世界を救った女勇者は恋に生きるようです
マカダ
第1話女勇者の恋は実らない
「ごめんなさい! アリシア様と俺では流石に釣り合いが取れないと言うか、住んでる世界が違い過ぎると思うんで――ホントマジでごめんなさい!」
「いやいやいやいや! そ、そんなことはないと思うよ! それにほら、案外、実際に付き合い始めたら、そういうことも気にならなく――」
「無理です! ごめんなさい! 世界を救った英雄であるアリシア様と、ただの町人Aに過ぎない俺が付き合うなんて、やっぱ、彼氏としてのプレッシャーが半端ないと思うんで――だから、ホントマジで勘弁して下さい!」
「む、無理とか言うなし! それも即答で!」
「大丈夫……アリシア様は世界を救った立派な人ですから、俺なんかよりも余程、アリシア様に相応しい素敵な男性がいつかきっと現れますよ。それじゃあ、俺は何かと忙しいのでこれで!」
「あっ! ちょっ! 待って! お願いだから待って!」
私の必死な制止も空しく、男の後ろ姿はあっという間に米粒ほどの大きさになっていった。あとに残されたのは、町の片隅で茫然と立ち尽くす私だけ。
おいおい、なんだよ。そんな逃げるようにして去らんでも良いじゃないか。私はなんだ、狂暴な怪物か何かなのかな?
仮に私が狂暴な怪物だったとして、そんな怪物にだって傷付く心ぐらいはあるんだからね!
嗚呼。今回もまた駄目だった。またしても振られてしまった。振られに振られ続けて、これで一体、私は何人の男に振られたのやら。
クソ。どうして私はこんなにモテないんだ!――私は溜め息をこぼし、近くの木に寄り掛かった。
貴女と俺では釣り合わない。お互いの住んでる世界が違い過ぎる。彼等が私を振る際の言い分は大抵こうだ。
そして、最後には必ず決まって――貴女に相応しい素敵な男性がいつかきっと現れますよ――と捨て台詞を吐いていく。
ふざけんなし!――私は拳をギュッと固く握り締めた。
それじゃあ訊きますけど、世界を救った英雄である私に釣り合う男、相応しい男ってのは果たして、どんな奴なんですかねえ?
王族。王族の人間とかですか?
はあなるほど。それなら確かに釣り合いが取れてるかも知れませんね。おまけに、世界を救った勇者と王族の人間が最後は結ばれてハッピーエンドとか、巷に溢れる冒険小説ではありがちなパターンですものね!
――馬鹿め!
王族の人間にならば、既に告白済みな上、光の速さで玉砕しておるわ!
クソ。あの時に受けた恥辱は未だに忘れない。忘れたくても忘れられない。いまでも時折――夜、眠りへ落ちる前にふと、あの時のことを思い出してしまっては、枕に顔を埋めてジタバタしておるわ!
◆◆◆
「いや、あの……アリシア様のお気持ちは大変嬉しいのですが、僕、小さい頃に決められた許嫁が既におりまして。はい。そういうわけですので――今生ではご縁がなかった――ということでごめんなさい!」
――なんだよそれ。
ちょっともうなんなの。
王子様もそういうことは早く言ってよ!
私が告白する前に言ってよ!
折角、魔王を討伐して故郷の国へ戻り、謁見の間で国王様に戦勝報告も済ませて、とても晴れやかな気分でいたのに全部台無しだよ!
おまけに他のみんな――私と苦楽を共にしてきた旅の仲間達とか城の兵士達とか大臣とか、なんか私に思いっきりドン引きしてるし。私を指差して笑い転げてるし。私へ憐れみの目を向けてくるしで最悪だよ!
国王様の御前で本当にとんだ赤っ恥だよ!
――ああもう!
遂に世界が救われて、私の勇者という役目もここで終わる。これからは勇者ではなく、ただのひとりの女として、私は自分の幸せを見付けていこう。そうだ。まずは手始めに恋をして男を作るなんてどうだろう。これまでの私に色恋ほど縁遠いものはなかったからな。
おや待てよ。そう言えば、世界を救った勇者と王族の人間が最後は結ばれてハッピーエンドとか、巷に溢れる冒険小説ではありがちなパターンじゃなかったか。それじゃあ何かな。もしも、仮にここで私が王子様と結ばれたら、その時は私がお姫様になるのか?
ふふふっ。なんだよそれ。勇者から一転して、この私がお姫様だなんて。でも……そうだな。それも案外、悪くない人生かも知れない。
とか、メルヘンチックにモノローグってた、あの時の私を全力で殴りたい!
勇者のみが使える最強魔法で爆発四散して粉微塵にしてやりたい!
お前はアホかと。馬鹿かと。小一時間ほど問い詰めてやりたい!
でも、仕方ないじゃない!
魔王を討伐した直後で心が浮かれてたんだから。そりゃあ、うっかりとメルヘンチックなモノローグとかもしちゃうじゃない!
