179 悪夢の終焉4

 マーデ村に設営された本陣で開かれた軍議の席に主だった竜騎士が集まった。エドワルドの補佐として率いてきた第1騎士団を束ねるアスターにフォルビア総督も兼ねるヒース、第3騎士団を束ねるリーガスや第2、第5、第7騎士団の団長にクレストやルークといった団長の補佐役も揃い、実に壮観な眺めだった。

 その彼等が興奮を抑えきれない様子で熱い視線を送る先には、エドワルドに手を引かれて静々と進むフレアと軍議に参加するアレスとルイスの姿があった。

 エドワルドの妻子の帰還に皇子の誕生といった慶事はルークによっていち早く伝えられ、フレア達はつい先ほど本陣に駐留中の竜騎士達によって熱狂的に迎えられた。ヒースはエドワルドの天幕代わりに用意していた旧村長の家で軍議を開くつもりでいたのだが、そこを彼の妻子が休める様に急遽整えたので、軍議の会場を自分の天幕に変更していた。

 子供達は女性陣と共にすぐに村長の家に案内され、さすがに疲れたのかすぐに寝入ってしまっていた。そこで後をオリガや乳母役の女性に任せ、フレアは軍議に出席する事になったのだ。

「先ずは改めて紹介しよう。彼女が我妻フレア・ローザだ。こちらにいる間は叔母上によって名付けられたフロリエと名乗っていたが、この1年の間に記憶を取り戻したそうだ」

 エドワルドは上座に着くと、隣に座る妻を一同に紹介した。初めて会う者もいるし、何よりも彼女が記憶を取り戻したことを知らしめておくことが必要だった。少し興奮気味のルルーを宥めつつ、「フレアと申します」と静かに頭を下げた。

「こちらにおられるのは彼女のご親族で、聖域の竜騎士方を束ねておられるアレス卿とブレシッド家のルイス卿だ。アレス卿を筆頭に聖域の竜騎士方には今までも陰ながらにご助力を下さっている。今回は彼女達の護衛の他、ラグラス捕縛にもお力を貸して頂く事となった」

 2人は立ち上がり、一同に短く名乗って頭を下げた。さすがに紅蓮の公子と異名を持つルイスの名は知られているらしく、僅かながらにどよめきが起きる。それでも彼等は沸き起こる好奇心を抑えた。今は一刻も早く逃げたラグラスを捕縛するのが急務だからだ。

「現状を報告してくれ」

「かしこまりました」

 先にルークが立ち上がり、砦への突入時の状況を報告する。

「暴動が起きたと知らせが来たのは昼過ぎでした。私とジグムント卿率いる傭兵団が突入して制圧は速やかに行われましたが、残念ながらラグラスは逃げた後でした。心配されていた人質ですが、ジグムント卿の報告では秋ごろから奴らの食事の世話の為に雇われていた女性でした」

「その方にお怪我は?」

 フレアが心配そうに尋ねると、ルークは苦笑して応える。

「怪我も無く、乱暴に扱われた様子も無いと報告を受けています。年配の女性ですが、我々に要求を突き付けた時にはかつらを被っていたようです。なかなかしたたかな女性で、食料が尽きかけても自分の分はしっかり確保していたとか。今はまだ、砦に留まってもらっています」

「そう……。ありがとう、続けて下さい」

 ルークの報告にフレアは安堵する。1年前と変わらない優しい心象にエドワルド達は本当に彼女が戻って来たのだと実感して顔をほころばせた。

 しかし、未だ問題が解決していないので、すぐに気を引き締める。そして今度はヒースが立ち上がり、中央のテーブルにフォルビアの地図を広げた。それにはいくつもの紙片が止めてあり、書かれている数字からその土地に派遣した騎馬兵の数だと分かる。更には主要な街道だけでなく、あぜ道のような農道のどの位置を封鎖したかも記入され、砦を中心に二重三重の包囲網が完成していた。

「暴動が起こる前にはこの外苑への配置はほぼ完了しておりました。ですからここより外へは抜け出てはいません。現在はこの外苑から砦に向けて騎馬兵中心の部隊が捜索しております」

「そうか」

 ヒースがフォルビア総督に着任して以来、この日が来るのを想定して練りに練ったその計画はエドワルドが今更口を挟む隙もない程緻密だった。そして覗き込んでいたアレスとルイスは「これは真似できないな」と思わず呟いていた。

「制圧した砦は現在、ジグムント卿率いる傭兵部隊とフォルビア騎士団の一部が駐留し、事後処理と管理にあたっております。現在の所、ラグラスが戻ってくる気配は無いようです。

 捜索の範囲は狭められ、ラグラスの手勢はこちらとこちらにある準神殿のどちらか、或いはこの近辺にある農機具小屋に身を潜めていると予測しております。増援も来ましたので、この一帯を重点的に捜索する部隊も編成し、既に活動を開始しております。

 離脱した者の話では、不摂生を重ねたラグラスは相当肥え太っているとか。長時間の移動だけでなく、木々が生い茂った森の中にあるような獣道は通るのも困難なのではないかと思われます」

「奴の手勢の総数は分かるか?」

「はっきりとした数字は分かっておりませんが、離脱者の証言によると多くても30。2ケタいるかどうかとも言われております」

 ヒースの返答にエドワルドは少し考え込む。

「少人数になるとかえって発見が難しくなる。別働隊の数を増やして捜索を急がせよ。ベルク準賢者がこちらに着く前にケリを付ける」

「かしこまりました。第3大隊に要請します」

 アスターが答え、視線を第3大隊の隊長に向けると、彼は頭を下げて天幕を出て行った。

「ベルク準賢者はいつごろ着くか予測がつきますか、アレス卿」

 彼が率いる聖域の神殿騎士団の狙いはベルクの失脚である。当然、その動向も把握しているだろうと予測してエドワルドが尋ねると、アレスは端的に「明日だ」と答える。

「着くのは夕刻の予定だが、ラグラスが殿下を脅迫した事実を耳にしております。早まる可能性もあります」

「そうか。ならばなおの事、今夜中に決着をつけねばな」

 元来、審理の申し立ては国家間の問題がこじれる前に礎の里が間に入って公平に解決する為に行われる物である。今回のラグラスの様に、言いがかりとしか言いようのない申し立てでは受理される事は無い。

 それが受理されたのは、人質の解放が目的と見せかけたベルクの手腕によるものである。彼としてはラグラスには渡した金で春まで大人しくしててもらい、要求通り審理を行えればよかったのだ。結果はどうなろうとも目的の薬草園を手にする自信があったからだ。

 ところがラグラスはその資金を春が来る前に使い果たしてしまった。あの小神殿をアレス達が占拠していたため、ベルクには都合の悪い情報が届かず、お目付け役まで残したのに彼の意思がラグラスに届かなくなった。

 やがてラグラスは暴走を始め、目の前の欲の為に遂には自分達の切り札までも持ち出した。エドワルドに対し、はっきりと人質がいる事を明言して金品を要求したのだ。

 申し立てが受理され、審理が開かれるまでは原則として双方とも武力の行使を禁じられている。望んで人質になるものなどいる筈も無く、これにより暗にラグラス側が武力の行使を認めたことになり、審理自体を無効とする事も可能だった。

 審理が行われなければ薬草園の入手が難しくなる。確約された筈の昇進も危うくなる。今頃ベルクは相当焦っている筈だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る