また会えますか?

@raika_humi

第1話 「桜の少女」




 ヒラヒラと舞う花びら。風が運ぶ独特の甘い香りは、春を実感させる。

閑静な住宅街にある桜並木。川を挟んだ対岸に数百本の桜が植えられている。

その並木道を、春休み中の颯希は歩いていた。

 普段は、家の中で遊ぶことが多い颯希だが、家の近くにある桜並木を歩くのは好きだった。いや、桜が好きなのだ。


「っ!?」

強い風が、並木道を駆け抜け、何十枚かの花弁が舞った。

「あっ!?」

舞う花弁の中に、八分ほど開いた一輪の桜が飛んでいくのが見えた。

「まっ、待ってっ!」

 颯希は、飛んでいく花を追いかけた。

桜の花は、風に運ばれ、舞う花弁の間を飛んでいく。

 連翹の花のように、くるくると自身を回転させるわけでも無く、タンポポの綿毛のように、風に身を任せているようだった。


 しばらく追いかけていると、風が弱まり、浮遊していられる程力を失った花は、降下する。

「はっ!?」

颯希は、慌てて手を伸ばした。花は、颯希の手の平では無く、手首に落ちた。

「ふぅ~良かった…。」

そう言って、手の平に花を移動させ、笑った。


「…あれ…ここは…?」

 辺りを見回すと、そこは先程いた並木道では無く、見知らない場所だった。

家も無く、開けたその場所は、中央に、桜の木が一本だけある空き地だ。


「こんな所があったんだ…。」

 颯希は、桜の木に引き寄せられるように、近付いた。

近くにまで来ると、それは大木という言葉が似合う程大きな桜の木だった。

「綺麗…。」

 見上げた颯希の口から零れた言葉は、瞳に映る桜に対する素直な賛美だ。

桜は、その賛美を受け取ったのか、先程よりも


「ん?」

 ふと、颯希の視界に、一瞬影が入り込んだ。颯希は、音を立てないように、一歩一歩静かに歩を進めた。すると、太い幹の色とは違う黒い見えた。

「あっ!?」

「っ!?」

 そこにいたのは、黒く長い髪を白いリボンで結った、雛人形のように色の白い少女だった。

「(可愛い…。)こんにちは。」

「こ、こんにちは・・・。」

幹で、顔を隠しながら挨拶をする


「私、颯希(さつき)。橘川颯希って言うの。貴方は?」

「…明日香。小桜…明日香…。」

「明日香ちゃんって言うんだ。よろしくね。」

颯希は、明日香に向かって手を差し出した。

「う、うん…。」

明日香は、颯希の手を取り、互いに優しく握った。


「明日香ちゃんは、何してたの?」

「花弁、集めてたの…。」

見ると、明日香の後ろには、花弁の小さな山が、いくつか出来ていた。

「結構、集めたね。」

「う、うん。」

「そうだっ!」

颯希は、そう言ってパーカーのポケットに手を入れ、ある物を取り出した。

「針と糸?それで、どうするの?」

颯希が取り出したのは、針と糸だった。

「こうするの。」

 颯希は、針に糸を通すと、花弁を数枚広い、花弁の真ん中に針を刺し込んだ。

貫通した花弁には、糸が通る。その動作を拾った花弁全てに施すと、花弁が一つに繋がっていた。

「スゴイっ!颯希ちゃん、お裁縫上手なんだね。」

 先程まで、ぎこちなく話していた明日香が、初めて颯希の顔をまともに見て、言葉を発した。

「おばあちゃんに教えてもらったんだ。明日香ちゃんもやる?」

「うん!」

 笑顔で答える明日香に、颯希は持っていた針を渡し、自分は予備の針を取り出した。


 西にあった雲が徐々に切れ、東に流れていった。

「できたぁ~!」

「私もっ!」

颯希と明日香の手には、花弁で出来た首飾りが出来上がっていた。

「やったね。」

「うん。颯希ちゃんが教えてくれたおげだよ。」

「明日香ちゃんが、頑張ったからだよ。」

「ううん。颯希ちゃんのおかげ。だから…。」

「えっ?」

明日香は、出来たばかりの首飾りを颯希首に掛けた。

「私が作ったのは、颯希ちゃんにあげる。」

「い、いいの?」

「うん。颯希ちゃんに貰ってほしいの。」

「じゃぁ、私のは、明日香ちゃんにあげる。」

颯希は、そう言って明日香の首に首飾りを掛けた。

「ありがとう。」

「こっちこそ、ありがとう。」

「フフフ…。」

「アハハ…。」


 笑う二人の首元には、お互いが作った桜の花びらの首飾りが揺れていた。

ただ、明日香がしている首飾りには、花弁だけで無く、花が一輪咲いていた。


「そういえば、ここの桜って、桃色じゃないね。」

颯希は、ふと手に取った花弁を見て言った。