そこへきて国王様に「世界を救ってくれた褒美に、そなたの望みをなんでもひとつだけ叶えてやろう」とか言われたら、夢みたいな高望みもしちゃうじゃない!
この流れならイケるって思うじゃない!
◆◆◆
結局、私はこれ以来、お城には一度たりとも顔を出したことがない。恥ずかしくて。
そして、王子様に振られたのが運の尽きだったのか、あるいは私の転落人生の始まりだったのか、その後の私は悲しいほど恋愛の神様から見放されてしまった。
私が世界を救ってから早一年。
私は自分が生まれ育った城下町で生活しながら、気になる男を見付けては積極的にアプローチを仕掛ける日々を送っていた。でも、結果はことごとく惨敗。男に振られ振られ続けて、振られた人数は最早、十より先は数えてないから判らない始末だ。チクショウめ!
――嗚呼。
私はなんて不幸で寂しい女なのかしら。私の人生はもう、世界を救った栄光などは疾うに霞み、いまや悲劇街道まっしぐらよ。
このままではもしかすると、将来的に私の墓石には――世界の平和を守り、みずからの純潔も生涯守り通した、偉大なる勇者にして聖女のアリシア、ここに眠る――とか、そんな恥ずかしい言葉が刻まれてしまうかも知れないわね。
おい。なんだよそれ。ただの悪口じゃないか!
本当に我ながら、年頃の女としては不憫な現状だと思う。これは正に悲劇としか言いようがない。これ以上の不幸はもう、ないんじゃないかとさえ思える。
でも――悲しいかな。私のこの不幸っぷり、悲劇っぷりはこれだけに留まらなかったんだ。
『――クククッ! お前が男に振られるのはこれで何人目だ? 我輩も、最初こそは面白がって、振られた人数を数えていたものだが――お前があまりにも振られ過ぎるものだから、段々と憐れに思えてきて、終いには数える気もなくしてしまったぞ』
『うっさい馬鹿! 黙れ! この死に損ない!』
私は怒りの感情をあらわにして地面を睨み付けた。
いま聞こえてきた声は魔王フェレスのもの。そう。私が倒した筈の魔王様だ。
この野郎、てっきり死んだものと思ってたのに、最後の力だかなんだかを振り絞って、自分の魂をこっそり私の影に憑依させてやがったんだ!
――クソ!
何故か彼氏が出来ない上、倒した筈の魔王に付き纏われるとか、私の人生、正に踏んだり蹴ったりじゃないか。
これもう、私、泣いてもいいよね?
もっとも、フェレスとの会話は脳内で行えるから、周囲の人間に奴の存在がバレることはない。
これは不幸中の幸いだ。
世界を救った勇者が倒した筈の魔王に自分の影を乗っ取られました――なんて話がもしも世間様に知れ渡ったら、それこそ恥ずかしくて死にたくなるもの。
『それで、これからどうするのだ? さっきの男を追うか? お前いわく、あの男こそが私の運命の相手、というヤツだったのだろう?』
『……あの人はもういい。だって、無理とか言われたし』
『ふむ……ここまで振られ続けると、流石に諦めるのも早くなるか。最初の頃はもっと執拗にアプローチしてたものだが。やれやれ。まことに惨めなものだな、我が宿命の相手――勇者アリシアよ』
こいつ、本当にムカつく奴だな。でも、本当に凄くムカつくけど、確かにこいつの言う通りだった。
私は憐れだ。女として惨め過ぎる。どうして私はこんなにもモテないのか?
自分で言うのもなんだけど、私って顔立ちは割りと整ってる方だと思うし。後ろでひとつに束ねたブロンドの髪も、日の光を反射して煌めく、清流のように艶やかで滑らかだし。勇者稼業をしてた割には肌だって白くてキメ細やかだし。スタイルも細身でそれなりに出るところは出てるし。年齢もまだ二十代に足を突っ込んだばかりだし。性格だって多分、そんなに悪くないと思うの。
つまり、私は女としての魅力は十分に備えてる筈なんだ。多分。恐らく。
もっとも、世界を救った英雄っていう、ちょっと重過ぎる肩書きは玉に瑕かも知れないけど。私が振られる原因の大半はこの肩書きの所為だし。
いやでも、それにしたって、これは流石に異常な気がする。世に男なんて星の数ほどいるんだから、中には誰かしら、こんな私でも良いと言ってくれる男がいたっておかしくないじゃないか!
――ああもう!
私も彼氏が欲しいよお。私も町中を彼氏と手を繋ぎながら歩きたいよお。
なのになんで私には彼氏が出来ないんだよ!
こんなの明らかにおかしいよ!
私がここまで振られ続けるのは最早、理不尽を通り越して不自然の域に達してるよ!
もしかして、ここまで私がモテないのはあれかな。
何かのバチが当たった所為とか?
あるいは誰かにかけられた呪いの所為とか?
でも私――そんな報いを受けるような悪いこと、何かしましたっけ?
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