26 罪と罰5

 ベルクの使いを強引に追い返してから数日後、内乱の終結やエドワルドの成婚に皇子の誕生といった数々の慶事と共にベルクの失脚も伝えられた。ああ、誘いに乗らなくて良かったと安堵していたところへ、今度はワールウェイド城から使いが来た。用向きをはっきりとは言わなかったが有無を言わせぬ雰囲気に、仕方なく畑仕事を途中で放り出して同行した。

「呼びつけて申し訳ありません」

 一介の農夫となった自分に城代となったリカルドは頭を下げた。1年前とはまるっきり立場が逆になっていると思うと何だか感慨深いものもある。

 何しろ、あの当時は相手を凡庸な男だと決めつけていた。だが、今ではその隠されていた才覚はエドワルドにも認められ、指名されて着任したワールウェイドの城代をそつなくこなしているのだ。警戒されるのを恐れて隠していたらしいのだが、自分達の目は節穴だったと認めざるを得ない。

「火急な用と伺いましたが?」

「これから皇都へ行って頂きます。理由は道中説明いたします」

「え?」

 あまりにも急すぎて思わず相手の顔を二度見した。何しろこちらに連れて来られたのも急だったので、野良着のままだ。着替えたいが、今の自分にはその着替えすら持っていない。

「そちらに着替えを用意しております。飛竜を待たせておりますので、済みましたら着場へ移動してください」

「は、畑は……」

「手配しますのでご心配なく」

「……」

 理由を付けて拒否しようにもそのことごとくを先回りして潰される。結局、あれよあれよという間に、ニクラスは飛竜の背に押し上げられていた。

 失脚する前には当たり前の様に飛竜の背に乗せてもらっていたので平気だと思っていたのだが、久しぶりに乗ると妙に早く感じる。しかも今まで通ったこともない渓谷を恐ろしい速さですり抜けていく。本当に急いでいるらしく、ここを通るのが皇都への近道らしい。

 よくよく聞いてみると、ニクラスを迎えに来てくれた竜騎士はシュテファン卿とラウル卿といい、2人ともあの雷光の騎士の部下だった。それを聞けばこの速さも納得できるのだが、農作業をようやくこなせるようになった程度の体にかかる負担は大きかった。ヘロヘロになっているのを見かねて合間に入れてくれた休憩でようやく今回の用向きを教えてもらった。

「元の奥方とご一家がどのような状況でおられるかはお聞き及びですか?」

「多少は」

 一応、ベルクの使者が来たことは村の役人を通じてリカルドに伝えてある。その相手から聞いた話だと注釈して竜騎士2人に伝えると、彼等は呆れたようにため息をついた。

「全く、あの似非えせ神官め」

 悪態は聞かなかったことにして、彼等は詳しい事情を説明してくれた。どうやら元姑は従兄と結託してカーマインに毒を盛ろうとくわだてたらしい。国の財産ともいうべき飛竜に危害を加えようとしたのだ。それならば捕らえられて当然の結果だと納得する。そしてマリーリアの大公就任にいきどおりすぎて倒れ、その看病を元妻等3人の娘がしているのは本当だったらしい。

「問題はここからです。先日マルグレーテ嬢を捕縛しました」

「……何をしたんですか?」

 娘の名が出て来てニクラスは動揺する。

「未遂に終わりましたが、フレア妃に危害を加える計略をリネアリス公の末の御息女、イヴォンヌ嬢と図った罪によるものです」

「な、何だって!」

 告げられた内容が信じられず、ニクラスは叫んでいた。とにかく耐えられないなどと弱音を吐いている場合ではない。事件のあらましを聞き終えると、一刻も早く皇都に行かなければと決意し、休憩を切り上げて飛竜の背に乗った。




 一刻も早く皇都へ行こうと決意したはいいが、竜騎士達が飛竜の能力全開で飛んでくれたおかげで着場に降り立ったニクラスは膝が笑って支えが無ければ1人で立てない状態だった。上司からやりすぎだと注意を受けた竜騎士達に支えられ、一先ず西棟の一室へ案内された。

