海上の姫、泡沫の恋
ダチョウ
第1話
瀬戸内海に、
そこには由緒ある『
その中に一際、目立つ鎧がある。
女用のものだ。これを着ていたのは、とある姫君だという。
その名は、
「せっかく来たのに、曇ってるなんて。はーあ、運が悪いわ」
鶴は憂鬱そうに長い髪を撫でる。七歳の彼女は大山祇命神社の
とはいえ、大祝家は神職。四月の大祭に向けて家族で普段住んでいる
「せっかく船で
「ほんとでございますねぇ」
乳母も鶴の言葉に頷くと、ふうとため息をついた。
しばらく経つと、船は大海島へ到着した。
その頃には雲は消え、青い透き通った空が顔を出していた。
「さ、鶴姫様、神社へ参拝しますよ」
鶴の父である
「ねぇ、これ!
一人でペラペラと喋る鶴に乳母は驚いた。
「よく、そんな難しいお話をご存知ですね」
「ふふ、父上が、大祝様がよく聞かせてくれたのよ」
得意気に鶴は胸をはると、空を見上げた。
「大山祇命神社を神の使いの白鷺がね、突然飛んできて、通有公を勝利へ導いたのよ」
鶴は、見えない白鷺を探すように、眩しい空を眺めた。
(私には、見えないわね)
しかし、白鷺に似た雲を見つけ、面白くなって鶴はその雲へ視線をうつした。
乳母は呆れながら「先に三嶋城へ行ってしまいますよ」と鶴を促した。が、そんな事で動く鶴ではない。乳母が怒って鶴を置いていった後も、鶴はじっとその雲を見ていた。
そして、その雲の下に、一人の少年がいることに気がついた。
「誰……?」
鶴と歳のあまり変わらない少年だろう。
「それはこっちも同じですよ」
嫌味ったらしく少年は言うと、そそくさと鶴から離れようとする。
鶴はムッとして、少年について行った。
「なんでついてくるんですか!?」
「あなたみたいな無礼な人が誰といるのか、知りたいのです!その人に躾の仕方を教えて上げなくては!そうすればあなたが誰かもわかりますしね!」
少年は嫌そうな顔をすると、思いっきり走った。鶴はそれでも追いかける。
「こら!ここは神域。何やってるのだ」
少し離れた所から、鶴の一番上の兄で、水軍を束ねる
「
少年は驚いたように言うと、すぐに頭を下げた。
「申し訳ございません。実は、この女子が」
「ん、鶴がどうかしたのか?」
「は?」
もう一度驚いたように少年は声を出すと、鶴をまじまじと見た。
「こいつは私の妹でな。鶴という」
「はぁぁぁ!?」
目を飛び出さんばかりに見開いて、少年は鶴を見つめた。
「ふふふ、こう見えても鶴は武芸を仕込まれておってな。怒らせると、痛い目にあうぞ」
「兄……じゃなくて、祝様!この人は?」
鶴は耐えきれなくなって、少年を指さした。「
「越智家の……」
越智家は大祝家とは縁続きにある家で、安成も後々は水軍の将となるため、ここにいたのだった。
「鶴、お前の腕はなかなかだが、安成には敵わないだろうな。それくらい、こやつは強い。そうだ、しばらく一緒にいて、教えてもらえ」
愉快そうに笑う安舎を横目に、鶴と安成は見つめ、否、睨み合った。
(こんな生意気な人に私は敵わない?)
(こんな生意気な女子に痛い目にあわされる?)
((そんなことあるものか!))
鶴が大海島へ滞在して数日。
四月大祭が行われた。近隣の島々からは多くの人がやって来て、座も多く立ち、神社境内は活気に溢れていた。
「うわぁぁ!すごい!神社の宝物が回廊に並べられているわ!」
「うるさいですよ、姫」
鶴に引き回され、安成はグッタリとしていた。ここ数日、安成は鶴と共に行動していたのだ。
(なんという体力の持ち主だ……)
心なしか痩せた自分の体を労りながら、安成は鶴について行く。
「おや、鶴に安成」
「大祝様!」
安成は背筋をのばすと、安用の方へ向き直る。が、鶴はお構い無しで宝物を眺めている。
「ちょ、姫!」
「はは、よい。ああなった鶴は止められん」
「そんな風に甘やかすからこんな破天荒な姫になったのですか」
安成は言葉を発してから「ご無礼を」と謝った。しかし安用は気にするどころか、クスクスと笑い出した。
「これは、確かに安成ほどのお守り役はおらぬな」
「は?」
「いや、鶴はな、乳母ですら手を焼く姫だ。武芸をやると言い出した時も、わしらがとめても聞かずに……。誰の指図も受けぬようなワガママ娘じゃった」
そこまで言うと、安用は安成をチラリと見た。
「じゃが、安成の言うことは割と聞くようじゃな」
面白そうに安用は笑うと、「鶴を頼むな」と安成の頭を撫で回した。
(そんなこと、ないけどな……。頼むっていっても、無理ですよ)
安成は去ってゆく安用の後ろ姿を見送った。
この年の七月。
安用は病に倒れ、亡くなった。
安用亡き後、大祝職は一番上の兄、安舎が。三嶋水軍の陣代は二番目の兄の安房が就いた。
(私は神職ゆえ、戦にはもう出られぬ。さて、鶴を武将とするしか手はないな……)
重い気持ちで、安舎は空を見上げた。
彼の目に、白鷺はうつらなかった。
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