180 悪夢の終焉5

「会議中に失礼します」

 そこへレイドが肩に小竜を乗せて入って来た。それはガスパルに預けた小竜に間違いなく、アレスは一同に一言断って運んできた知らせに素早く目を通した。

「大母補様を置いて先に奴だけこちらに向かっているそうです。こちらに着くのは明朝になりますね」

「大母補様を置いて?」

「ええ。護衛もほとんど残していないようです」

 準賢者と呼ばれてもてはやされているが、ベルクは高神官に過ぎず、大母補は敬うべき存在である。しかも自分の補助をするためにわざわざ足を運んでもらったにも関わらず、適当に言いつくろって置き去りにしたのだ。

「アスター、至急小隊を向かわせろ」

「かしこまりました」

 ベルクの執念深い行動に呆れながらも、エドワルドは直ぐに護衛として小隊を向かわせるように指示する。しかし、アレスはそれを制するとレイドに指示を与える。

「タランテラ騎士団はラグラス捕縛に専念してください。レイド、父上にこの事を伝えて大母補様の保護を頼んでくれ」

「分かりました」

レイドは頭を下げると天幕を出ていく。

「済まない。感謝する」

「いえ。それよりも今ならまだ、奴をご都合のいい場所に誘導できます」

「そうなのか?」

「はい。フォルビアの城でも正神殿でも、お望みの場所に誘導します」

 アレスの提案にエドワルドはしばし考え込む。ここで全ての決着をつけてもいいが、場所がどうのと難癖をつけられそうだ。ならば文句のつけようのない場所で行えばいいだろう。

「正神殿に誘導してもらえるか? こちらが手間取っても足止めぐらいはしていただけるだろう」

「そうですね」

 アレスはその場で書面をしたためると、小竜をなだめながら紙片を胴輪に挟み込んでその場で離した。小竜は天幕の中を一周すると、控えていた竜騎士が開けた入口から外に飛び立った。

 すると入れ違いに今度はヒースの部下が報告に現れる。

「申し上げます。先程、ラグラスの手下を捕縛したと報告がありました」

「場所は?」

「砦の北東。下働きに扮して街道に出ようとしたところで兵士に取り押さえられました」

 広げられた地図を使い、詳しい場所を差す。ヒースが目星をつけていた準神殿のすぐ北だった。

「ラグラスの居場所は分かったか?」

「まだです」

 そうしている間にもラグラスの配下と見られる男達を捕縛したという報告が次々と上がってくる。数えていくと全部で20名。当初の予測から判断すると、ラグラスの下にはもうほとんど手下が残っていない計算となる。

「第3大隊はもう出たか? 別動の捜索隊をこの準神殿に集中させろ」

「もう出ました。伝令出します」

 エドワルドの指示にアスターがすかさず補足していく。飛行速度の速い騎士には元々伝令の役目が与えられ、いつでも飛び立てるように準備が整えられている。エドワルドの意向が伝えられ、彼等はすぐに飛び立っていった。

「私も行きます」

 こうなって来ると、ルークも大人しくしていられない。立ち上がり、直接の上司であるヒースと主君であるエドワルドに伺いを立てる。

「お前を行かせるわけにはいかない」

「どうしてですか?」

「まだ奴の命を奪う訳にはいかない。お前は奴を前にして平常心でいられるか?」

 渋い表情でエドワルドに言われ、ルークは少しだけ狼狽うろたえた。しかし、すぐに表情を引き締め、断固とした口調で答える。

「確かに、奴が相手なら私も躊躇ちゅうちょなく剣に手をかけられます。ですが、オリガも無事と分かった今なら、冷静に対処できます」

「……」

「行かせてください、殿下。エアリアルなら奴が何処に隠れていても気づく筈です」

 真っ直ぐに視線を向けられ、エドワルドはため息をつく。

「分かった、行って来い。但し、すぐに奴を見つけて連れてこい」

「ありがとうございます」

 ルークは深々と頭を下げると、すぐに天幕を飛び出していった。

「宜しいのですか?」

 ヒースはあからさまに顔をしかめ、アスターが気遣わしげにエドワルドに尋ねてくる。砦への突入で無茶をして負傷しているのに、更にまた何かやらかすのではないかと彼等も気が気ではないのだ。

