141 一筋の光明1
前日に皇都に戻って来たアレスは足早に皇都の街中を歩いていた。目的がはっきりしていれば日中のみ行政区画への立ち入りが許可されている。彼は大神殿への参拝を理由に行政区画へ入り込み、小竜を操ってエドワルドの元へ送り込んだ帰りだった。
どんよりした雲からはハラハラと雪が舞い落ち、昼間だというのに辺りは薄暗い。閉門される夕刻まではまだ時間があるのだが、寒さに耐えかね彼は大神殿への参拝もソコソコに春まで借りている家へと向かっていた。
「寒……」
さすがに大陸最北の寒さは半端じゃない。標高の高い聖域で暮らしている彼でも常よりも厚着した上に普段は着ないような毛皮のついた防寒着を着込んでいる。毛皮のついた帽子をかぶり、騎乗用の防寒具を付け、毛皮で内貼りされている長靴も履いているのだが、それでも寒さがしんしんと身に染みてくる。
パタパタ……。
家まであと少しというところで、小竜の羽音が聞こえる。アレスが空を振り仰ぐと、エドワルドの元に送った小竜が飛んできた。やはり寒いのか、アレスの元に一目散に飛んでくると、彼の懐へと入り込もうとしてくる。
「お……おい……」
焦るが小竜はまんまと懐へと入り込み、熱を奪われたアレスはたまらず小走りで家の中へと駆け込んだ。
「寒……」
慌てて居間の暖炉の前に陣取り、冷えた体を温める。そして小竜を懐から出し、その場に用意していた干し果物を与えて
「……何を持って帰って来たんだ?」
そこでようやく胴輪に挟んである紙片に気付く。アレスは小竜を宥めながら胴輪を外し、その紙片を手に取る。百合の紋章は無く、明らかに自分がはさんだものでは無い。
「律儀な方だ」
アレスは苦笑しながら紙片を広げる。細かい文字の羅列は美しく、王者の威厳が伝わってくる。この辺りはルカに見習わせないといけないと思いながら読んでいたが、読み進めるうちにその表情は強張ってくる。ここにまた一つ、あってはいけない事が起こっているようだ。
「繁殖用の雌竜を?」
アレスはカーマインの存在に顔を
タランテラ側の調査では、カーマインはもともとマルモア正神殿の預かりとなる繁殖雌竜で、彼が己の伝手と権限をフル活用してそのカーマインをマリーリアに与えた事が分かっている。
見るものが見ればすぐにバレる小細工なのだが、誰も止められなかった事実に、いかにグスタフが我が物顔でタランテラの政を牛耳っていたのかが分かる話だ。
姉が友人だと言っていたカーマインのパートナーを
「うーん……」
アレスがひとしきり考え込んでいると、先に戻っていたマルクスが顔を出す。
「若?」
悩んでいる様子のアレスに思わず声をかける。
「ああ、ちょっと見てくれるか?」
「おう」
アレスはマルクスに紙片を渡す。彼はびっしりと書かれた文字の羅列を読み進めて顔を顰める。
「どう思う?」
「……マルモア正神殿の神官長は、先のワールウェイド公の奥方の従兄でしたね。今まで彼の言いなりになって加担してきたが、この国での最大の後ろ盾を失って焦っているのでは?」
「なるほど。常と違う環境で雌竜に何かあれば返還を認めさせる理由となり得る。礎の里から何か言われる前に、とにかく雌竜が自分の神殿に戻っていれば帳尻が合わせられるとでも思ったんだな」
「そんな所でしょう」
アレスの推理にマルクスもうなずく。証拠にもよるが、この分なら大神殿の神官長を介せば処罰も可能だろう。但し、ベルクが横やりを入れなければである。
「一応、これも報告しておくか。当代様が許可を出せば誰も文句は言わないだろうし」
「確かに」
幸いな事に、最も間近にいい例が存在するのだ。それを認めさせる方法だけでなく、必要とあれば、いくつも卵を孵してきた経験に基づく助言が出来るだろう。
「で、首尾は?」
「例の薬草園の一角に、厳重に警備された建物がありました。例の物が保管されているだけかと思ったら、10名程の農夫が監禁されていました。若のご親戚の推察通りなら、聖域の外れの集落にいた連中ではないかと思われます」
ルイスは聖域の外れの集落で、以前はあの薬草の栽培が行われていたと推測していた。その推測が本当ならば、ペドロはその栽培に関わった人間が連れ去られている可能性があると言って来たのだ。
そこでアレスはマルクスにあの薬草園の再調査に行かせたのだ。冬場という事で、警備は以前ほど厳重では無く、薬草園の中へは難なく中へ入り込めた。そして小竜と共に敷地の隅々まで調査してきたのだ。
「どうにか接触して、希望するなら逃がしてやろう。じいさんの話ではあの薬草を加工するには高度な技術が必要だと言っていた。おそらく、彼等はその技術を持っている筈だ」
「救出するとなると、事前に準備が必要です。悪い扱いは受けていませんが、警備員達の話から推測すると、上からの命令で外部との接触を禁止されているらしい」
「その命令を出しているのはそこの責任者か?」
「あくまで推測ですが、その上からの指示の様です」
マルクスは推測というが、全く根拠が無いわけではないのだろう。彼等の会話を聞き、それらを繋ぎ合わせて導き出したものに違いない。
「もしかしたらベルクの姿を見ているかもしれない。もし、証言してもらえるなら、十分な効力は有るはずだ」
「確かに」
「レイドやパットにも手伝わせよう」
「了解」
2人はその後、酒肴を用意すると体の中からも体を温めながら今後の方策を練ったのだった。
フレアは暖炉の側の安楽椅子で、小さな、小さな靴下を編んでいた。ルルーは丸くなって眠っているので、それは手探りで編んでいるとは思えない程見事な出来栄えだった。
「母様、出来た」
最近、編み物を習い始めたコリンシアが出来上がったマフラーを持ってくる。最初はたどたどしかった指使いも滑らかに動くようになり、編み始めよりも編み終りの方が幾分締まって幅が狭くなっていた。それでも一つの作品が出来上がったのが嬉しいらしく、コリンシアは満足そうにしている。
「良くできたわね」
フレアは出来上がった作品を手で触れて確認し、微笑みながら娘の頭を撫でる。
「お婆様に見せてくる」
褒めてもらえるとやはり嬉しいらしく、コリンシアは作品を返してもらうと、小走りで部屋を出て行った。
「エド……」
1人になると、目立ち始めたお腹に手を当て、右手首に巻いた擦り切れた組み紐に触れる。切れかかった組み紐は、片方無くしたイヤリングで留めてある。手先が器用なバトスが金具を改良して留められるようにしてくれたのだ。
ラグラスがベルクを通じて起こした審理の話を聞き、彼女はどうしようもない程の不安に駆られていた。絶対に何か裏があるはずと、そう勘ぐらずにはいられない。そして何も出来ない己の身が恨めしくも思える。
ポコン……。
お腹に衝撃が起こる。初めて体験する胎動にフレアは驚いて固まる。するともう一度、まるで彼女を励ます様にポコンと動く。
「……励ましてくれているの?」
フレアはお腹を撫でる。お腹の子供の励ましにいつの間にか塞ぎ込んでいた気持ちは軽くなっていた。彼女は感謝をこめてそのまましばらくの間お腹を撫で続けた。
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