57 幸せになる権利3

「ただいま」

 皇都の高等学院を無事に卒業したバートが、1年ぶりに帰宅して玄関の扉を開けると、何かが勢いよく突撃してきた。受け止めきれず、その場で尻餅をついてしまう。

「うおっ!」

「おかえり、にーちゃ」

「おかえり!」

 元気よく声をかけて来たのは4歳と3歳の弟妹。いつも父親にする出迎えを彼にもしたのだが、常に鍛えている竜騎士とは異なり医者の卵が不意に受けるには強すぎる衝撃だった。

「出迎えは嬉しいけど……もうちょっとお手柔らかに……」

 尻餅をついた彼の体によじ登ってきた2人に頼むが、よくわかっていない彼等はバートの体の上で好き勝手に跳ねている。歓迎されているのは嬉しいが、そろそろ限界だった。

「こらこら2人とも、お兄ちゃんが苦しんでいるわ」

 そこへようやく母親が来てくれたらしい。2人を引きはがしてくれたおかげでようやく体が軽くなり、体を起こすと2人は笑いながら奥の部屋へ駆けて行った。

「大丈夫? ごめんね。いつもお父さんを相手にしているから加減が分からないみたいで……」

「そうだろうね」

 バートは立ち上がって服のほこりを払い、落とした鞄を拾い上げた。そして自分よりも目線が下がってしまった母親に改まって向き直る。優しい笑顔は昔と変わらない。だが、来年10周年を迎える結婚生活でどんどん綺麗になっている気がする。

「ただいま、母さん」

「おかえりなさい、バート。そして卒業おめでとう」

「ありがとう」

 ここでようやく帰宅の挨拶が出来た。バートはほっと息を吐くと1年ぶりのわが家へ足を踏みいれた。




「バート、飲まないか?」

 暗くなるころに父親も帰宅し、久しぶりに家族が揃って夕飯を囲んだ。バートの帰宅ではしゃぎすぎた弟妹は早々に眠ったので、自室で勉強をしているところを父親に誘われた。学院は卒業したが、ロベリアには2日ほど滞在してすぐに赴任先の薬草園に向かうつもりだった。今後は今までの様には帰宅できなくなるし、ほかならぬ父親の誘いだ。断る手はなく、誘われるまま彼の部屋におもむいた。

 そこに用意してあったのは、高級な蒸留酒。成人したばかりのバートが飲むには少々強い酒だ。酒豪が揃う第3騎士団の中でも特に強いとされる父親に合わせていたら、明日は確実に寝込む羽目になりそうだ。

「まあ、座れ」

「うん」

 一緒に飲むのは春分節の後に父親が公用で皇都に来た折に、成人を祝ってもらって以来だ。その折にはリーガス等、親しい人達も一緒だったので、父親と差し向かいで飲むのは今回が初めてだった。

 水で薄め、ちびちび飲みながら近況を報告し合う。忙しくて参加してもらえなかったが、卒業式での様子を教えると、父親は嬉しそうにしている。血は繋がっていないが、それでもこうして喜んでくれることがバート自身にも嬉しかった。

「……お前に伝えておきたいことがある」

 おもむろに父親が居住まいを正す。その改まった口調にバートも自然と襟を正した。

「お前の出生の秘密だ。今まで黙っていたが、お前の実の父親は……」

「知ってますよ」

 バートはその忌むべき名前を告げられる前に口を挟んだ。内乱終結から10年経った現在でもその名を口に出すのははばかられている。

「え?」

 彼の返答は思いもよらなかったのだろう。父親は目を丸くしている。

「金ぴかの部屋にいた偉そうなオッサンに、お前はラグラスの子だとはっきり言われた記憶が残っています」

 内乱時の記録を読んだ今なら理解できる。母親と平穏に暮らしていた彼をヘデラ夫妻によってフォルビア大公に祀り上げられようとしているところだろう。その後、当時大公を名乗っていた実父が彼等の謀反に感づいた。逃げようとしていたところ馬車の事故が起き、河に投げ出された母子を助けてくれたのが父親達第3騎士団員だった。

「バート……」

「最初は何者かなんて分からなかった。その名は禁忌として誰も口にすることが無かったから。でも、学院に行く前、ニコルさんに連れて行ってもらった正神殿の書庫で偶然に知ることが出来たんだ。

 当時の書簡が残っていて、読んで理解した後に愕然とした。自分にあの男の血が流れているなんて信じたくなかった。だけどそれ以上にニコルさん達に申し訳なかった」

 ニコル達ドレスラー家の子供の半数は養子で、あの男の命で襲撃を受けたマーデ村の生き残りだった。要はあの男によって故郷を壊され、家族を殺されたのだ。混乱が収まらない中、バートは資料探しに付き合ってくれた親友に泣きながら謝罪していた。

「すまん……」

「父さんが謝ることじゃないでしょ? でもね、同じ言葉をニコルさんからも言ってもらったんだ。悪いのはバートでも母さんでもないって」

 バートとドレスラー家の子供達との交流は今でも続いている。その事実を知ってもなおその交流が途絶えていないという事は、彼等が本当の絆で結ばれているからなのだろう。喜ばしい事実に父親はホッと安堵の息を漏らす。

「ニコルの言う通り、お前達は被害者だ。だが、その事実は子供のお前が背負うにはあまりにも重すぎた。ディアナは、母さんは黙っておくつもりだったらしいが、お前には知る権利もあると思って今夜は声をかけた」

「そうだったんですか」

 その事実を1人抱えていた母は随分苦労したに違いない。内乱が収束した後は事情を知る人達によって自分達親子もその秘密も守られた。更にはこの人が父親になってくれたおかげで、母もようやく自分の幸せを見つけ出す事が出来たのだ。

「……自分の出生を知ったから、医師になって人助けしようと思ったのか?」

「違いますよ。僕は純粋に師匠を尊敬しています。あの人の弟子になりたいと思ったのは真相を知る前でした。でも、今は人の役に立ちたいという思いが強くなったのは確かです」

「そうか……それは立派な事だと思う。だがな、自分の幸せも見つけるんだぞ?」

「父さん……」

「親としては子の幸せを願うのは当然だろう?」

 偽りのない言葉にバートは嬉しくて涙が出て来る。それをごまかす様に彼は杯を空にした。

 結局、2人は夜が明けるまで飲み続けた。当然、酔いつぶれたバートは二日酔いとなり、かまって欲しい弟妹達の攻撃に苦しめられた。




「それでは行ってきます」

 薬草園に向かう朝、バートは見送りの家族と抱擁を交わして馬車に乗り込んだ。もっと遊びたい弟妹はごねたが、父親が2人を抱え上げて黙らせていた。

「気を付けてね」

「無理はするなよ」

「にーちゃ、にーちゃ!」

「うわーん!」

 賑やかな家族に見送られ、気持ちを新たにしたバートは子供の頃から憧れていた師匠の元へ旅立った。



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12時に閑話を更新します。

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