194 奢る者の末路2

 シュザンナがかたわらにいるミハイルに重々しく一瞥すると、彼は所持していた書類の束をベルクに付きつけた。

「これはそなたの指示を仰いでいた者達を尋問した調書だ。ラグラスの下から解放されたロイス神官長を静養という建前の元、監禁していたと証言している。特にここを統括していた者は、弱っていた神官長を確実に始末するよう、そなたに命じられたと言っておる」

「そんなのデタラメに決まっておる。大方、そこにおる聖域の面汚しどもがでっち上げたに違いない。いくら養い子だからと言って、そんな戯言を信じるとはプルメリアの首座殿も落ちぶれたものよ。まあ、元は言えば忌むべき反逆者の血を引く身。似た者同士が寄ってたかってワシをおとしめようとしているに違いない」

 突き付けられた証拠にも動じず、感心するほど図太い神経で言い放つベルクにその場にいた誰もが怒りを覚える。だが、言われた当の本人は口元に笑みをたたえ、ちらりとアレスに視線を移す。

「証拠がないと言いたいようだが、ここに2通の書状がある。あんたがお抱え医師に宛てた物とその返答だ。内容はロイス神官長に与える薬について書かれているが、いずれも弱っている人間に投与するには危険なものだ。中には明らかに毒性が強い物もある」

「そなたがねつ造したのであろう」

 アレスが出した書状にはベルクの署名が入っていたが、それでもベルクは自ら罪を認めようとはしない。このまま押し問答を繰り返したところで話は進まない。エドワルドは打ち合わせ通り、傍らにいるシュザンナに深く頭を下げて請願する。

「大母補シュザンナ様。このままではロイス神官長も浮かばれません。大恩あるあの方の為にも、真相を暴きたいと思います。幸いにも各国より国主の意を受けた方々がお揃いですので、臨時の国主会議を開き、審理の申請を行いたいと思います」

「な……。審理を受けるのはお前だ! ダナシアの教えに背き、武力をもってタランテラの国主となるゲオルグ様と正当なフォルビアの大公を排除したのだ」

 ベルクはエドワルドを差して糾弾するが、それに同意する者は1人もいなかった。一同からはただ、冷たい視線が向けられる。

「既にその審理は無効となった。エドワルド殿下に対する脅迫行為もあるが、1年前の内乱は元はといえば奴が武力で殿下を亡き者にしようとしたことが発端となっている。それにより、この件の訴えは却下となった」

「ワシは知らんぞ、そんな事……。何故、何故だ……」

 呆然と呟くベルクをよそに、各国の重鎮達は揃ってシュザンナに頭を下げて国主会議の開催に同意を示す。

「我らに異論はございません。国主会議の開催に同意いたします」

「この場にはおられないが、エルニア、ヴェネサスの両国主からは我らに一任する旨を頂いております。国主会議の開催をお認め頂けますか?」

 ミハイルは言付かっている委任状をシュザンナに差し出すと、彼女はそれに目を通して重々しくうなずく。

「よい。国主会議の開催を認める」

 シュザンナが下した判断に腹をたて、ベルクは忌々しげにエドワルドを睨みつける。だが、それを全く意に介さずに受け流した。

「準備は整っております」

 ルイスは配下の竜騎士の立場を崩さずミハイルに報告する。

「それでは方々、着席を願います」

ミハイルはシュザンナを正面の席に案内し、各国の重鎮は寝台を囲むように配置された椅子に座っていく。そしてアレスはガスパルに掴みかかったまま動けないでいるベルクをそのまま横たえるよう指示を与える。だが、ベルクは不敵な笑みを浮かべている。

「良い気になるな。そなたの大事なものがどうなっているか知りたくはないか?」

 大事なものが何かはすぐに察しが付くが、この期に及んでまだそんな事を言っているベルクに呆れるしかない。アレスが盛大な溜息をつくと同時に、痛まない様に配慮してベルクを横たえていたガスパルが少しだけ強引にその体勢を変えてやる。

「うっ、ぐあぁぁ」

 言葉にならない悲鳴を上げるベルクに、各国の代表は失笑し、エドワルドは肩をすくめ、アレスは呆れたように見下ろす。

「バカだな、あんた。大事なもんがいるのに何も対策をせずに俺が村を空けると思うか?」

「な……」

 アレスはそれ以上何も言わず、寝台から離れて自分の席に着いた。

 向かって正面に座る賢者とシュザンナが進行役の審理官長を務める事となる。その左右に分かれてミハイルを筆頭とした各国の代表が並び、一番若輩となるエドワルドがその末席に着いた。

 寝台は審理の対象となる者が着く場所に置かれており、ギックリ腰で身動きもままならないベルクが寝転がらされていた。加えて皆は審理の場に相応しく正装を纏っているのに、彼は寝巻のままで1人みすぼらしく見える。その屈辱感に彼は歯ぎしりをする。

「ただ今より審理を執り行う」

 全員が着席し、準備が整うと進行役を務める賢者が重々しく宣言する。

「ベルク・ディ・カルネイロ、犯した罪を神妙に白状し、悔い改めるのであれば、ダナシア様の御慈悲が賜れるであろう。嘘偽りなく証言すると誓うか?」

 審理の冒頭に行われる宣誓の常套句なのだが、まだこの審理に納得のいかないベルクはこれを無視し、末席にいるエドワルドを指さす。

「ワシは納得がいかん。責められるべきはあの男であろう。フォルビアのみならず皇都も武力によって制圧したのだ。しかもだ、ありもしない持病をでっち上げ、邪魔なグスタフ殿を弑逆し、そして己の即位の障害となると言う理由だけで無実のゲオルグ殿下を投獄したのだ」

 寝台に横になったままだが、ベルクは勝ち誇った表情でエドワルドを糾弾する。

「更には繁殖用の飛竜を勝手に流用し、全ての罪をグスタフ殿とマルモア正神殿の元神官長に擦り付けた。そして身勝手極まりない見解を振りかざし、本来は神殿で管理するべき繁殖雌竜を返却せず、その秩序を乱したのだ」

知らない間にフレアがエドワルドと夫婦になっていた事を知り、怒り狂った彼はエドワルドに対抗心を燃やしていた。その執念で彼を貶める材料をかき集め、糾弾する日を心待ちにしていた。予定していた筋書きからは少々ずれてしまったが、それでも絶好の機会を得たベルクは次々と持論を展開していく。

「そもそもフレア殿の窮地を助けたと言っていたが、それすらも怪しい。記憶が無いのをいいことに、己に都合のいいことを並べ立てて信じ込ませたに違いない。それで恩を着せ、強引に婚姻を承諾させたのであろう。そもそも偽名による署名は無効だ。よって婚姻も、グロリア殿が残した遺言も効力がなく、フォルビア大公は親族の中で最も濃い血を受け継ぐラグラス殿となる」

 熱のこもった弁舌をまくしたてるように披露し、気が済んだ頃にはベルクは息が切れていた。だが、これでエドワルドを貶める事には成功した筈だ。

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