191 最後の仕上げ6

 船員達にはこの船でこのままフォルビアに向かうよう言い置き、一行は飛竜でフォルビアに向かった。忘れてはならない大事な荷物はディエゴのパートナーに括り付けてある。

「城に寄りますので、先に戻って下さい」

 準備を整えると、アスターはディエゴやオスカーに後を任せてワールウェイドの城に向かった。やはり朗報は直接妻に伝えたかった。エドワルドの妻子の帰還に嫡子の誕生。逸る心を抑えて城に向かう。

「アスター」

 城の着場に着くなり、マリーリアが駆け寄ってくる。伝えられる情報が限られていた中で、突然アスターが単騎で戻って来たので驚いたのだろう。もしかしたら悪い予感がしているのかもしれない。ファルクレインの背からもどかしげに飛び降りると、アスターは駆け寄ってきたマリーリアを抱きしめた。

「ただいま、と言いたいがすぐにまた出なければならない」

「何か……あったの?」

 案の定、悪い方に考えているようだ。そんな彼女の額にアスターは口づけると、安心させる様に笑いかける。

「朗報だ。皆にも知らせたい」

 とたんにマリーリアの表情が明るくなる。アスターは内心、コロコロ変わる表情に見ていて飽きないなと惚気たことを思う。だが、とにかく時間が惜しい。ファルクレインの装具は外さない様、係員に命じ、妻を伴い足早に城の中へ入っていく。

「ねぇ、何があったの?」

「……まだ秘密だ」

「教えてよ」

 せがむ彼女も愛おしい。だが、あまり焦らすと怒り出すので、アスターはそっと耳打ちする。

「奥方様と姫様がお戻りになられた」

「……本当に?」

 マリーリアは目を見開いて夫を見上げる。

「嘘を言ってどうする?」

「それは……そうだけど……」

 そんな会話を交わしながら2人は執務室に向かう。既にリカルドとエルフレート、そしてワールウェイド領に駐留している第2、第5騎士団の指揮官も揃っていた。すぐに戻らないといけないアスターは単刀直入に話を切り出す。

「昨夜、ラグラスの捕縛に成功した。立て籠もっていた砦も無効化し、現在はフォルビア騎士団と傭兵団が共同で管理している」

 万全を期していたが、何を考えているのか分からない相手である。何が起こるか分からない状態だったのだが、結局はラグラス側の自滅という形でけりがつき、最悪の事態は回避できた。安心した一同はホッと胸を撫で下ろす。

「更に朗報がある」

 もったいぶる時間すら惜しい。アスターはフレアとコリンシアの帰還に始まり、皇子エルヴィンの誕生にフレアの養父母の正体……。この半日の間に知り得た情報を次々と披露していく。一同はただ唖然としてそれらの話を聞くしかない。

「あのブレシッド公のご息女だったなんて……」

「今、シュザンナ様をお迎えに上がったのだが、アリシア妃が同行しておられた。最強の番が揃うぞ」

 行われるはずだった審理は既に無効となっていて逆にベルクが罪に問われ、その立ち会いの為に各国から国主級の賓客が揃っていると言うありさまだった。決して無能では無い彼等も正直、頭の中の整理が追いついて来ない。

「先方のお計らいで全てに決着がついたら、殿下と奥方様の婚礼を行う事になった。但し、事前に話をすれば固辞されると思うので、未だお2人には内密にしてある。

 皇都へはルークが飛び、表向きは先方との話し合いの補佐としてサントリナ公ご夫妻をお呼びする事になっている。その護衛におそらくサントリナ家か第4大隊の竜騎士が駆り出されると思われるので、第2騎士団は皇都の警護に回し、第5騎士団は全てが終わるまではこのまま待機となった」

 最後に決定事項を通達する。さすがにいつまでも呆けて入られない。領騎士団の指揮官はアスターに敬礼して命令を受けた。但し、皇都へ戻る事となった第2騎士団の指揮官は少しだけ残念そうにしていた。

「エヴィルからはどなたがいらっしゃるのでしょうか?」

 エヴィルに恩のあるエルフレートには気になるところらしい。だが、未だに誰が来るのかはミハイルにも分かっていないらしいので、素直にそう答える。

「先方もまだ分からないと言っておられた。彼等の話では、カルネイロと取引のある海賊を討伐しているらしい。その目途がある程度ついてから来ると言われている」

「そうですか……」

 アスターの返答にエルフレートはしばし考え込んでいたが、何かを決心したように顔を上げる。

「私も同行させてください。エヴィルの方に直接会ってお礼を申し上げたいと思います」

「構わないが、ここはどうするか……」

 エルフレートの気持ちは理解できるので出来る限り希望をかなえてやりたいが、彼が抜けるとワールウェイド騎士団をまとめる者が居なくなってしまう。アスターが思案していると、リカルドが横から口を挟む。

「最大の懸念も払しょくされたので難しい案件もそう起らないでしょう。短期間であれば私が預かりましょう」

「頼めるか?」

「はい」

「ありがとうございます」

 話はまとまった。解散と同時にエルフレートと移動となる第2騎士団はすぐに準備に取り掛かる。

「君はどうする?」

 部屋を出て行く彼等を見送ると、アスターは傍らの妻に問う。すると彼女はまた驚いた様に夫を見上げる。

「行っていいの?」

「奥方様や姫様のお側を守る護衛が必要だ。女性であるのが望ましい。君が適任だと思うのだが?」

「勿論行くわ!」

 マリーリアに迷いはなく、即答だった。そしてすぐに準備をすると言って執務室を飛び出していく。アスターは苦笑すると、後の事をリカルドに任せ、自分も後を追う様に出て行く。

 ほどなくして準備が整い、飛竜が城を飛び立っていく。前日の鬼気迫るような緊迫感は無い。城全体に伝わった朗報に沸き起こる歓声に後押しされ、彼等はフォルビアに向けて飛び立った。




 初夏に咲き誇る花々を集めた花束をエドワルドはグロリアの墓にそっと供え、その隣にコリンシアが自分で作った花冠を添える。傍らには妻のフレアが息子を腕に抱いたまま跪き、背後に控えるオリガとティムの姉弟はその場で跪いて祈りを捧げている。

マーデ村の本陣を引き払い、新たな神官長となったトビアスを始めとした神官達に出迎えられてフォルビア正神殿に到着したのはつい先ほどだった。ミハイルが招集したエヴィルとタルカナからの見届け役も、シュザンナを迎えに一足早くマーデ村を出立したアスターもまだ戻っておらず、全員が揃うまでは家族と過ごす事となったのだが、彼等は真先にグロリアの墓に参っていた。

「おばば様、コリンは7歳になりました。おばば様の名前を頂きました。大人になったらおばば様みたいに、立派な女大公になるね」

 コリンシアの呟きが聞こえてくる。成長した喜びと共に、知らない間になんだか大人びてしまった一抹の寂しさを感じる。

「お母様……」

 フレアは帰国とエルヴィンの誕生を報告しているようだ。あまり周囲にばかり気を取られているので、「そなたは何か言うことは無いのか」とグロリアは怒っているかもしれない。エドワルドは居住まいを正すと、深々と頭を下げて彼女が愛したフォルビアのみならず、タランテラに混乱をもたらしてしまった謝罪をした。そしてラグラスを捕らえ、今回の内乱の大元になったベルクも程なく罰せられるだろうと報告した。

「殿下、そろそろ……」

 自ら案内してくれたトビアスが遠慮がちに声をかけて来る。確かに空いた時間であるが、ここにばかりかけてもいられない。エドワルドはもう一度故人に頭を下げると、妻子を促して霊廟を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る