39 エヴィルの姫提督2

 ワールウェイド領を出て3日後に皇都へ到着した。ロベリアには幾度か来たことがあったが、皇都に来たのは初めてだったブランカは生まれ故郷と異なる街並みに目を奪われた。特に今は半月後に迫った即位式の為、街はいつにもまして花や緑で彩られている。

 今回はエヴィルの代表として即位式に参加することになっているが、他国の使者がタランテラ入りするのはもう数日経ってからだろう。療養していた竜騎士達の帰還と遺品の返還、更にはカルネイロ商会解体後の流通をどう補うかタランテラ側との協議があるので早めに入国したのだ。

「遠路よくお越し下さいました」

 本宮南棟の正面入り口で半月後には国主となるエドワルドや国の重鎮達がそれぞれの夫人を伴って出迎えてくれる。軍の正装姿でブランカが馬車から降り立つと、感嘆のため息が随所で起こっていた。

「盛大なお出迎え、痛み入ります」

 作法にのっとって頭を下げる。その間にも素早く視線を巡らせるが、薬草園からは飛竜で先に皇都に向かったはずの友人の姿は見当たらなかった。調子がまだよくないのだろうか?心配ではあるが、先ずは国の代表としてする事がある。気を引き締め直すと、一同に促されて本宮に足を踏みいれた。




 遺品の引き渡しはワールウェイド領での再会の時の様な混乱もなく、滞りなく済んだ。遺族の中には幼い子供を連れた未亡人もいて、ブランカは心が痛んだ。護衛は若い竜騎士に経験を積ませようとしたハルベルトの人選が裏目に出た結果となってしまったようだ。

 せめてもの救いは国からだけでなく、神殿からも十分な援助が受けられることが決まっている事だろうか。遺品を手にした遺族達が、立ち会ったエルフレート達に頭を下げて帰っていく後ろ姿にブランカはダナシアの祝福を願った。

 その後、一仕事終えた友人に話をしようと試みたが、仕事がまだあると言って足早に去ってしまった。心なしか避けられている気がしないでもない。一抹の寂しさを感じながら侍官の案内で本宮の庭を散策していると、華やかな一団に呼び止められる。

「ブランカ様、お1人ですか?」

 声をかけて来たのは友人の母親でもあるブランドル公夫人だった。背後に数名の侍女を従えていることから、実質的な皇妃であるフレアのご機嫌伺いに来ていたのかもしれない。

「ええ。時間が空きましたので、庭を案内していただいておりました」

「かしこまらないで下さいませ。それにしてもエルフレートは客人を放ってどこに行ったのでしょう?」

 かしこまって頭を下げると、ブランドル公夫人は笑いながらそれを制する。だが、ブランカが1人だと知って彼女は眉をひそめた。

「お仕事がおありだと聞きました」

「せっかく恩人がいらしているのだから他に任せればよろしいでしょうに」

 本音を言えば、彼の責務は済んだのだからゆっくりしてほしい。そして少しでいいから話しがしたかった。だが、彼女がタランテラに着いてからの彼の行動を思い浮かべると、自分との接触を最小限にとどめている様にも感じていた。

「私は避けられているのでしょうか……」

 ふと、漏れ出た言葉にブランドル公夫人はますます眉を顰める。そして出てきた言葉にブランカは目を丸くする。

「あの、ヘタレが」

 首をかしげていると、今度は急にブランカに笑いかけてくる。

「明日、フレア様主催のお茶会がありますの。ブランカ様も良かったら参加なさりませんか?」

 実質の皇妃主宰のお茶会と聞いて二の足を踏む。返答に迷っていると、夫人は柔らかな笑みを浮かべて誘いかける。

「フレア様と親しい方々だけが集まる気楽なお茶会ですから、気兼ねはいりませんのよ」

「私などがお邪魔しても迷惑ではないでしょうか?」

 その様なお茶会ならなおの事迷惑にならないだろうか? ブランカの迷いを見透かしたように、更に言葉が重ねられる。

「ブランカ様がお見えになれば、フレア様もきっとお喜びになりますわ」

 参加するのは夫人の他にワールウェイド公マリーリアやサントリナ公夫人やセシーリア等、フレアとごく親しい女性達らしい。皇都到着の日に行われた晩餐会の和やかな雰囲気と彼女のたおやかな姿を思い出す。彼女なら快く迎えてもらえそうな気がする。

「では、お言葉に甘えて……」

 ブランカが承諾すると夫人は満足そうに頷いた。そしてその場で侍女の1人にフレアへの伝言を命じる。程なくして戻って来たその侍女はフレア直筆の招待状をブランカに差し出した。翌日のお茶会に参加することが正式に決まり、夫人がブランカの部屋へ迎えを送ると約束してその場は別れた。




 翌日、指定された時間にいつも通りの軍の正装を整えて待っていると、約束通り前日も顔を合わせた夫人の侍女が迎えに来てくれた。ブランカの姿に頬を染める姿は故郷のエヴィルでもおなじみの光景で、彼女の案内で北棟に向かう間中、特に女性の視線を感じるのもいつもの事。特に気にすることなく案内に従った。

「ようこそおいで下さいました」

 やがてお茶会が開かれる北棟に到着すると、主催者であるフレアが出迎えてくれた。

「お招きいただきありがとうございます」

 私的なものだと聞いていたので、ブランカは手土産として南国の果物を使ったジャムを持参していた。それを手渡すと彼女は嬉しそうに顔をほころばす。ブレシッドで育った彼女には何よりのお土産だったのかもしれない。

「どうぞこちらに」

 目が見えないとは聞いていたが、それを感じさせない滑らかな動きで客人を部屋に案内する。そこには既に他の客が来ており、ブランカを温かく迎えてくれた。

 前日に夫人から聞いていた通り、お茶会にはフレアのごく親しい女性達だけが出席していた。目が不自由だという彼女の為、身辺には信頼のおける人物しか近づけたくないというエドワルドの方針が徹底されているかららしい。

 そんな中に招き入れられて最初は恐縮していたのだが、家庭的な雰囲気にいつの間にか馴染んでいた。特に武術をたしなむという共通点からマリーリアとは一番長く話をしていたかもしれない。

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