「…颯希ちゃん、桜の色は、白なんだよ。」

「えっ?桜は、薄桃色でしょ?」

「今はね。でも、昔は、白だったんだよ、桜は。」

「どうして?」

「桜は、陽の光によって、見える色が変わるの。それに、昔の人が、桜を雪や雲に喩えたんだよ。」

「へぇ~何か、連想ゲームみたいだね。」

「連想、ゲーム?」

「うん。赤だったら、ポストとか太陽、青だったら、空とか海、緑だったら、木とか草とか。その色に対して、連想出来る物を言っていく遊びだよ。」

「木が緑色?木は青色じゃないの?」

「えっ…あぁ、おばあちゃんは、時々青物って言ってるけど…明日香ちゃんのおばあちゃんも、そう言うの?」

「!?う、うん…おばあちゃんが言ってるから、つい…。」

「そっかぁ~。でも、青と緑って、全然違う色なのに、何で一緒にするんだろうね。」

「全く違うってわけじゃ無いよ。」

「えっ?」

「本来、青って言うのは、青々と茂る木々って言う意味があるの。

だから、昔の人が青って言ったら、緑色の事を言うんだよ。」

「…明日香ちゃん、物知りだね。」

「!?お、おばちゃんから、聞いて、知ってるだけ…。」

「そうなんだ…。」



頬を掠める風が、冷気を帯びると、辺りは夕日色に染まっていた。


「そろそろ、帰らないと…。」

「…うん、そうだね…逢魔が時になる前に…。」

「へっ?おおまが?」

「ううん、何でもない。帰ろ…。」

「わぁ~!!すご~いっ!!」

 颯希の賛美に明日香が振り返ると、桜の花は、夕日の光を浴び、金糸雀色に変わっていた。

「綺麗…本当に、光で色が変わるんだね。」

「うん。だから…決して同じ花は無いの…。」

「えっ?」

「桜は、年によっても、日によっても違う。同じように咲いていても、その花は昨日とは別の花なの。」

「……。」

二人の間を強い風が吹き抜けた。

「帰らないと遅くなっちゃうよ?」

「あぁっ、うん。明日香ちゃんは、帰らないの?」

「私此処で、お迎えを待ってるの。」

「そっかぁ…じゃぁ、またね…。」

「うん…また、ね。」

「…。」

 明日香に背を向けて、歩き出すと、風が身体の横を通り過ぎて行った。

鼻に運んだ桜の香りは明日香と同じだった。



 颯希は、風に運ばれるように帰宅した。


「また、明日も会えるかな…。」

部屋で、明日香から貰った首飾りを見ながら、颯希は言った。


 その夜から、雨が降り出した。雨は、数日間続き、止む気配が無い。


「(あれから、三日か…。)」

「せっかく咲いたのに、散ってしまうね…。」

颯希が縁側から外を見ていると、祖母がやって来た。

「おばあちゃん…桜散っちゃうの?」

「颯希。桜はうつろうものなんだよ。」

「うつろう?」

「桜は見ごろが少ない花なんだよ。だから、その数少ない日々で、私達を楽しませてくれるんだろうけどね。毎年、同じように花を咲かせて…。」

「……違う。」

「颯希?」

「同じなんて無い。」

颯希は、そう言って縁側を後にした。


 その夜、颯希は夢を見た。

 空き地の桜の木の前で、明日香が立っていた。笑っているが、どこか寂しそうに。

 明日香が、颯希に茶色の半円が差し出した。颯希は、何だか分からず、尋ねよとすると、明日香は、少しずつ離れていく。

 颯希が、追いかえれば追いかけるほど、明日香は、どんどん離れていった。

『…、…っ!!』

 颯希は、明日香の名を呼ぼうとするが、声は出ず、辺りは真っ暗になった。


「…あす、か…まって…明日香っ!?」

跳び起きると、そこは自室のベットの上だった。

「…ゆめ…?ふぅ…ん?…!?」

 布団と異なる感触を感じ、それを手に取ると、颯希は、パジャマのまま部屋を飛び出した。



「はぁっ、はぁっ…。」

息をきらしながら、颯希は雨の中を傘も差さず走った。

パジャマの裾は、泥が跳ね、お気に入りの薄緑色を変色させる。


「はぁはぁ…はぁはぁ…。」

颯希の足が止まる。

雨は、それを待っていたかのように、颯希に降り注いだ。

颯希の髪から、吸いきれなくなった水滴が、雨に混じって地面に落ちていく。


「また、会えるよね…明日香…。」


 手の中の‏櫛に、小さな雫が吸い込まれたように、颯希の声は、雨音の中に溶け込んでいった。

 聞いていたのは、花びらの大半を雨に攫われた桜の木だけだった。


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