魔法少女戦録ブラッド 赤煉のレゾン

鋼鉄の羽蛍

―修練の章―

―プロローグ―

 0話 このひと時の日常から 

――魔法少女戦録 天楼のテセラより――


「レゾンちゃんっっ……!!」


「テセラっっ……!!」



 私はきっと忘れない――

 地球を飲み込む負の本流――

 命の闇に包まれんとしたあの時――

 全てを打ち払う十二枚の金色こんじきの翼――



 ――私を闇へ落とさぬ様にと、必死に伸ばした小さくも力強い手。

 ――心も身体も魂までもつかまれた私は、もう彼女のとりこだ。



 けど、全て救われた自分には――まだ足りない物がある。

 彼女と肩を並べられるだけの《強さ》――あまりにも大きすぎるその力の格差が、王女と共に歩こうとする自分の進みを止める。




 だから私はここに来た――魔王の招待なら願ってもない。

 この世界――天楼の魔界セフィロトなら私をより高みに導いてくれると信じて。




 地球と天楼の魔界セフィロト衝突の危機――導師ギュアネスの策略の中、日本が守護者である三神守護宗家に魔法少女の力を持つ友人達や、彼女らをサポートする強き大人達の助けを得て――見事に防衛、そして救済を成し遂げた魔界の王女テセラ。

 魔法少女となった彼女の活躍は、導師に利用されし吸血鬼の少女レゾンをあわやの所で救う事にも成功した。


 かくして――王女と救われた吸血鬼は無二の親友となったのだが、吸血鬼の心の底に一つの不安が膨れ上がっていた。


 これはその吸血鬼【レゾン・オルフェス】の葛藤と成長の物語――



****



「う……ん?朝か……。」


 今までの暗闇が嘘の様な穏やかな時間。


 地球と魔界を窮地きゅうちおとしいれ、結果オロチの餌食――人柱に使われた哀れな吸血鬼には、勿体無いほどの処遇。

 私に明確な悪意がなかった事(憎悪はあったのだが)、利用されていた事を考慮した保護観察という立場。

 三神守護宗家の対応がなければ、今頃海外の神の使徒によって浄化処分を受けていただろう。


マスター……。おはようございます――今日は少し寝坊ですね。テセラ様ももうじきお迎えにいらっしゃいます。」


「ああ、おはよう……ブラックファイア。支度をする、待っていてくれ。」


 私のために用意してくれた6畳半の個室――けれど、導師の要塞にあった冷たさなど微塵も無い、暖かな日差しの入る部屋。

 年頃の少女に合わせた、ささやかだが可愛さのにじみ出るドレッサー。

 しかし残念な事に、私はこの様な〔お洒落〕という物に縁が無い。

 身支度といえば着替えと、綺麗に洗浄した髪をかすくらい――なのだが、よくテセラに可愛い怒り顔でたしなめられる。


「レゾンちゃんは女の子なんだから、もっと可愛くとか――綺麗にとか考えなくちゃダメッ!」とは彼女の弁。


 野良魔族上がりの私に言われても……とは思うが、妙に懐かしさを覚える優しさ。

 それまで悪夢の中――形すら無くなっていた、少女の惨状ばかりが浮かんでいたのに、今は目を閉じると――いつも私に世話を焼いてくれていた、みすぼらしい少女の素敵な笑顔が思い出される。


「……これだけは忘れられないな……。」


 かした髪――それでいつも身支度終了。

 けどだけはいつも肌身離さず持つ様にした。

 三日月と牙をあしらった首飾り――惨劇にまみれ、何処いずこかへ紛失してしまった内の一つ。

 みすぼらしい少女に用意した物は、名前と共に渡す事も叶わなかった。


 導師に使われていた時期には、後悔にさいなまれるのが嫌で部屋の奥にしまったままにしていたが、私の信頼する使い魔が要塞崩壊に巻き込まれぬ様――これだけは持ち出していた。

 全く――出来すぎた使い魔、私はこの首飾りを見るたび恥ずかしくなる。


 その使い魔の思いやりも含めて、この首飾りは決して忘れぬ様身に付ける様になったんだ。


「レゾンちゃ~~ん!おはよ~~、学園に行きましょ~~☆」


 ああ、そうこうしている内に暖かなお迎えだ。

 ここ数日は、毎日王女が部屋まで迎えに来てくれる。

 世間から離れて暮らすのが常だった、そんな日々からは想像も出来ない――優しくそれでいて暖かな日常――


 顔にはどう表していいのか分からない――分からないが、私は彼女と過ごす毎日が楽しくて仕方が無い。


 ただ――その中で一つだけ、大きく膨れ上がる思い。

 今はそれを押し殺して、今日も王女テセラのお迎えで日の本のという所へ向かう事にした。


「おはよう、テセラ。今行く――」


 心に生まれた――彼女との、種族としての格差と魔法力マジェクトロンの格差――

 それは共に日々を重ねる度に、私の中で増大していった。





「魔界へ……?」


 穏やかな日常を手に入れた少女に舞い込む、唐突に訪れた提案。

 今日も穏やかに、学園の授業をこなす少女達――そのお昼休みに、王女がぶち上げる。

 幾ばくか状況を図りかねた吸血鬼の少女は、眠い目をこすりながら答える。


 彼女は野良魔族として生まれた時よりも、吸血鬼としての体質が顕著けんちょに現れ始めたため、魔量子型使い魔クオント・ファミリアであるブラックファイアが日中の光量子を軽減するため、魔量子マガ・クオンタムフィールドを微弱に展開しながら過ごす。

