192 最後の仕上げ7

 ワールウェイド領の薬草園にも立ち寄った大母補シュザンナとアリシアがフォルビア正神殿に到着したのは昼前だった。それからほどなくしてエヴィルの国主と共にタルカナの宰相も到着し、会議の開始は昼過ぎとなった。

 会議の場となる広間には大きな円卓が置かれ、それを囲むようにして各国の代表の席が設けられている。エドワルドはフレアと共に各国の代表に挨拶を済ませると用意された席に着いた。

 実は、化粧で隠しているが、フレアの目元はわずかに赤くなっている。用意された部屋で家族と寛いでいた彼等をアスターが妻のマリーリア伴って呼びに来たため、再会を喜んで感極まり、思わず泣いてしまったためだった。彼女と同様目を腫らしたマリーリアは、護衛として部屋に残してきたコリンシアとエルヴィンの面倒を見てくれている。

「では、始めようか」

 ミハイルが進行役となり、まずはアレスがベルクの行状を報告する。グスタフと結託し、ハルベルト暗殺の関与とワールウェイド領の薬草園での違法薬物の栽培。更には逆賊ラグラスの逃亡に手を貸すにとどまらず、資金提供をしてタランテラの混乱を長引かせた事実にエドワルドは改めて怒りを覚えた。

「また、ラグラスの側近オットーを取り調べて分かった事ですが、彼等は元々聖域に住み着いていた難民をそそのかしてそれらの薬物を栽培させていました。ワールウェイド領の薬草園が完成したことにより、そちらを順次破棄して移転する計画だったようです。住民は全て殺され、建物はことごとく破壊されて証拠の隠滅を図っていました」

 あまりのむごさに言葉を失う。エドワルドだけでなく、集まった各国の代表全員があまりにも非道な行為に絶句していた。

「エヴィルから手配されていた盗賊の横行により、そういった集落の1つが壊滅的な被害を受けました。すぐに移転するには準備が間に合わず、どこかで仮にそこで栽培していた分を作る必要に迫られていました。寒さに弱いその薬草をこの北の地で育てるには温室が不可欠で、そこで目を付けたのがフォルビア正神殿でした。

 当時神官長だったロイス高神官には里からの命だと偽り、作られるものが『名もなき魔薬』とも知らせずに彼等はこの神殿の温室を強引に押さえました」

「里の公文書を全て調べたが、そのような命令は出ていない。すべてベルクの独断である」

 アレスの報告に賢者が補足する。彼は他の反カルネイロ派の賢者や高神官達と協力して調べ上げていた。里に残った他の仲間は大母と共にベルクの伯父の老ベルク賢者を糾弾する事となっている。

「後にロイス神官長は薬物の正体に気付きましたが、それを逆手に取られてラグラス逃亡に利用され、始末されました。ベルクによる事細かな命令書も残っています。

 更に薬草園では思考を鈍らせる薬を用い、飛竜を意のままに操る研究が行われていました。手始めに小竜で実験を繰り返し、昨年は幼竜がその対象となって命を落としています」

「恐ろしい事を……」

 そう呟いたのは自身も竜騎士であるガウラの王弟だった。他の代表者達も一様に顔をしかめている。一般的に妖魔討伐の欠かせない仲間として認識されている飛竜にそんな扱いをするのは到底信じられない所業だった。

「その薬がらみでこちらからも報告がある」

 続けて立ち上がったのはエヴィルの国主だった。アレスは彼に譲り、一旦席に着いた。

「先日、ここ数年横行していた海賊の壊滅に成功しました。裏でカルネイロ商会と手を組み、価格操作にも手を貸していたようです。そして拿捕した船員や護衛にカルネイロが融通していた薬物を使って思考を奪い、自らの戦力としていたようです。

 昨年、ハルベルト殿下の船が襲われた折にも生き残った護衛にこの薬は使われました。竜騎士だからと通常よりも多く薬を使われ、多くの者が命を落とし、生き残った者のほとんどが再起不能となっています」

 エヴィルの国主の報告に護衛として控えて居たエルフレートは怒りを抑える様に拳をグッと握り込んだ。

「タルカナではベルクの屋敷を差し押さえ、調査を進めております。全てを明るみにするのはまだ時間がかかりますが、『名もなき魔薬』の取引先を最優先で割り出しております」

 今度はベルクのお膝元タルカナの宰相が立ち上がる。ガスパルの情報から裏取引の帳簿の隠し場所まで分かっていたので、労することなく資料は集まった。しかし、その膨大な資料を解析終えるにはまだまだ時間はかかりそうだ。

「それにしてもきりがないの」

 次々明るみになる悪事にダーバの隠居は呆れて呟く。

「確かに全ての罪を明らかにするのも重要だが、今はそればかりに時間をかけるべきではない。今分かっているだけでもその資格は十分剥奪できると思いますが、如何でしょうか?」

 ミハイルの問いかけに一同はうなずく。本来であれば全てを明らかにしたうえで処罰を決めるのだが、罪が多すぎてそれが一体いつになるか見当もつかない。ならば、ベルクから一先ず全ての権限をはく奪し、それからじっくりと時間をかけて検証して改めて最終的な処罰を決めようと話はまとまった。

「ベルクはいつまで眠らせておけるのか?」

「そうですね……明日の朝までが限界でしょうか」

 シュザンナの問いにアレスは思案してから答える。延ばせなくはないが、年も年だし体に負担がかかるのでやめておいた方がいいだろう。

「あれが動けるようになるまで待つのも面倒。と、なるとこちらが移動するしかないか」

 借りの処罰を与えるにしても形式は必要である。その罪が明らかになった今、あの男から一刻も早くその身分をはく奪したいところだ。

「なんか、それも面倒じゃのう」

「確かにそうだな。なら、寝ている間につれてくるか」

 面倒くさがっている場合じゃないのだが、ミハイルはそれをたしなめることはせずに意地悪な笑みを浮かべて賛同した。

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