19 選んだ道は6

 ルークから引き離されたオリガは見知らぬ部屋に連れてこられて途方に暮れていた。侍女と思われる女性陣に囲まれて連れてこられたので、どこをどう通ったのかわからない。泣きそうになっていたところに2人の貴婦人が入ってきた。

「強引に連れて来てごめんなさいね、オリガさん」

 先に声をかけて来たのは半月ほど前にフォルビアで顔合わせをしたブランドル公夫人で、その後ろにはソフィアがいる。自身の後見人の登場にオリガはほとんど条件反射で淑女の礼をとった。

「済まぬが時間がなくての。支度しながら説明いたす」

 訳が分からないうちに控えていた侍女達によって着ていた服を脱がされる。初めて他人にかしずかれて湯を使い、気疲れしたところにクリーム色のドレスが運ばれて来た。

「これからセシーリア妃主催のお茶会があるの。急で悪いのだけど、貴女のお披露目も兼ねて出席してもらうことになったの」

「お茶会ですか?」

「そうじゃ。集まるのはこの国の主要な貴族の奥方。今後も何かと顔を合わせることがあるじゃろうから、そなたが先に覚えておいた方があの方の為にもなろう」

 急に言われてオリガは動揺する。その間に古参の侍女達によって髪を整えられ、化粧をほどこされていく。

「今、皇都でフレア様の悪い噂が流れているのは知っているわね?」

「はい」

 アジュガで休暇中に届いたエドワルドからの手紙でオリガもルークも事情を知り、敬愛する女主の為に何でもしようと皇都に駆け付けたのだ。オリガは表情を引き締め頷いた。

「主催のセシーリア様を始め、実際にフレア様にお会いしたことのあるアルメリア様や私達はもちろん言葉を尽くすつもりですが、間近で接してこられた貴女なら正確な実像をお伝えする事ができるはずです。お茶会の席で貴女の言葉で伝えてください」

 ブランドル公夫人の言葉にオリガはフォルビア出立前に会った女主の姿を思い浮かべる。体調を崩した彼女が心配で休暇を取りやめると伝えたのだが、なかなかない機会だから行って来なさいと逆に説得されてしまったのだ。幸いに熱はすぐに下がり、グロリアにも使えていた古参の侍女達が後を引き受けてくれたので、恋人と楽しい時間を過ごすことが出来た。

「分かりました。精一杯頑張ります」

 敬愛するフレアの為にオリガは覚悟を決めた。その決意に彼女の後見者達は満足してうなずいた。




「はあ……」

 フリルの付いた絹のシャツに豪奢ごうしゃな刺繍がほどこされた上着……着なれない正装に辟易へきえきしながらルークは深いため息をついた。貴族の子弟の間で流行っている最新のものらしいのだが、非常にきらびやかな一方で窮屈極まりない。上流の家庭で育ったユリウスは違和感なく着こなしているが、ルークは何だか道化になった気分である。

「せっかくの男前が台無しだぞ」

「……着替えさせてくれ」

「却下」

「……」

 フレアの悪い噂を打ち消す為、自分で出来る事は何でも引き受けるつもりでいたが、この服装だけは耐えられそうにもない。いつもの竜騎士正装を取り上げてしまった親友に恨みがましい視線を送るが、彼は素知らぬ顔をしている。

「おや、ルーク。そんな顔してどうしたんじゃ?」

 そこへソフィアが姿を現し、仏頂面のルークに首を傾げる。

「ルークはこの服装がお気に召さなかったらしい」

「おや、何が気に入らんのじゃ?」

「……その……あまりにも窮屈でして……竜騎士正装に着替えたいのですが……」

 さすがにソフィアが相手ではルークも文句は言いづらい。それでも言いよどみながらも自分の要望を何とか伝える。

「随分と似合っておるが何故気に入らぬ? そなた達竜騎士は何でも騎士服で済ませようとするからたまには良かろう? いずれエドワルドが国主となれば、そなたは彼を支える寵臣の1人となる。この様な服装も今のうちに慣れておくといい」

 やはり、口では叶わなかった。がっくり肩を落としていると、今度はブランドル公夫人が姿を現す。

「お待たせしました。さあ、ルーク卿、エスコートを頼みますよ」

 彼女は伴っていた若い令嬢をルークの前に連れ出す。彼女は昼間の集まりに相応しく、襟元の詰まったクリーム色のドレスを身に付け、結い上げた豊かな黒髪を白い花とリボンで飾っている。

