24 罪と罰3

「準備は宜しいですか?」

 セシーリアに問われて神官服のイヴォンヌは小さく「はい」と答えた。顔はヴェールで隠し、襟元の詰まった服装をしているのだが、その隙間からは僅かながらに火傷らしい痕が見え隠れしている。その辺を気にしながら彼女はセシーリアの後に続いて控えの間を出た。

 かつて5大公家の令嬢として、当然の権利の様に足を踏み入れた場所だったが、彼女が本宮内に足を運ぶのは10年ぶりとなった。当時はその豪華さに目を奪われたが、今は本宮全体から感じる荘厳さに圧倒されそうだった。

「こちらでお待ちください」

 彼女が通されたのは皇家の個人的な応接間だった。かつて見たこれ見よがしな豪華さは無いが、使われているものはどれも品の良い物ばかりである。

 こうした物の良し悪しが分かるようになったのはつい最近の事だ。5年前に両親が他界すると、改心する兆しのない自分を持て余した兄姉達には見放されてしまった。娘の結婚を機に本宮を出て郊外の神殿に身を寄せていたセシーリアがその事を知り、自分の元へ呼び寄せてくれたのはその半年後の事である。今は彼女の元でダナシアの教えを学び、自分よりも若い少女達に混ざって日々の務めもこなしながら女神官になる為の勉強に励んでいる。そのおかげで10年前に自分が起こした罪がいかに愚かで自分勝手だったかを理解した。

 先日は10年前に火傷を負わせてしまった当時の乳姉妹から渋々ながら赦しを貰えた。将来有能な文官と結婚した彼女は既に2男1女の母となっており、真っ先に謝罪に訪れたのだが当然すぐには会ってもらえなかった。令嬢自身に外出の制限があるのでそうそう訪れることも出来ない。とにかく手紙を送って謝意を伝え続け、やっと先日直接会って謝罪出来たのだ。まだ完全に許された訳ではないが、内面も様変わりしたのは分かってもらえたので、今後はもう接触しないと言う条件で謝罪を受け入れてくれたのだ。

 セシーリアの元に身を寄せている間にその他の人とは顔を合わせる機会があり、その折に触れて謝罪を行ってきた。昔の自分を良く知っているソフィアやブランドル公夫人などはこころよく許してくれたが、以外にも主を侮辱された形となったルークやオリガは気持ちの整理をつけるのに時間がかかったらしく、謝罪を受け入れてくれるまでに時間がかかった。

 今日はあの事件で狙われた当の本人への謝罪に訪れていた。来月に差し迫った即位10周年の記念式典の準備に忙しい最中なのだが、セシーリアを通じて謝罪をしたいと伝えたところ、快く時間をいてくれたのだ。

「お見えになられます」

 女官の言葉に我に返ると、彼女は立ち上がって頭を下げる。やがて扉が開き、衣擦れの音と供に複数の人物が入って来た。

「顔を上げて下さい」

 やわらかな声をかけられて顔を上げると、正面に黒髪の女性が座っていた。その背後には万が一を警戒しているのか、以前に謝罪したオリガとマリーリアが控えている。だが、そんな2人も目に入らない程、彼女は正面に座る女性に釘付けとなった。

「まるで大母様のような方だ」

 10年前、愚かな企てを犯した直後に父親から聞いた言葉が脳裏を過る。そんなはずは無いと当時の自分は突っぱねた。だが、目の前には正に大母の様に慈愛に満ちた笑みを浮かべる女性がいる。

「皆様に赦して頂けましたか?」

「は……はい」

 微笑みながら問いかけられ、震える声で返事をする。

「辛い罰を与えたかもしれません。私を恨んだのではないですか?」

 フレアの問いかけに彼女はドキリとする。この罰を告げられた時には、愚かな自分には何が悪かったのか理解できなかった。顔に傷を残した自分に追い打ちをかけられたように感じ、逆恨みをして自分を説得しようとしていた父母すら拒絶した。

「はい……愚かにも自分のした事の重大性を理解しておりませんでした。あろうことか皇妃様をお恨みし、自分を憐れんで無為に時を過ごしてしまいました」

 事件から父母が他界する5年の間、何かと話をしようとする彼等を拒み続けた。そうしているうちに風邪をこじらせた2人は相次いで亡くなり、永遠に話をする機会を失ってしまったのだ。看取った姉の話では最後まで自分を気にかけてくれていたと言うのに、それすら受け入れることが出来なかった。

「……本当に、本当に申し訳ありませんでした……」

 彼女はその場に膝をつき、深々と頭を下げた。どう謝罪するか何度も頭の中で反芻はんすうしていた筈なのにその言葉が出てこない。後悔に涙が溢れ出て、その場に泣き崩れた。

「分かって頂けたらいいのです。貴女の謝罪を受け入れます」

 いつの間にかフレアが側に来て泣きじゃくる彼女の背中を優しくさすっていた。それは彼女が落ち着くまで続けられた。そしてようやく涙が治まり、改めて謝罪の言葉を述べると、今後の身の振り方を尋ねられた。

「今後は亡き父母の菩提ぼだいとむらいながらダナシアに仕えたいと思います」

「もう決められたのですね?」

「はい」

 彼女がはっきりとそう答えると、フレアは満足気に頷く。

「そうですか……貴女にダナシアの加護がありますように」

 フレアが祝福の言葉を口にしたところで、ちょうど面会の時間が終わってしまった。忙しいのだろう、迎えに来た女官に促され、フレアは席を立った。

「あの、皇妃様、ありがとうございました」

 改めて礼を言って頭を下げると、フレアは温かな笑みを浮かべて退出していった。


 後に正神官となった彼女は残りの生涯をダナシアに捧げ、リネアリス大公家の霊廟がある神殿を陰ながら守り続けた。




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12時に次話を更新します

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