144 彼等の絆1

 ルイスは襲ってくる黒曜ムカデを鉾でぎ払った。そして苦しみ、もがいているムカデの急所を貫いて止めを刺す。最後の妖魔が霧散し、討伐に加わっていた竜騎士達はようやく安堵の息を吐く。

「怪我した者はいないか?」

 ルイスが率いているのはブレシッド家から連れて来た若い竜騎士と案内役を兼ねる聖域の竜騎士が1人。さすがにここで故国の装束をまとう事は出来ないので、皆、飾りの少ない防具を選んで身に付けていた。

「軽傷者が一名です。既に処置を終えております」

 連れて来た竜騎士の中で、比較的経験の長い者をルイスは副官に起用していた。今まで従う側にいて先輩の言われるままに動いていたのから一転し、上司であるルイスの命令を伝え、時には彼の代わりに他の竜騎士達を纏める側になったのだ。慣れない作業に四苦八苦しながらも、彼はどうにか歳の大して違わない部下と意思の疎通を図りながらまとめ上げていた。このまま今シーズンを何とか乗り切れば、この経験は彼に……いや、遠征に来た竜騎士全員とって大きな糧となるだろう。

 今回のこの遠征はブレシッド家にとって損失ばかりで何の得も無いように思えるが、若手の竜騎士の育成に役立っているのだ。この事を見越して人選の指示を出したミハエルの采配はさすがというべきだろう。

「周囲に他の妖魔の気配は有りません」

 周囲の警戒にあたっていた竜騎士からも報告が入り、ルイスは隊を2つに分けると、怪我人がいる隊に副官を同行させて先に村へ帰らせ、自分達はもう少し周囲を探索して帰る事にした。

 そして村に帰る隊を見送ると、ルイスは近くにある集落の跡を目指す。そこは2年前、フレアが失踪した場所だった。

「本当に何もありませんね」

 集落の跡に降り立つと、部下の1人がポツリと呟く。ルイスは幾度か足を運んだが、言われなければここに集落があったとは分からない程何も残っていない。

 建物の跡は土台から壊されていた。秋に来た時にははびこっていた雑草が枯れ、虫が鳴いていていたが、冬となった今では一面に雪が積もって静まり返っている。

「ここからタランテラのロベリア領まで行くとしたらどのくらいかかる?」

「そうですねぇ……飛竜ならば早くても1日。馬であれば一月でも厳しいですね」

 案内役としてついて来た聖域の竜騎士は少し考えてから答える。実際にタランテラへ行った者は少なく、そして行った事があるものは皆、調査に駆り出されているのだ。

「フレアが助けられた日付をオリガ嬢は覚えていた。彼女がこの村で行方不明になった5日後だ。まず、馬での移動は無理。と、なると……」

「竜騎士が手を貸していると言われるのか?」

 ルイスの部下達もザワリとどよめく。

「そう考えざるを得ないだろう」

「この村を竜騎士が襲ったんですか?」

 僅かな例外を除き、竜騎士はその力を妖魔以外に向ける事が禁じられている。圧倒的な力は簡単に人を殺めることが出来るからだ。見習いの段階でそれは嫌というほど叩き込まれ、更にはそれに従えないような人間はそもそも飛竜に選ばれない。

「襲うのには加担していないだろう。何よりも飛竜が嫌がるし、力を使えば聖域の竜騎士達はすぐに気付く。ここを襲撃した連中はおそらくどこかで竜騎士と落ち合って、彼女をタランテラへ連れて行ったと考えるのが妥当だろう」

「だが、それを分かってて加担した可能性はありますよね?」

「ああ」

 硬い表情で部下が指摘すると、ルイスはうなずいた。顔すら知らない相手だろうが、自分達と同じ竜騎士を名乗る人間が卑劣な行為に手を貸したとなると、何とも言えない悔しさと怒りが込み上げてくる。

「元々フォルビア領にいた連中はレイド卿とマルクス卿が調べてくれたが特にやましい所は無かった。だが、ワールウェイド領にいた竜騎士達は新たに就任した総督との契約を拒んで出国したとアレスが言っていた。もしかしたら、彼等の中に加担した者がいるかもしれない」

