113 尽きない渇望2

「面会の要請になかなかお応えできずに申し訳ありませんでした」

 エドワルドは丁寧に頭を下げる。3人……特にベルクは下手に出てくるエドワルドの態度に大いに気を良くする。これならこちらの優位に話が進められると内心ニヤリとした。

「いえいえ。体調が優れないとお聞きいたしましたが、お加減はいかがですか?」

「正直、本調子とは程遠い状態です。出来れば今季の討伐に間に合わせたいのですが」

 エドワルドの返答に3人は思わず目が点になる。

「討伐……ですか?」

「ええ。準備不足な上に人員が足りません。私がせめて指揮だけでも出来れば、皆にかかる負担も随分と違いますから」

「そ、そうですか……」

 エドワルドの状態はどう見てもようやく立って動けるようになったばかりだ。それなのに討伐に参加するとは正気の沙汰とは思えなかった。

「お忙しいのにわざわざお越しいただいたのですから、本題に入りましょうか。ご用件を伺いましょう」

「そ、そうですな……」

 面談を求めたのはベルクやリネアリス公である。いつの間にか自分達が握るはずの主導権をエドワルドに握られ、先ずはベルクが狼狽えながらも本題を切り出した。

「最初はご挨拶と暇乞いのつもりで面談を申し込んでおりましたが、グスタフ殿が亡くなられたと聞きましてな、せめて手向けに葬儀を仕切らせて頂こうと思ったのだ」

 前日にグスタフの死を一般に公表したが、さすがにゲオルグが刺殺したとまでは公に出来ない。サントリナ公やブランドル公そしてグラナトといったエドワルドを支えてくれる家臣達と協議し、表向きには持病の発作を起こしての病死と発表していた。

 しかし、グスタフには反逆罪の嫌疑もかかっており、身内である夫人や娘達もどこまで関与していたのか、一連の調査が終わるまでは公邸で謹慎を言い渡している。そしてエドワルド帰還の折には未遂で終わったが、暴動の発生も警戒しなければならない。その為、葬儀は後日、ワールウェイド領でひっそりと行う予定だった。

「葬儀はワールウェイド領で行われますが、日程は未定でございます。」

「親交のあったグスタフ殿をこの手で送って差し上げたいのだ」

「申し訳ありませんが、それは許可できません」

 だが、ベルクの申し出をエドワルドはあっさりと却下する。

「グスタフには反逆罪の嫌疑がかかっております。物的証拠も出て来ておりますので、それは確定する見通しです。ところが、貴方様の様な礎の里に属する高位の神官が葬儀を仕切られるとなると、彼の行為を正当化したものとみなされる恐れがございます。

 申し訳ございませんが、後日、個人的に参られる程度に留めて頂けませんか?」

 エドワルドの返答は想定済みだった。ここはどうしても無理を押し通す必要は無いのだが、ベルクはいかにも渋々と言った様子で承諾する。

「仕方ありませんな」

「恐れいります」

 本番はここからである。ここでリネアリス公の令嬢をうまくエドワルドに売り込み、彼女を正妃として娶らせることが出来れば、その仲立ちの謝礼としてあの薬草園を所望するつもりだった。

 もし万が一うまくいかなくても、表向きの事業としてあの薬草園の近くの湯治場を利用した治療院を計画している。薬草園を含めたその運営を神殿が行えるように交渉すればいいのだ。竜騎士だけでなく、民衆も利用できると慈善事業を前面に押し出せば、エドワルドも拒否は出来ないはずである。

「さて、リネアリス公の御用件も伺いましょう」

 話が一段落したところで、エドワルドはリネアリス公に向き直る。すると彼は隣に座らせていた娘を立たせた。

「本日、連れて参ったのは末の娘イヴォンヌでございます。殿下がご不調と伺い、何かお役に立ちたいと言いまして連れて参った次第でございます。どうかお側に置いてやってはいただけないでしょうか?」

「ほう……」

 父親の隣でかしこまる娘に視線を移す。昨年ソフィアから大量に送られてきた釣り書きでの情報では、昨年成人したばかりで今は17歳だったはずだ。艶やかな栗色の髪を美しく結い上げてリボンや宝石で飾り、身に着けているドレスもレースやフリルをふんだんに使った豪華な物だった。こんな恰好で一体何をする気で来たのだろうか?

「体が不調でしたら気分がふさぎがちになります。若く麗しい女性がお側に居らっしゃれば、殿下のお心も晴れるのではないかと、そう思いましてな、ワシがお勧めしたのだ」

 ベルクが横から口を挟む。想定内とはいえエドワルドにはあまり気分のいい話ではない。彼等はエドワルドの妻子を既に死んだものと決めつけているからこんな事が平気で言えるのだ。それでも内心の怒りを堪えながら、至って穏やかに応対する。

「そうでしたか、お気づかいありがとうございます。ですが、北棟の人事に関しては私の一存では決められません。リネアリス家の令嬢という肩書とベルク準賢者殿の後ろ盾は申し分ございませんから、後日、担当の者に面談して頂いてからになるでしょう」

「……は?」

 エドワルドの言葉の真意が掴めず、3人とも思わず聞き返す。そんな彼等にエドワルドは淡々と言葉を続ける。

「グスタフが勝手に人事異動をした為に、未だに北棟は人手不足だ。その上に寝付いてしまわれた父上の身の回りの世話に手が取られるので、義姉上もアルメリアもそれぞれ仕事を抱えているにもかかわらず、自分の事は自分でしている状態なのだ。イヴォンヌ嬢が女官として来て下されば、彼女達の負担も少しは軽くなるでしょう」

「……」

 当人の希望とは異なり、一介の女官としてしか見られていない事にイヴォンヌは落胆を隠せない。一方、父親のリネアリス公はそうではないと叫びたかったが、あからさまに自分の娘を娶せたいとまでは言えずに狼狽える。

「ははは……殿下はなかなか御冗談がお上手だ」

 我に返ったベルクが突然笑い出す。

「冗談……ですか?」

 冗談と言われ、ムッとするでもなくエドワルドは聞き返す。

「ロベリアの総督時代には随分と華やかな遍歴をお持ちだったと聞きましたが、女性の機智には案外疎いですな」

「ほう……」

 ベルクの言葉に怒るでもなく、エドワルドは黙って彼を見返す。

「こちらのお嬢さんは殿下のお側でお力になりたいと申し上げているのだ。このような状況でございますからな、内助が必要になってくると思う訳です。もちろん、今すぐどうこう言う訳では無くて、先ずはお側に置かれて様子を見られては如何でしょう?」

「……」

「勿論、殿下がお気に召して、正式にめとられる事となりましたら、喜んで儀式を……」

 エドワルドの目が剣呑な光をびて細められる。静かにそして冷ややかに怒りの籠った眼差しを向けられて気分良くしゃべっていたベルクは凍りつき、リネアリス公親子は思わず息を飲んだ。

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