第5話 奪われた花
騎兵隊は花を奪うと、何事も無かったようにその場から撤収していった。
残されたのはフロントガラスを割られ、幌をズタズタに切り裂かれたジープ。
それから傷ついたヤマトと、それを手当てする花女の姿だった。
「この葉のエキスは殺菌力に優れ、自然治癒を高めます。大量に使うと丸一日眠ってしまうくらいの強い鎮痛効果もありますから調合は失敗できません――っと、これくらいだったかしら?」
眼前に広がる花畑から数種類の植物を採ってくると、花女はその場で小石を使ってそれらをすり潰しはじめた。
ヤマトは切り裂かれた頬にボロ布をあてがいながらその話を聞いている。
あえて口には出さなかったが、自分で掘らせた穴ぼこに落っこちるほどのドジっ娘に果たして薬草の調合など任せていいものやらと思案げある。
そして気になる点はそればかりではない。
「いいのかよ……」
「はい?」
「花は命より大事なんだろ」
「……ええ。でも枯れたわけじゃありませんから。大事に育ててくれればそれで」
「アンタにとっちゃ特別な花なんだろ?」
花女はそれ以上答えなかった。ただ淡々と薬草を調剤している。
ヤマトは己の不甲斐なさに居たたまれなくなり、ついつい「クソが」と口をついた。
「出来ましたよ。さあほっぺ出してください」
破ったスカートの裾を包帯にして、ヤマトは顔をグルグル巻きにされる。
ひんやりとした薬草の感触と彼女の匂いが痛みを和らげた。
泣き腫らした彼女の瞳が、息のかかるくらいの距離にある。
ヤマトは激しく動揺した。
「何なんだよ一体……たかが花じゃねえか! 何だってこんな……クソっ」
ヤマトは頭を激しく掻きむしる。
それを見た花女はいつもの慈愛に満ちた表情になって、優しく彼の頬を撫でた。
温かい。柔らかい。
ひとの温もりに触れることなど、一体どれくらいぶりのことだろう。
花女の気遣いに手を止める。
おかげで落ち着きを取り戻したヤマトだったが、彼女の目を見ることは出来なかった。
「花は……ひとの魂なのです」
花の巫女たる可憐な少女は静かに、だが確かな意思をもって語り始める。
ヤマトはただ呆然と、その言葉に耳を傾けることにしか出来なかった。
「ひとは命を落とすと、もうひとつの世界で花として生まれ変わる。それが世界の秘密。神さまがお決めなった自然のことわり――」
「何だって?」
「花を尊ぶということは、命を尊ぶということ。そうやって魂はふたつの世界を循環し、世界は浄化されてきました。でも」
でも――。
花女は言葉を詰まらせる。ヤマトの世界はひとの手によってもはや回復出来ないくらいに傷ついた。だから神は、ふたつの世界を繋いだのだ。魂を再び循環させるために。
「そういうことか――じゃあ、あの花は――」
「わたしの……母です……」
誇らしげに寂しげに。
彼女は震えながらそう答えた。
「この秘密は、花の巫女だけが代々受け継ぎしもの。神のご加護を得んがために、人々は花集めに熱狂するのでしょう」
ひとしきり彼女の話を聞き終わると、ヤマトは物憂げに顎へと手をやった。
切り裂かれた頬の痛みは、かえって思考を鋭敏にする。
思い至ったのは、自らを襲った者たちの正体だ。
「あの花を奪っていった奴らに覚えはねえのか?」
「ええ……どこかの国の騎士様としか……」
ふむ、と一言呟いてヤマトはしばし無口になる。
心配そうに覗き込んでくる花女に気付き、彼はニヤリと口の端を持ち上げた。
「花女さん。ちょいとドライブに付き合ってくれないか」
「どらいぶ?」
ヤマトはズタズタになった愛車の幌をたたみ、割れたフロントガラスを可倒式となっているフレームごと前側に倒した。
フラットなオープンカーとなったジープにふたりは飛び乗る。
向かう先はもうひとつの世界。ヤマトがやって来た世界だ――。
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