「急に呼びつけて済まない」

 そこで待っていたのは、夫婦でワールウェイド公の肩書を与えられているアスターだった。

「いえ、この度は本当に申し訳ありませんでした」

 ニクラスは体を支えてもらいながらアスターに頭を下げる。傍から見ると少し滑稽こっけいかもしれないが、本人は至って大まじめだ。

「とにかくお座りください」

 見るに見かねてアスターが席を勧める。ニクラスとしてはすぐに娘の所へ行きたいのだが、高速移動のおかげで如何せん体が言う事を聞かない。焦る気持ちを抑えて素直に応じた。

「大体の事情は聞いていると思いますが、新たに判明した事実がございますので、御報告致します」

 アスターはそう言うと、ニクラスに書類を手渡した。その書類を読み進めていくうちにニクラスは顔が強張こわばってくる。

「使われた薬品はマルグレーテが用意していました。強力な殺鼠剤でしたが、その入れ知恵をしたのが彼女の祖母だと証言しております」

「……」

 拘留中に倒れた元姑は元々幽閉されていた別荘に移されて療養中だった。体だけでなく言葉も不自由になっているのだが、意思の疎通はどうにかできる。イヴォンヌと立てた計略をマルグレーテから聞いた彼女は、往診に来る医師に殺鼠剤を作ってもらう様に助言したらしい。

 その助言に従い、マルグレーテは台所にネズミが出て怖いと言って強力な殺鼠剤を手に入れたのだ。そしてそれがどれくらい効果があるのか確かめるために、イヴォンヌの乳姉妹が被害にあったのだ。

「本当に、どうお詫びしていいのか……」

 稚拙な企みに恥じ入るばかりである。深々と頭を下げるが、アスターはそれを制する。

「フレア様は両名より心からの謝罪を望んでおられます。イヴォンヌはリネアリス公ご夫妻がその身柄を預かって更生させる事が決まっておりますが、マルグレーテをあの幽閉先に戻すのは得策ではありません」

「確かに……」

 マルグレーテはまだ15歳。成人間近とは言えまだ周囲の大人に左右されやすい年頃でもある。彼女を更生させようにもあの元姑がいる限り、今の幽閉先となっている別荘では難しいだろう。

「本来、ご令嬢はニクラス殿に引き取って頂く予定でした。そこでマルグレーテの怪我が回復次第、ワールウェイドに連れて帰って頂きたいのです」

「……」

 ニクラスはすぐに返答できなかった。確かにそうするべきなのだが、現状では無理だろう。それに、今まで娘とまともに接したことが無いので、どうすればいいのか分からない。

「神殿にお預けになるのもやむを得ないと思われますが、フレア様のお話では、預けたきりになさらずに対話を続けていただきたいとのことでした」

「対話……ですか?」

 ニクラスが聞き返すとアスターは困ったようにうなずくが、彼もフレアの言葉を全て理解しているとは言い難いのだろう。

「別荘には明朝お送りする手筈を整えております。部屋を用意させておりますので、今日はこちらでお休みください」

 竜騎士達が頑張ってくれたおかげで日が高いうちに皇都に着いたが、窓の外を見てみると今はもう薄暗くなっている。今から別荘に向かっても着くのは遅い時間になってしまうだろう。

「分かりました。そうさせて頂きます」

 少し休んだおかげで支えがなくても歩けるほど回復していた。ニクラスはアスターに礼を言って立ち上がると、ここへ来るまで体を支えてくれていたラウルとシュテファンに案内されて宿泊する部屋に向かった。

「はぁ……」

 通されたのは上級騎士用の個室。浴室も備え付けられていたので、ニクラスは本当に久しぶりに贅沢に湯を使って体を清め、柔らかい寝台に体を横たえた。考えなければならない事はたくさんあるのだが、移動の疲れからそのまま朝まで寝入っていた。

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