152 廻る命1

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 カーマインは一晩かけて3つの卵を産み落とした。多めに敷いた寝藁の上、卵が転がらないようにうまく並べ、尾と体で抱え込むようにして世話をする飛竜は既に母親の顔をしていた。

「よく頑張ったわね、カーマイン」

 アスターと共に徹夜でカーマインに付き添ったマリーリアはパートナーを労い、その首筋に触れる。それでも飛竜は卵に呼びかける様にクルクルと鳴きながらお世話に余念がない。

 保温のため、室の周囲は厚手の帳で覆ってあるのだが、その合わせ目から産卵中は別の室に移動させられていたファルクレインが顔を覗かせる。グッグッと低く尋ねる様に鳴くと、カーマインがゴロゴロと喉を鳴らした。どうやらお許しを貰えた様で、ごそごそと中に入って来る。そしてカーマインと一緒に卵に呼びかける様に鳴きだした。

「後は2頭に任せよう」

「そうね……」

 仕事を放りだしたままのアスターは立ち上がるとマリーリアに手を差し出す。その手を取って彼女も立ち上がるが、卵から視線を外そうとしない。

「マリーリア?」

「……」

 彼女の口からは小さく「いいなぁ」と零れていた。それに気づいたアスターは彼女の正面に回り込んで顔を覗き込む。

「羨ましいのか?」

「……」

 マリーリアの視線が泳ぐ。不遇な生い立ちゆえに家族への憧れが強い彼女は、皇家に迎えられたとはいえ慣れない環境に未だ落ち着かない様子を見せている。飛竜達が卵を慈しむ光景に思わず本音が出たのだろう。

「今すぐは無理だが、いずれ君の理想とする家庭を築こう」

「アスター……」

 プロポーズらしい言葉は、迎えに来た時に既に受けているが、それでも一時の感情だけでは無くてこうして自分との将来を考えていてくれることが嬉しい。マリーリアは気恥ずかしさを隠す様にその胸に顔を埋めた。

「嫌か?」

「そんな事ない。……嬉しいわ」

 アスターはそっと彼女の額に口づけた。

「国が落ち着いてからになるから、それまで待っていてくれ」

「……うん」

 マリーリアは泣きそうになるのを堪える為にアスターに抱きつく腕に力を込め、アスターもそんな彼女を抱きしめた。そして彼女の頬に手を添えると顔を上に向けさせ、唇を重ねた。



「邪魔するぞ」

 ロベリア、リーガスの執務室にジグムントが姿を現した。冬至が過ぎ、討伐のピークは過ぎたものの、まだまだ予断を許さない状況のこの時期に東砦の補佐役をしている彼が姿を現してリーガスは驚いた。

「おう、どうした?」

「とりあえず、これな」

 ジグムントは先ず、持ってきた書類をリーガスに渡す。事務的な内容の書類は特に急ぎのものでは無く、便に言づければ済む程度のものだった。何か深刻な事態でもあったのか、リーガスは内心で身構える。

「何か、あったのか?」

「砦は問題ない。あの若いのは良くやってるよ」

「そうか」

 わざわざ来てくれたのだ。無下に追い返すわけにもいかず、若い侍官にお茶の支度を命じる。

「なんだ、酒じゃないのか」

「すまんな」

 口では不平を漏らすが、この時期に竜騎士が過剰なアルコールの接種を戒めるのは常識である。物足りないのは仕方ないのだが、どうしても愚痴を漏らしてしまう。

「で、わざわざお前が来たと言う事は、何か情報でも入ったのか?」

 傭兵仲間の情報網で、先日もラグラスの居場所を特定できていた。ただ、フォルビアでもルークが見当をつけていた砦に動きがあったので、ラグラスの動きが判明したのはほぼ同時期だった。

 それでもその情報の正確さを証明できたようなもので、他にもベルクからの金の動きなどが伝えられ、ラグラスに冬を乗り切るだけの十分な資金が与えられている事が分かったのだ。

「ああ、昨日情報が届いた。少し前だが、『死神の手』が動いた」

 久しく聞いていなかった傭兵団の名前にリーガスはジグムントの顔を二度見する。

「フォルビア城制圧の折には見かけなかったが、一体どこから湧いたんだ?」

 エドワルド救出後にラグラスの手下は全員捕らえたが、その中にそれらしい傭兵は存在しなかった。そこでヘデラ達親族にも尋問したのだが、芳しい答えは返ってこなかった。

 領内も捜索したのだが、それらしい大規模な集団はみつからなかった。何分雇った当の本人は既にこの世におらず、その兵を借りたラグラスは逃亡したので詳細を知るすべがない。憶測になるが、エドワルドを襲撃する時だけ借り、グスタフの目論見が潰えた後は、何かと関わりが噂されているベルクが回収したのだろうというのが一致した見解だった。

「すまんな、情報が少なすぎて詳細が分かっていない。だが、用心にこしたことは無いだろう」

「そうだな。ヒース卿にも伝えておこう」

「そうしてくれ」

 その後はお茶を飲みながら情報交換をしていたのだが、そこへ戸を叩く音がしてジーンがひょっこり姿を現した。安定期に入り、母体もお腹の子供もとにかく順調で、時折差し入れ持参でリーガスの顔を見に来ているのだ。

「あら、ジグムント卿。いらっしゃい」

「これは奥様、お久しぶりでございます」

 ニコニコとジーンが挨拶をすると、ジグムントは少しおどけて騎士の礼を取る。そんな2人をリーガスは面白くなさそうに引き剥がし、ジーンの手から差し入れが入った籠を取り上げる。

「一人で来たのか? 気分は悪くないのか?」

「大丈夫よ。昨日もお医者様に診て頂いたけど、子供も順調ですって」

「そうか……」

 リーガスは安堵すると、寒くないように暖炉の側にジーンを座らせ、柔らかな毛織物のひざ掛けをかけて膨らみが目立ち始めたジーンのお腹を撫でた。

「10年前には想像できなかった光景だな」

 甲斐甲斐しく妻を労わるリーガスの姿にジグムントはおかしそうに揶揄する。

「う……うるさい」

 狼狽するリーガスをなおもジグムントはからかい、終いには早く帰れと執務室を追い出される。その様子をジーンはお腹を撫でながらクスクス笑って眺めていた。

「全く……」

「そう怒らないの」

 ジーンはリーガスを宥め、頬に軽く口づけた。勿論、それだけでは飽き足らず、リーガスはジーンの顎に手をやると唇を重ねた。2人が手を添えているお腹の中では、赤子がポコポコと両親の手を蹴り飛ばしていた。




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