 微弱であっても、毎日の様にフィールドを維持する使い魔の労力たるや頭の下がる所だが、その力の源泉は吸血鬼レゾンの魔法力マジェクトロンである。

 そのため、毎日超微量の血液を抜かれるかのごとき、慢性的な低血圧症状が吸血鬼の悩み所であった。


「うん!……て、レゾンちゃんつらそうだね……(汗)学園に通うためには昼間に通学するしかないし……。」


 素敵な友人テセラが、吸血鬼の身を心配する。

 この王女は何から何まで世話を焼き、吸血鬼はもはや彼女に足も向けて寝られぬだろう。


「……大丈夫だ!お前がいてくれるなら、私は昼間でも気合で登校する!」


 眠い目で王女に向き直り、宣言する吸血鬼――だがいささか顔が近い。


「……ああああの!?レゾンちゃん、顔近い――近いから……!?」


 その吸血鬼の近すぎる宣言に慌てふためく王女。

 いささか顔も赤いまま少し引いてしまう。


 赤き少女は吸血鬼の体質が顕著けんちょになった事で、思わぬ力が本人の認識無く発動する困った事態となっていた。

 高位の吸血鬼が有する力の一つ【魅了魔法マガ・チャームス】――詰まる所の魅了である。


 本人が認識していないという厄介さから、それは差し詰め【天然ジゴロ】のていを取る。

 まさにいろんな意味でタチの悪い能力ある。


「ああ、またやってるね~」


「やってはるな~~☆」


「全然懲りてないし……。」


 それを見やるは三人の友人達。


 車椅子に乗る、唯一中等部の少し垂れたおっとり目が可愛いクサナギ 桜花おうか

 地球は日本を代表する三神守護宗家――クサナギ家の十代で当主に付いた宗家の希望である。


 長い髪を大きなリボンで結う、黒髪で京都弁風の関西系言葉がチャームポイントの八汰薙 若菜やたなぎ わかな

 王女が学園に編入した時からの、無二の親友で何でも受け入れる大らかな器を持つ――性格がおっとりな少女。

 当然レゾンの事も、テセラの友達だからと何の抵抗もなく受け入れた。


 銀髪を後頭部で束ねて結い、片側遅れ毛を三つ編みで飾る少女アムリエル・ヴィシュケは、某国ヴァチカンが誇る【神の御剣ジューダス・ブレイド】のエージェント。

 本来なら吸血鬼の様な魔族を撃滅する任を負うが、すでに例外とされている吸血鬼レゾンは対象外――のはずが、やたらと彼女に突っかかる。

 それは、レゾンが王女を独り占めしている事にねている、とは桜花おうかの談。

 だが、絶対アムリエル――アーエルと呼ばれる少女は認めぬだろうが。


 しかし、そのアーエルも最近ではひと目をはばからず、桜花おうかそばに寄り添う。

 うむ……ちょっと近い――とツッコミが入りそうな距離である。


 断罪だんざい天使としての顔【ヴァンゼッヒ・シュビラ】を名乗る彼女は、悲惨な過去の中ここまでいびつながら明るくなった事を、友人らは知りえ得ている。

 ゆえに多少いさめながらであるが、もう一つのアーエルという名を親しみを込めて呼ぶ事で、その過去を少しでも軽くしたいと思っているのだ。


「という事で、ミネルバ姉さまから一度帰って来る様伝言が来てて……。それで一緒にレゾンちゃんも、って。」


 吸血鬼に大きな疑問が立ちはだかる。

 仮にもこの地球の野良魔族の出である自分が、かの高位魔族や魔王がひしめく世界への招待など――例え【惹かれあう者スーパーパートナー】に目覚めたとは言え、王女と自分は種族的格差がありすぎる故に考えられない。


「……冗談、ではないのか?」


「あ~、信じてない~!もお~、私はとっても嬉しいんだからねっ!」


 王女テセラ――天楼の魔界セフィロトの一世界、ティフェレトの第二王位継承権を持つヴァルナグス家王女。

 魔界名をジュノー・ヴァルナグスと呼称する彼女と、共に魔界へ訪れる事態が来ようとは思いもしない吸血鬼。


 彼女と共にあると言うことは、名実共に王族の仲間入り――その本質に辿たどりついたレゾンに、大きく膨れ上がった懸念がついに口をついた。


「私と君とでは、生まれた出来が違うのだぞ……?」


 それは少女が抱くトラウマでありコンプレックスでもある。

 



 ――だが王女に押し切られた吸血鬼は、これより数週間ののち地球を発つ事となる。

 吸血鬼レゾンにとっての未開の地――天楼の魔界セフィロトへ――

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