195 奢る者の末路3

「言いたい事は終わったか?」

 同意を得ようと室内を見渡すが、返って来たのはミハイルの冷ややかな一言だけだった。戸惑うベルクに今度はエドワルドが声をかける。

「ご立派な弁舌だったが、一つお尋ねしたい」

「な、何だ?」

「私が我妻の本名を知ったのはつい先日の事なのだが、貴公はいかにして我妻の本名がフレアだと知り得たのかお教えいただきたい」

「それは……」

「確かに、それは私も知りたい。我らは娘の安全を考慮し、娘の帰還を一切公表しなかった。当方に漏れがあった事になる故、その原因究明に役立てたい」

「……」

 ベルクは返答に窮してしまった。それはラグラス発案によるラトリ村襲撃の報告で知ったからだ。しかも襲撃はラグラスの独断で行った事になっており、自分はかかわっていない事になっている。

「つれてきなさい」

 黙り込んだベルクを後目に、ミハイルは入り口の側に立っていた竜騎士達に命じる。すると彼等は扉を開けると、その外側で待っていた人物に声をかける。

「な……に……」

 大きく開いた扉から最初に部屋に入って来たのは2人の女性だった。その顔を見たベルクは驚愕のあまりその場に凍りつく。入って来たのはアリシアに手を引かれたフレアだった。静々と会場を進み、彼女はあろうことかエドワルドの隣に着席し、アリシアは当然の様にミハイルの隣に座った。オットーによって身柄を確保されている筈の彼女が現れ、ベルクは著しく動揺する。

 更には慌ただしい足音と共に、拘束された5人の男が連れて来られる。皆、ベルクが良く知っている男達だった。情報の拠点としていた小神殿の責任者にラグラスの見張りに付けていた男、先行させた部下もいるし、彼女を迎えに行ったはずのオットーもいる。そしてあろうことか、あの薬草園を任せていた部下もいた。彼等はバツが悪そうにベルクから視線を逸らす。

「何故……」

 ベルクが固まっている間に最後に入室してきた赤毛の若者が審理官長を務める賢者の前にひざまずく。

「ゲオルグと申します。発言をお許しいただけますか?」

「良かろう」

 予定のない行動に一同は怪訝そうな表情を浮かべるが、賢者は快く承諾する。

「ベルクによって叔父上にかけられた嫌疑を晴らしたいと思います」

「ゲオルグ、止めなさい」

慌てたエドワルドは彼を制するが、意を決したゲオルグはそれを無視して口を開く。

「本宮が叔父上達によって解放された日、祖父グスタフを手にかけたのはこの私です」

 ゲオルグの告白に一同は思わず息を飲む。

「私は……私は、母の不義によって出来た子で、皇家の血を引いていなかった事実を祖父グスタフによって隠匿されていました。可愛がって頂いていたと思っていたのに、祖父にとって私は手駒の1つに過ぎなかったのです。それを知った私が逆上して祖父をこの手にかけたのです」

 一語一句選ぶように話す彼の言葉に室内は水を打ったように静まり返る。もしかしたら、話す内容はあの場にもいたウォルフに相談したのかもしれない。

「叔父上は私を慮ってその事実を伏せて下さったのです。彼に非は有りません。その件で罪に問われなければならないのは私です」

 ゲオルグは跪いた状態で両手を床につき深く頭を下げた。

「あい分かった。審理とは切り離し、後ほど事実確認をさせてもらう。それで良いな?」

「はい、ありがとうございます」

 審理の対象とはならないと言質を貰い、ゲオルグは再度頭を下げる。そんな彼をようやく自分を取り戻したベルクは忌々しげに睨みつける。

「余計な事を……」

「ベルク・ディ・カルネイロ、言葉を慎むがよい。神聖な審理の場で宣誓すら怠り、あろうことか他者をおとしめ、進行を妨げるとは何事か? ダナシアに仕える資格なしと判断し、今、この時より高神官の地位及び敬称を剥奪する」

 ベルクの態度に我慢が出来なくなり、シュザンナは立ち上がるとそう言い渡す。今の彼女は大母の代理として全権を与えられている。それは大母の決定として認められる。

「お、お待ちください、シュザンナ様」

 さすがのベルクもこれには狼狽する。更に言い募ろうとするが、腰の痛みから動くこともできない。

「発言の許可はしておらぬ! よいか、ベルク。最初、アリシア様からお話があった時は、そなたを信じ、我もすぐには彼女の話を信じなかった。だが、我らは見たのじゃ。タルカナのあの夜会で、配られた物の中身を」

「……」

「先のワールウェイド公グスタフと共謀し、領内で栽培した禁止薬物の密売。いくら否定しようとも、それに関わったロイス神官長を口封じの為に殺害したのは明白じゃ。更には逃亡したラグラスと通じ、資金を提供した事によりタランテラ国内の混乱を増長させた」

「元々は聖域の外れにある難民の集落でそれを栽培していた。移転に伴い、これらの集落を盗賊の襲撃に見せかけて壊滅させ、一部の専任の農夫を除いて殺害された。

 そなたには知らされていなかったようだが、フレアはこれに巻き込まれて行方不明になったのだぞ」

「な……んだと……」

 続くミハイルの言葉にベルクは愕然となる。

「その場に居合わせた彼女に気付いたオットーが、回収したあの薬草の種と共に拉致したあの子をワールウェイド領に連れ去った。だが、妖魔に遭遇したこいつらは、フレアを見捨てて逃亡した。おそらくフレアは妖魔から逃げる間に頭を打って記憶を失い、そして当てもなくさまよっている所を殿下に助けて頂いたのだろう」

 初めて知らされる真実に最早ベルクは帰す言葉も無かった。

「余罪はまだ有る。だが、これらだけでも極刑に値する」

 シュザンナの父親でもあるタルカナの宰相が続けて口を開く。

「既にカルネイロ商会は差し押さえ、そなたが所有する財産もすべて没収した。かかわりのあった者達も全て捕え、罪に応じて処断していく」

 知らない間に身ぐるみを剥がされていた。守銭奴の彼には全財産の没収は相当堪えるようで、今にも卒倒しそうだった。

「里では今頃、そなたの伯父も糾弾されている頃合いだろう」

「ベルクをダムート島の監獄に収監せよ。余罪を全て明らかにしてから刑を言い渡す」

 一通りの報告が済み、最後に審理官長を務める賢者がそう締めくくった。

 ダムート島は礎の里の沖にある孤島で、重大な罪を犯した者が収監される監獄だけがぽつんと建っている。余罪を残さず調べるにはおそらく1年や2年では足りないだろう。今は他に収監されている囚人はいないので、ベルクは1人でその島で生活する事になる。

「嘘だ……嘘だ……」

 竜騎士達に連れ出される間も蒼白な顔をしたベルクは現実を逃避するかのようにそう呟き続けた。

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