2 幸運のお守り2

「で、一体お話とは何でしょうか?」

 幸せオーラ全開の2人が揃い、いたたまれなさに拍車がかかる。さっさと用を済ませてしまおうとアレスが問えば、エドワルドは居住まいを正し、懐から封書を取りだしてアレスの前に置いた。

「アレス卿、これを受け取って欲しい」

「何ですか?」

 うながされて開けて見ると、中にあったのはアレスの竜騎士復位を願う嘆願書だった。署名はエドワルドだけでなく、ミハイルを筆頭に今回集まった各国の賓客に大母補のシュザンナや礎の里から来ている賢者の名もある。他にもエドワルドを支えるタランテラの重鎮達の名もあり、アレスはそれを手にしたまま固まる。

「こちらは写しだ。元は既に賢者殿に託してある」

「……どうして?」

 思いがけない展開にアレスは嘆願書の写しを握る手が震える。

「元はと言えば我が国が余計な口出しをした為に君は不遇をこうむった。先のワールウェイド公グスタフの専横を抑えきれなかった我がタランテイル家の失態でもある。幾重に詫びようとも容易に許されるものでは無い。せめてあの訴えを取り下げられないだろうかと昨日の会合で話を出してみたところ、出来なくはないが時間がかかると言われた。5年前の事案の審理をやり直すとなると、結論が出るまでに少なくともその年月と同じくらいはかかると賢者殿に言われてしまった」

 エドワルドはそこで話を切ると、自分の杯に残ったワインで喉を潤す。

「そこで義父上が君に課せられている復位の条件がうやむやになっている事を教えてくれてね。それをはっきりさせて解決した方が速いと話がまとまった」

「だけど、あれは……」

 グスタフと結託した老ベルクが独断で出した条件だった。成功するとは思っていなかったので、帰還したアレスには知らぬ存ぜぬで会おうともしなかった。その対応をしたのが当時老ベルクの補佐をしていた甥のベルクで、これがきっかけで聖域の内情と共にフレアの存在も彼に知られてしまったのだ。

「彼の独断とはいえ賢者の地位にある者が出した約定だ。義父上の話では簡易の証文と証人もいると言う。それならば違えられることは無いと賢者殿が請け負ってくださった。

 今回の事で老ベルクの勢力も衰えているだろうから、手続きの途中で余計な邪魔が入る心配ももう無い。堂々と本来の地位に戻ることが出来る」

「……」

「これが必要なのでしょう?」

 フレアが布の包みを差し出す。開けるとアレスが譲ったあの水晶のような石をはめ込んだ首飾りが入っていた。クーズ山の山頂にある聖なる貴石。持っている者に幸運をもたらしてくれると言うこの石を単独で取りに行くのが竜騎士復位の条件だった。

「この石は私にたくさんの幸福をもたらしてくれたわ。今度はアレスの番よ」

「フレア……」

 しばし呆然として手の中にある石を眺めていた。無事に持ち帰ったはいいが、門前払いをされて幸運をもたらせると言うのは嘘だと思った。捨ててしまおうかとも思ったが、あの時荒んでいた自分は見た目がきれいだからフレアに譲ったのであって、決して姉の幸せを願って譲った訳では無かった。

「今度この国に来る時は、竜騎士として堂々といらっしゃい」

「分かった」

 姉の言葉にうかつにも涙が零れそうになる。それをどうにか我慢してうなずくと、アレスはその石を再び布に包んだ。

「アレス卿、数々の援助をありがとうございました。この国を代表してお礼申し上げる」

 泣きそうなのが気恥ずかしく、アレスが挨拶もそこそこに席を立とうとすると、エドワルドが竜騎士の礼をもって深く頭を下げる。

「よして下さい、義兄上。父も伝えたとは思うが、貴方が姉を手厚く遇して下さったから、その……」

「グスタフがした事で我が国を恨んでいらしたと伺った。それでもこの国に尽力して下さった。特に冬の間に頂いた有益な情報は本当に助かった。本当にありがとう」

「……俺にとって姉は掛け替えのない存在だ。そんな姉があなたと結婚したと聞いて正直ショックを受けました。けれども彼女があなたを慕って泣き、コリンやオリガ、ティムに接して悪い人間ばかりではないと気付きました。悪いのは一握り。当初はそう割り切って動いていましたが、半年経った今は愛着すら感じます」

 アレスの言葉にエドワルドは嬉しそうに相貌を崩した。

「貴公にそう言って頂けると嬉しいものだな。先程フレアも言った様に、今度は堂々ときてゆっくり滞在して欲しい」

「はい、ありがとうございます」

 2人はしっかりと握手を交わし、フレアはそのやり取りを微笑みながら聞いていた。

「それでは、俺はこれで」

 思った以上に長く話し込んでいた。これ以上新婚の2人の邪魔をしてはいけない。アレスは2人に改めて頭を下げると、そそくさと城主の部屋を退出する。




 明かりを落とした廊下には月の光が差し込んでいた。アレスは包みを開け、月光を虹色に乱反射させる石を眺める。

「復位できるのか……」

 竜騎士の資格を取り戻せる。正直、今までも竜騎士と変わらない仕事をしてきたので、あの村にいる限りやる事は変わらないのだろう。それでもその事実はアレスの心を浮き立たせていた。

「お前のおかげなのか?」

 フレアも今の幸せを手にするまでには随分と回り道をした。もしかしたらそのためにはその回り道が必要だったのかもしれない。あの時の荒んだ気持ちではこうは思えなかっただろう。

 アレスはもう一度石を月光にかざしてみると、また丁寧に布に包んで懐にしまう。こうしてまた自分の手元に戻ってきた。この石がもたらすと言う幸運を少しは信じてみても悪くは無いと彼は思った。




 秋……エドワルドの国主就任式に訪れたアレスの胸には上級竜騎士の身分を示す記章が誇らしげに光っていた。



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12時に閑話を更新します。



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