「抑圧しすぎて、知らないところで無茶されるよりは良い。それに、オリガが帰って来た。無茶しすぎて倒れるという醜態は曝さないだろう」

 半ば諦めたようにエドワルドは肩をすくめる。正直、今すぐ飛んで行って見つけ出し、めちゃくちゃに痛めつけたいのはエドワルドも同じだった。




「!」

次々と情報が舞い込む中、アレスとルイス、そしてフレアの3人が何かの気配に気づいて表情を強張らせた。

「御大が来たな」

「来たか~」

「……パラクインスが大喜びしてますわね」

 互いに顔を見合わせる3人をタランテラ側の竜騎士達は怪訝けげんそうに眺めている。しかし、フレアが呟いた飛竜の名を耳にすると、今度は彼等も表情を強張らせて顔を見合わせた。

「とりあえず、お前、出迎えてこい」

「俺?」

 アレスがルイスの肩をポンとたたくと、彼はいかにも情けない表情を浮かべた。

「全責任を取るんだろう?」

「……分かった」

 確かにラトリでそう言った記憶のあるルイスは、諦めたようにがっくりと肩を落として席を立つ。覚悟をしていたはずだが、いざとなるとさすがに足が震える。

「今度こそ顔の形変わりそうだ……」

 そう呟くと、タランテラ側に席を外す旨を伝えて天幕を出て行く。その背中には何故か哀愁が漂っていた。

「殿下、審理の見届け役の代表の方がお着きになられます。こちらにお通ししても宜しいでしょうか?」

 そこへ砦から高貴な客人を案内して来たらしいフォルビアの竜騎士が伺いをたててくる。どうやら客人達は少し離れたところで待機しているらしい。

「そうだな……私も出迎えた方が良いかもしれん。アスター、付き合ってくれ。ヒースはこのまま情報の分析を頼む」

「かしこまりました」

 部下2人が了承すると、今度は妻に向き直る。

「君はどうする?」

 館の跡からこの本陣に移動するまでの間、フレアは父親の意思に反してこちらに来た事を打ち明けていた。3人の会話から、到着した客が誰なのか察したエドワルドは、自分も顔が危ういかもしれないと内心冷や汗をかいていた。行方不明になっていた愛娘が身籠って帰って来たのだ。その相手である自分が責められるのは当然だろう。エドワルド自身も娘を持つ父親である。その心理はよく分かる。

「行きますわ。ルカ1人の所為に出来ないもの」

「……仕方ない、付き合うか」

 アレスも仕方ないといった様子で席を立つ。夫と弟、2人に差し出された手を取ってフレアも立ち上がる。正直、彼女も久しぶりに会う養父にどんな顔をしてあったらいいのか分からず、怖かったのだ。

「では、行こう」

 エドワルドに手を取られ、アスターとアレスに守られながら天幕を出ると、月光に飛竜の影が浮かび上がる。天幕にほど近い広場に一頭だけが着地し、残りは村の敷地の外に降り立った。

「フィルカンサス……」

 威風堂々……まさにその言葉が当てはまる風格を持つ飛竜だった。その名はパートナーと共に伝説となっており、大陸中で最早知らぬ者はいないだろう。

 その騎士は見事な身のこなしで背から降り、騎竜帽を外して放り投げた。エドワルドのプラチナブロンドに負けない金の輝きが月の光を跳ね返す。

 幼い頃より憧れていた伝説の竜騎士が目の前にいる。しかもその人物が愛する妻の養父なのだ。エドワルドは秋に本宮でグスタフと対峙した時以上に緊張していた。それでも覚悟を決めると、彼を出迎える為に前に進み出た。

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