「オリガ?」

「ルーク……」

 若い恋人たちは互いに見つめあったまま固まる。特にルークは正装した彼女の姿を見るのは初めてで、その美しさについ「綺麗だ」と呟き、見惚れてしまう。

「なかなかお似合いでしてよ。さあ、時間がありませんから、そろそろ参りましょうか」

 ブランドル公夫人に急かされてようやくルークは我に返る。もう服装への不満などどこかに吹き飛んでいた。傍らでユリウスがそんな様子をニヤニヤして眺めているのも目に入らず、促されるままオリガに手を差し出していた。

「行こう」

「はい」

 上品なレースの手袋で覆われた彼女の手が重ねられる。重大な使命を与えられた恋人たちは気を引き締めると、会場に足を向けた。




「疲れたわね」

「ああ」

 お茶会を終えた2人は、用意されていた本宮南棟の客間で着なれない正装を脱ぎ捨ててようやくくつろいでいた。ルークは上半身裸のまま寝台に突っ伏し、彼に勧められて浴室で湯を使い、普段着に袖を通したオリガはその寝台の縁に所在なく座っている。

 ルークが所用で本宮に来る度に用意されている客間だが、疲労困憊ひろうこんぱいしていた2人は同じ部屋に通された事にさしたる疑問も抱かなかった。ユリウスの差し金らしく、2人の荷物も運び込まれ、食事も2人分用意されていた。明朝、オリガには新しい職場となる北棟を案内するとセシーリアが言っていたので、それまではここで心置きなく2人で過ごせと言ってくれているのだろう。

「でも、無事に終わって良かったわ」

「そうだね」

 お茶会は大成功だった。集まった誰もが話を聞きたがり、2人はずっと出席者に囲まれていた。求められるまま、稀有な群青が顕現したエドワルドとフレアの結婚式の話や、嫡子のエルヴィンとお姉さんらしく彼をお世話するコリンシアの様子、そして大陸で最も名高い夫婦の話もした。

 おおむね好意的に受け取られたので彼等の使命は無事に果たしたと言えるのだろう。だが、一度だけ何日も野営を重ねて旅をするのは野蛮だと口を滑らせた夫人がいた。ユリウスの話だと元々グスタフの側についていた貴族の夫人らしい。

「当時の私たちの使命は、追手から逃れ、何が何でも生き延びる事でした。例え野蛮と揶揄されようとも、生き延びなければならなかったのです。それは子供のコリンシア様でもご理解され、旅の間は不満を一切口になされず、更にはそんな状況でも母君を労わり、私達に感謝して下さったのです」

 静かにそして語気を強めて反論したオリガに当の本人だけでなく、その場にいた誰もがたじろいた。そしてソフィアやブランドル公夫人にたしなめられ、彼女はその場を取り繕うように反省めいた言葉を口にした。おそらくはこういった安易な発言の積み重ねがあの噂へと発展していったのだろう。

 その後は主催者のセシーリアが話題を変えてくれたおかげで穏やかにお茶会は終了したのだ。一先ずやれることはやった。短時間で噂が急激に治まるとは考えにくいが、変わるきっかけになってくれればいいと2人は思っていた。

「オリガ」

「どうしたの?」

「今日の……良く似合っていた」

「本当? ブランドル公夫人から頂いたの」

「そうか……」

 オリガはフレアの側仕えの侍女として本宮に上がる為、ティムは将来竜騎士になった時の為にサントリナ公夫妻とブランドル公夫妻が2人の後見を買って出てくれていた。養子としなかったのは本人達の要望を優先してくれた結果である。

 だが、それでも娘の居ないブランドル公夫人は特に喜び、今回の衣装を始め今後のお付き合いに欠かせない衣装を何点も用意してくれていた。ちなみに今回のルークの衣装も彼女の見立てだった。

「ルークも素敵だったわ」

「……窮屈でしょうがない。俺はやっぱり騎士服の方がいい」

 ルークがため息交じりに愚痴るとオリガはクスリと笑う。

「そうね。騎士服を着ている方がルークらしいわ」

「もうあれは着たくないな」

 脱ぎ捨てた正装はソファへ無造作に投げてあった。もう着る事も無いとこの時は思い込んでいたが、ソフィアの予言が当たり、また袖を通す羽目になるのはまだ先の話である。

 突っ伏していたルークは寝台の上でゴロンと転がって仰向けになり、恋人に熱いまなざしを送る。

「……」

 彼が何を求めているのか分かり、オリガは頬を染める。本宮の客間に2人きり。少し躊躇ためらったが、この先恋人とこうしていられるのも限られる。彼女は迷いながらも差し出された手を取ると、彼の胸に引き寄せられた。




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