142 一筋の光明2

 小竜が運んできたベルクの調査報告書をエドワルドが受け取っていた頃、フォルビアでは総督のヒース主催による国主アロンの鎮魂の儀が執り行われていた。本来ならば正神殿で行われるのが筋なのだが、神官長のロイスが体調不良で静養中なのと、いつ妖魔が現れてもおかしくない状況を考慮し、城下の小神殿で執り行われた。

 城下に住む者だけでなく、地方から城下に避難している者も多く押し掛けたので、当日は神殿に入りきれない程人が集まった。それでも竜騎士達も警備にあたった事もあり、大した混乱は起こらず、国主の冥福を皆で祈った。

「ヒース卿、少しお時間を頂けないでしょうか?」

 鎮魂の儀がつつがなく終了し、小神殿の神官長に挨拶を終えたヒースはルークを伴い、総督府へ戻ろうとしたところを呼び止められた。振り返るとそこにいたのは、ロイス神官長に代わってフォルビア正神殿を預かるトビアス高神官とレイドだった。内々で話がしたいと言って来たので、とにかく総督府へ場所を移す事を提案し、彼等もそれを了承した。

 ヒースの執務室に彼等を招き入れ、補佐としてルークも同席させて部屋の外ではラウルとシュテファンが警護に当たる。一同が席に座り、早速差し出されたのは一連の報告書。なかなか会わせてもらえないロイスが静養しているあの小神殿の調査報告書だった。

「これは……」

「事後承諾で申し訳ない。3日前の深夜、我々は強行突入して小神殿を制圧した。詳細は報告書の通りだが、ロイス神官長の容体は極めて危険な状態です」

 あの神殿で静養していたはずのロイスは衰弱して体も起こせない状況らしい。だが、その状況を作り出したのは、ベルクの命令で少しずつ投与されていた毒薬が原因だとある。俄かには信じがたいが、報告書には現在ロイスの治療にあたっている医者の診断書だけでなく、いくつも証拠が挙げられていた。

「しかし、何故ベルク準賢者は……」

「彼は亡くなられたワールウェイド公と手を組み、ある薬物を売りさばいて多大な利益を得ています。これは憶測ですが、どうやらロイス神官長はそれに利用された可能性があります。おそらくは口封じ。使われた毒物は少量ずつ与えると、徐々に体が弱っていき、やがて死に至る代物です」

 レイドが薬の説明をしている間、トビアスは俯いていた。ロイスを尊敬していた彼は、タランテラに移った彼に自ら希望して同行していた。今回のこの報告に長年彼の補佐を務めてきた彼は動揺を隠せない

「今すぐ、奴を告発しましょう」

 ルークはヒースから報告書を受け取り、目を通すとすぐにでも飛び出していきたそうに腰を浮かしかける。

「落ち着け」

 ヒースはルークを窘めると、レイドに向き直り正面から見据える。

「これだけ証拠が揃っているのに、まだ告発をされていない理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「普通ならばこの証拠で礎の里へ告発すれば済む話です。ですがこの程度の証拠では、彼の手腕をもってすれば自身には白とも黒ともつけず、全ての罪をラグラスとワールウェイド公になすりつけてしまう可能性があります」

「以前、ハルベルト殿下からお話を伺った事があります。礎の里では賢者をもしのぐ権限を持ち、黒ですら白と言い換えるのも可能だと。これでもまだ不十分なのか……」

 硬い表情のレイドの顔をヒースはじっと見つめる。館の跡で潜入している仲間と落ち合っているらしいとルークから報告を受けたのは初雪が降る前ごろだった。敵ではないと分かっていても、周囲を嗅ぎまわられているようであまり気分がいいものではない。

 エヴィルから詮索は無用と言われているが、大陸でも屈指の権力者を敵に回すなら、共闘する相手の素性は知っておきたい。そこで単刀直入に聞いてみることにする。

「君は一体何者なんだ? ただの傭兵にしては里の事情に随分と精通しておられる。武術も操竜技術も上級騎士並み。どこかの騎士団に所属していると見受けられるが、如何か?」

「……」

 レイドはため息をつくと、懐から何かを取り出してヒースの目の前に置いた。それは竜騎士を示す記章だったが、添えられた所属を示す記章に息をのむ。大母の象徴白ユリを守る様に配置された剣と盾。大陸で最も入団する条件が厳しい騎士団を示す記章だった。

「神殿騎士団……。君達は彼を告発する為に動いていたのか?」

「これだけではありませんが、優先する案件なのは確かです」

 レイドの返答にヒースは深いため息をつく。

「……君達が我々に求めるのは何かな?」

「ヒース卿?」

 追及して話を聞き出すのだろうと思っていたらしいルークは驚いて上司を振り返る。

「当代様の御下命で既に皇都の殿下にはこの件をお知らせする手はずを整えております。ベルクの部下はあの神殿に残っていた者達だけではありませんので、今まで通りに振舞っていただけたら助かります。今後、何か必要な事がございましたら、お願いに上がると思います」

「分かった」

 ヒースは了承するが、ルークは納得のいかない様子で聖域の竜騎士に向き直る。

「ロイス神官長に会わせて頂けませんか?」

「貴公は目立ちすぎます。少々変装したぐらいではよく訓練されたベルクの部下の目をごまかす事は出来ません。それに……言い難いことですが、今の彼は何方にお会いしても相手を認識するのは難しい状態です」

「そんなに……」

 ロイスの現状にルークだけでは無くヒースも絶句する。

「不躾なお願いばかりで申し訳ありませんが、奴を罪に問うにはそれなりの準備が必要です。そして、このまま放置しておりますと、タランテラを手始めに大陸全てが奴の食い物にされてしまいます」

「……分かりました。ロイス神官長の事、よろしくお願いします」

 ルークも渋々納得し、頭を下げた。

「里の医術を結集し、出来る限りの事をいたします」

「頼みます」

 ヒースも頭を下げ、レイドもうなずく。彼の言葉から助かる確率は極めて低いのだろうが、快方に向かうのを祈るばかりだ。その後は討伐に関する細かいうち合わせを済ませると、レイドは持参した報告書を回収し、ずっと黙って控えていたトビアス高神官を伴い執務室を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る