだよ』


『こんな化け物みてェな俺を、俺の名前で呼ぶんじゃねぇよ!!』


「……い、イスノキ?」


『呼ぶなつって、う!? ――――く、そ……畜生だよ…………!」


よろめきながら何処かへ去ろうとしたイスノキの腕をヤヒロは掴み、引き寄せた。既に怪人から人間の姿へ変わった彼の形相はやつれ、病的なほど瞳を充血させたイスノキの状態は少なくとも穏やかからは程遠いだろう。


「こんな危うい奴簡単に放っておけるか!? なぁ、休まなきゃ!! お前すぐにもぶっ壊れそうだよ! おかしいよ!?」


「だったらその辺に転がしておけばいいだろッ!!」


「ふざけるなっ!! お、おい、アキマルちゃんも手伝ってくれ。こいつ一人で歩くのもやっとみたいだ……病院まで連れて行かないと……」


「止せ!!」


見知った顔をした友人が声を荒げながらこの手を乱暴に振り解く。両者は肩で息をしながら不可解によって引かれた一線に視線を落とし、乱れた呼吸の調子も合わさりながら熱くなった感情の昂りを改めていた。行き場の失った心の在り所に戸惑いを隠し切れず踵を返した彼へ向かい、喉の奥に詰まった栓を抜いて放つのだとヤヒロが身を乗り出した…………が。


『食べないのか?』


場違いな台詞がその場を瞬く間に支配する。咄嗟に声の主を振り返り、視界の中へ飛び込んできたアキマルを庇うようにヤヒロが腕を横へ伸ばしていた。消耗した体を奮い立たせ鞭打ったイスノキの赤い瞳に色濃く写ったのは、やはり化け物。鬼が立っていた。

立派な雄ヤギの角を頭部に生やし筋骨隆々の身体を紅に染めた赤鬼が、先ほど屍へ変えられたばかりの悪霊を前に細長い尻尾を楽しげにしならせている。


『とどめを差したのはまず君だ。獲物を独占する権利があるだろう』


エコー掛かったくぐもる声は、耳の中へすっと意味を伝えてくる。まるで水中を掻き分けて届く超音波にも等しい音は聴いた者の肌を艶かしい手つきで弄んでくれる調子で不穏を超越した気持ちの良さを覚えさせてくる。

畏縮する中で先に答えたのは、苛立ちにも殺意にも似た空気を垂れ流した彼だ。


「おい、どうにかなって失せろ。食べるか? 珍味マニアも驚きの悪食じゃないんですぜって、俺ァ……!」


『しーっ、騒ぎを嗅ぎ付けた公務員たちがすぐにこの場へ駆けつけるぞ。悪目立ちするのはお互い本懐に反すると思うが、だ、実に』


『実に美味そうに滴っている肉だね。食べるのは苦手か? 牛は? 豚は? 私も以前は鶏肉が特に好かなくて……動物だから独特のくせがあるだろう。知人はすき焼きは乳臭いからと……嫌厭していたかな……』


『そこにいる青年なんて脂身も少な目で肉の本質を味わえ――』


『…………何か喋ったなぁ?』


鬼の首元へ押し付けられていたのは再び鳥と化したイスノキの腕である。空を自在に飛び交えた翼の在り処には、繊細なガラス細工すら遥かに凌駕した鋭利に硬められた羽が鬼の首へ添えられていた。


『雰囲気をなぞって冗談を言ったまでじゃないか』


『冗談? つまんねェから却下だ!』


『何より、私の流儀に反する行為だ。生を全うする限り悪戯に奪うつもりはない。理解を欠くのが最も愚かで恥部だろう? 止せよせ、よしたまえよ。君との争いは虚しいだけ 何も生み出せやしないのさ』


『味見程度でもその指近づけてみやがれ、エテ公。汚ねェ目ん玉抉り出して……ッ』


『あーあー、あー。稚拙な表現はなるだけ控えて欲しいんだ。思考は止めるな』


『執着がいつだって本能に抗える唯一のやり口となる。君は放棄したいのか? その先は生きる屍だ。ただ肉を貪る野蛮な獣になろうとは思わないだろう?』


『……生きる為に餌を求めるのは執着じゃないのかよ、偽善者』


『本能だろう? エゴが無い。生き方に拘りを持てるのが人間の素晴らしさなんだ』


『人間の……………………』


ゆったりと伽藍堂と化したイスノキの腕を払いのけることなど造作もない。時を奪われたまま心地良い言葉に支配されたその心こそ脆弱となり得るのだ。戸惑って揺れる。自我を覚醒させた獣の身体は肩に乗せられた手の感触に肩を強く跳ねらせ、飛び退く。


『中々烏滸おこがましいか? 混沌が人間を語るのは?』


「…………アッキー、危ないって感じたら遠慮なく俺の後ろで小さくなってろ。アイツ変態だ」


「失礼。アッキーとは」


「イスノキ、お前もこんな奴の話に耳貸してやる義理なんかねぇ。そいつ 自分の我侭に巻き込みたくって仕方ない雰囲気プンプンしてんぞ」


『愚直だよ。歩み寄りもせずに知った口を』


「よう、化け物。随分厚かましい皮被って登場してくれたじゃねーか」


『やめろ! 今ここであんたがしゃしゃり出るな おいッ!!』


「大事な相棒にアグレッシブな態度取らんで欲しくてつい割り込みたくなったのさ」


「……どうせロクでもないことに付き合わせようとか考えてるんだろ。あんた」


『培った感覚だけに随分信用を置くじゃないか。惜しい、キミの世界は狭いな』


「そう、それだよ ソレ。聞く真似しときながらあんたの意見の土台にしようとしか思わない相手を軽んじてる傍若無人っぷり。剥き出しだろうが」


「尊大な態度が一層胡散臭い。説得力を捻じ伏せるみたいに勘違いして無意識に威嚇してくるからしんどくて遠ざけたくなる」


連ねられた言葉に口を閉ざした鬼は尾をくゆらせてヤヒロにイスノキ、その場に居合わせた各々を面妖に光らせた瞳で品定めする。足元の砂利を僅かに鳴らしたのは鬼が退散の意を示した表れか、あるいはこちらへ攻撃を仕掛ける前兆となるか。化け物が生み出す一つの動作に音が彼らへ等しく緊張を与えるのだ。


『鳥に……そして狩人……。キミたちの前に私が現れたのは偶然でも奇遇でもない』


「何?」


『これは私の選択の範疇にある。さぁ 切り替え地点は過ぎたぞ。この私 が諸君の水先案内人役を買って出ようと言うのだよ!』


名を冠する鬼はあなたへ手を伸ばした。救い、破滅。その先に兆しを予感させる余地も与えられず ただ一つの選択を強いられているのだと悟った。



その××たる手の持ち主を睨みつけながら――――――。





                第1話 『ブッそうな面で握手を求めるヒト』 

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