 ルイスは積もった雪を踏みつけて集落の敷地を一回りする。ここはルイスだけでなく、フレアが失踪した当初はアレスも幾度か訪れていて、調べる所はもう無いはずなのに、ついつい何か残ってはいないかと探してしまうのだ。

「殿下、あまり長居しても……」

「分かっている」

 時間の無駄なのは重々承知している。それでもルイスはこの地を離れがたく、飛竜の元になかなか戻ろうとしなかった。

 その時、飛竜達が一斉に空へ向かって挨拶をする。見ると先に村へ帰した竜騎士の1人が近づいてくる。彼は飛竜が着地するとすぐにルイスの元へ駆け寄ってくる。

「どうした?」

「報告します。村への帰還途中で賊らしき一隊を発見しました。おそらくは数日前にレイド卿から報告のあったあの盗賊達ではないかと思われます。副長以下3名で警戒にあたっております」

「確かなのか?」

「飛竜達は彼等に会った記憶は無いと言っており、更に確認の為、村にも知らせを送りました」

 その一隊はラトリに繋がる山道を警戒しながら村の方角へ向かっており、副官の判断ですぐに接触するのを避け、先程軽傷を負った竜騎士を村へ知らせに行かせたらしい。

「合流するぞ」

「はっ」

 ルイスはすぐに飛竜の元に駆け寄ると、その背に跨った。そして警戒にあたっている部下と合流する為に、すぐに飛び立たせたのだった。




「グラン・マ」

 コリンシアは厩舎で乾草を食んでいる老いた馬の体を撫でた。ペラルゴ村で譲ってもらった驢馬ろばは足を痛めて死なせてしまったが、老いた牝馬はフレア達の旅を最後まで支えてくれた。最後の野営地で保護されたこの馬は竜騎士達によってラトリに運ばれ、厩舎の一角に住む場所を用意してもらっていた。

 コリンシアは暇を見て、こうして馬の様子を見に来ていた。今日はティムも一緒である。

「姫様、寒くありませんか?」

「大丈夫」

 孫娘が可愛くて仕方のないアリシアは、コリンシアの為にあれやこれやと取り揃えている。あまりにも度が過ぎるので、フレアもペドロもたしなめるのだが聞く耳を持たない。先日、遂に息子のルイスに盛大に叱られ、しゅんとなっていたがそれもたった数日で元に戻っていた。

 今コリンシアが着ているのも最高級の素材でできたコート。軽くて暖かく、洗練されたデザインはコリンシアに良く似合っていた。

「ティムは寒くないの?」

「大丈夫ですよ」

 ティムの方が余程薄着である。元々寒さに強く、先程まで竜騎士の鍛錬をしていた彼には寒くもなんともないのだが、コリンシアはそんな彼を気遣って持っていたマフラーをティムの首にかけた。

「この間ね、母様に教わって編んだの。ティムが使って」

 最初に編んだマフラーは網目がばらばらだったが、2回目に作った今回のものは幾分か上達している。ティムは少し驚いて固まったが、姫君の気持ちが嬉しくて笑みがこぼれる。

「ありがとうございます、姫様。大事に使いますね」

 そんな人間の子供達のやり取りを、馬はもしゃもしゃと乾草を食みながら眺めていた。


あー、若いっていいわね……。


 本当に馬がそう思っていたかは別として、小さなカップルが微笑ましい光景を作り出していると、その場へ慌ただしい足音と共にラトリの竜騎士が駈け込んで来た。

「お、姫さん、いた、いた。母屋で嬢様……フレア様が探しておられました。ティム、ちょっと連れて行ってやってくれ」

「はい……何かあったんですか?」

「ん~。俺の口からは言えねぇ。詳しくは向こうで聞いてくれ」

 明らかに何かあった口ぶりだが、追及する間も無く竜騎士はその場を去っていく。

「……フレア様が心配なさるから戻りましょう」

「うん」

 コリンシアも気になる様子だったが、今の自分には何もできない事を心得ている。素直に頷くと、ティムに手を取られて厩舎を出て行った。

 その2人を老いた馬はもしゃもしゃ口を動かしながら見送った。


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